2026年08月11日:喧嘩しても、戻ってこられる家族
昨日は、夫の誕生日でした。
子どもたちと一緒に、夫がとても気に入っていたお店へ食事に行きました。
夫は、そのお店の支配人さんとも仲良くしていました。
私たちだけで行けば、普通のお客さんとして通されます。
でも、夫が一緒だと違う。
夫がお店に入ってくると、支配人さんがすぐに気づいて、挨拶に来てくれる。
昨日も私たちが席について、
「ここにお父さんが座ってたら、あの支配人さん、きっと挨拶に来るよな」
なんて話していました。
長男は、支配人さんの顔を見ただけで涙目になっていました。
そういうところに、夫がいなくなったことを感じます。
夫がいた頃には、なんでもなかったこと。
でも今は、夫がいたら起こっていたはずのことが起こらない。
その「起こらなさ」で、夫がいないことを知らされる。
そんなことが、最近は増えました。
しばらくして、お酒も入ってきて、
「お父さんの月命日は、みんなでどこか食べに行く日にせえへん?」
と、私が言いました。
お金もかかるし、ずっと続けられるかどうかはわかりません。
でも、外食が好きだった夫を、みんなで連れて行くような気持ちで、毎月どこかへ食べに行く。
面白そうなお店や、ひとりではちょっと行きにくいようなお店にも行ってみる。
そんなのもいいんじゃないかと思ったのです。
「お父さんがいないから、悲しい日」にするのではなくて、
「お父さんが好きだったことを、残された私たちがやっていく日」にする。
そんな感じです。
そこまではよかったのですが、そのあと私は、いつもの悪い癖を出しました。
「お父さんが亡くなったことを、悲劇にせんとこ」
と、言い始めたのです。
今の年で父親を亡くしたことが、子どもたちにとってものすごく大変なことなのはわかっています。
もっと相談とかしたかったでしょうし、一緒に飲み歩いたりもしたかったでしょう。
悲しいのも当然です。
でも、自分を不幸な人間みたいにもっていくことはやめよう。
そんなことを言いました。
長男が、夫にくよくよしたLINEを送っていることを私は知っていたので、それもあって言ったのです。
しばらくすると、長男が怒り始めました。
「お母さんはいつもそうやって、人には注意するけど、自分だって今日、お父さんの写真持ってきてるやん」
「一緒に写真撮ってみる?とか言ってるやん」
そして、
「うっとりしてるのは、どっちやねん!」
と。
それとこれとは違うやろと、私は不幸に浸ってる気はないと
言い返したかったのですが、
息子にはそのように映っていたのかもしれません。
夫の写真を持ってきたのも、
なんなら一緒に写真を撮ろうとしていたのは私です。
自分のことは棚に上げて、息子には「悲劇にするな」と言っている。
そりゃ、腹も立つでしょう。
次男も少しして、
「まあ、俺も言いたいこと言ったほうがええんやろけどなぁ」
と言っていました。
夫の誕生日に。
夫の好きだったお店で。
残された親子が、喧嘩を始めました。
とはいえ、特に険悪な雰囲気になったわけではなく、
次の店どこいく?なんてやりとりもしたあとの
帰り際、反対方向へ帰る次男が、長男と二人で帰る私たちに、
「二人で喧嘩すんなよ!」
と言って帰っていきました。
そして朝方。
長男から、怒ってしまうことを「ごめん」と
謝る内容のLINEが来ました。
私は、
「健全やん」
と返しました。
私は、今回のことを悪いことだとはあんまり思っていません。
むしろ、ものすごく大きな変化なんじゃないかと思っています。
うちは、親子喧嘩、夫婦喧嘩がほぼない家族でした。
家族の中で誰かが感情をあらわにしようとすると、夫が間に入って納める。
誰かが怒れば、夫がなだめる。
誰かが感情的になれば、夫が場を収める。
夫が、家族の中の「調整役」をしていたのだと思います。
だから、家族の中で感情が大きくぶつかることは、あまりありませんでした。
でも、その「納める人」がいなくなった。
だから、ぶつかるようになった。
たぶん、これからもぶつかるんだと思います。
このあいだnoteでかきましたが、世話になっている人から、
「なんで頼ってこないんだ」
と怒られて、
「そんな言い方されたら、頼れんやん!」
と、私も怒って、大喧嘩になりました。
でも、あの喧嘩があったからこそ、
その人が本当はどう思っていたのかがわかりました。
「もう頼らなくていい」と思われていたわけではなかった。
むしろ、「頼ってほしかった」のです。
言い合わなければ、わからなかったことでした。
そう思うと喧嘩って、必ずしも悪いものじゃないのかもしれない。
怒ることも。
言いたいことを言うことも。
相手に「それは嫌だった」と伝えることも。
それ自体が悪いわけじゃない。
大事なのは、そのあとなんじゃないかと思うのです。
喧嘩したから、関係が壊れる。
怒ったから・怒られたから相手を拒絶して、もう終わり。
そうじゃない。
夫がいなくなったことで、私たちは今まで夫が担っていたものを、
少しずつ自分たちで引き受け始めているのかもしれません。
夫が家族の感情を納めてくれていたのなら、
これからは私たち自身が、自分の感情を引き受けなければならない。
誰かに納めてもらうのではなく、
怒ったら怒ったまま、ちゃんと相手と向き合う。
言い過ぎたら謝る。
相手が怒っていても、それだけで関係が壊れたと思わない。
そうやって、
「喧嘩しない家族」ではなく、
「喧嘩しても戻ってこられる家族」
になっていく。
それが、夫がいなくなったあとの私たちに必要なことなのかもしれません。
