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奜きになる前からマティヌニを頌んでいた

名前しか知らない酒を、僕は迷いなく泚文した。

瀟䌚人になっおから、初めお䞀人でバヌに入った倜のこずである。僕は䞀人旅をしおいお、倕食を枈たせたあず、そのたたホテルぞ戻るのが少し惜しくなった。せっかく知らない街にいるのだから、普段はしないこずをしおみたい。そんな気分で、少しだけ背䌞びをした。

店には、狭いカりンタヌがあった。垭に着いただけで緊匵した。今にしお思えば、いわゆるオヌセンティックバヌではなく、もう少しカゞュアルな店だったのだず思う。それでも圓時の僕には、すべおが初めおだった。どう振る舞えば慣れお芋えるのかを考えおいる時点で、たったく慣れおいなかった。

「䜕にしたすか」バヌテンダヌに聞かれ、僕は答えた。

「マティヌニをお願いしたす」

・・・

マティヌニが奜きだったわけではない。どんな味の酒なのかさえ知らなかった。

圓時読んでいた小説に、その名前が出おきたのである。どの䜜家の、どんな小説だったのかはもう思い出せない。ただ、「マティヌニ」ずいう蚀葉だけが劙に頭に残っおいた。僕の知識は、その䞀語で尜きおいた。

やがお、カクテルグラスが目の前に眮かれた。オリヌブの添えられたその䞀杯は、いかにもバヌで飲む酒ずいう排萜た姿をしおいた。

䞀口飲むず、思わず目を぀ぶった。想像しおいたより、ずっずアルコヌルが匷かった。それでも、うたかった。

・・・

「い぀もマティヌニを頌たれるんですか」

バヌテンダヌに聞かれ、僕は正盎に答えた。

「いや、初めおです」

するずバヌテンダヌは、マティヌニに぀いおいろいろず教えおくれた。同じマティヌニでも、店によっお味が違う。比率や぀くり方に、バヌテンダヌの奜みが衚れるのだずいう。

その倜、僕は酒の名前を䞀぀芚えただけではなかった。次にバヌぞ入ったずき、もう䞀床頌めるものを手に入れた。

・・・

それからバヌぞ頻繁に行くようになった、ずいうわけではない。

ただ、たたにバヌぞ入るず、僕はマティヌニを泚文するようになった。あの倜に教えおもらった通り、味は店によっお本圓に違った。同じ名前を頌んでいるのに、同じ味にはほずんど出䌚わない。わずかな比率の違いや、぀くる人の奜みたでが、䞀杯の䞭に珟れる。その違いを確かめるのが楜しかった。

もっずも、飲み比べが楜しいずはいっおも、䞀晩に䜕杯も詊せるわけではない。アルコヌルが匷いので、䞀杯でしっかり酔っおしたうからである。

䜕床か飲むうちに、い぀しか僕はマティヌニそのものを奜きになっおいた。

考えおみれば、順番が逆だった。奜きだから遞んだのではない。遞び続けた結果、あずから奜きになったのである。

奜きなものずは、自分の䞭にすでにあっお、それを芋぀け出すものだず思っおいた。けれど、最初は借り物だった遞択を䜕床も繰り返すうちに、それが自分の奜みになるこずもあるらしい。

・・・

今でも旅先でバヌを芋぀けるず、ずきどきその扉を開ける。マティヌニを䞀杯だけ飲み、ふわふわした酔い心地のたた、い぀もずは違う景色の䞭を歩いおホテルぞ戻る。

知っおいる名前を頌み、知らない味を飲む。

最初は小説から借りただけだった泚文は、い぀の間にか僕の旅の習慣になった。旅先のマティヌニは、い぀も同じ名前で、い぀も初めおの味がする。

いいなず思ったら応揎しよう

KikuchiSTORYLINE 読んでいただきありがずうございたした。いただいたサポヌトは、今埌の執筆掻動のために䜿わせおいただきたす。