【ショート】 海を知らない人魚
―― short story ――
俺の祖母は人魚らしい。
人間に恋をして、魔女から美しい声と引き換えに、
人間の足を手に入れた。
そして、人間と愛し合い、母が生まれた。
人として生きた母が、俺を産んだ。
正直、信じていなかった。
幼馴染のこまりと、人魚の話を重ねるようになるまでは。
彼女は声が出ない。
「かずおみ~」
「ん~」
「ちょっと、おつかい行ってきて」
「なんで俺が」
「あんた、夏休み暇でしょ」
……まぁ。
「じゃあ、こまりちゃんに、これ、持っていってね」
こまりの名に、少し目が覚める。
畳に寝そべっていると、母さんが部屋に顔を出す。
タッパーの入ったビニール袋を押し付けてくると、さっさと背を向けた。
受け取ったビニール袋の中を見ると、
肉じゃがとサラダだった。
玄関から、「行ってきまーす」と母さんの声が聞こえる。
今日のパートは遅番みたいだ。
クーラーを止めて、廊下に出る。
途端に、うだるような暑さと蝉の声に、一斉に迎えられた。
じわっと肌が湿る感触に、「あちぃ……」と声が漏れる。
玄関に行ってから、もう一度、部屋に戻り箪笥から靴下を取り出す。
玄関に腰掛けて履くと、スニーカーをつっかけて外へ出た。
こまりの母は、母さんの親友だ。
三年前に病に倒れ、今も入院している。
高校に入ってから、学校にバイト、母親の看病まで頑張っているこまりのために、母さんは、いつも夕食の用意をする。
うちの前の道を曲がれば、すぐにこまりの家だ。
こまりに父親はいない。
玄関のチャイムを押す。
インターホンに顔を近づけて喋る。
「相楽です」
家の中から小さく足音が聞こえると、ガラガラと戸が開く。
顔を出したこまりがにこっと微笑む。
愛らしい笑顔には、いつも少し疲れが滲んでいる。
タッパーを入れたビニール袋を手渡しながら、「何か手伝う?」と、声をかける。
こまりは、いつも首を横に振る。
けれど、今日は珍しく頷いた。こまりは手招きしながら、中へ入っていく。
ついていって、戸を閉める。
線香の匂いが広がる廊下を抜けると、こまりは台所の天井を指さした。
……あぁ。
こまりが替えの蛍光灯を持ってきて、箱から取り出す。
俺は天井に手を伸ばすと、蛍光灯のカバーを外して、交換してやる。
カバーを再びカチッとはめると、こまりを見た。
「他には?」
こまりは笑って、首を横に振った。
それから、両手で俺の手を取ると、手のひらに指を走らせる。
『あ・り・が・と・う』
俺を見上げて笑うこまりの頭を撫でてやると、頬がほんのり赤くなった。
玄関先で手を振ると、こまりも小さく手を振った。
帰り道にふと思う。
祖父も、父もいない。
どちらも、ある日突然いなくなった。
母さんはよく喋る。
祖母も、昔から歌がうまかったらしい。
祖父と父がいなくなった時期について、二人は話したがらない。
こまりは、俺が触れるといつも嬉しそうに笑う。
その目に浮かぶ熱の意味くらい、分かっている。
息を吐く。
時々、考えてしまう。
こまりも、俺がいなくなれば、
あの口から可愛らしい声がこぼれるのだろうか。
……なんて、な。
こちらの企画に参加しています🌿
今回のテーマは「ひと夏の思い出」
カズオミくんのひと夏の思い出を、
少し不思議な温度感で描いてみました。
よろしくお願いいたします☺️
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