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もしも生まれ変わったら・・・

私は、夫のことを誰よりもよく知っている。


実はブラックコーヒーよりも果汁0%の炭酸飲料が好きなことも。

会社終わりにたまにファミチキを買い食いしていることも。

私が里帰り出産でいない間に、PS5とゲームソフトを買って数週間で全クリ後、メルカリで売って証拠隠滅したことも。


そして、業をふたつ背負っていることも。


ひとつは音痴。
これは夫がダークサイドに堕ちた原因にもなった。母方の血筋から先祖代々、綿々と受け継がれている負の遺伝。たぶん平安時代あたりに先祖が何かやらかし、末代まで解けない強力な呪詛を受けている。

「もう音楽のテストは無いし、飲み会後のカラオケも子どもを理由に断りやすいし、困る事ないね」とソファに寝転ぶ夫に何気なく言った昼下がり、我が家の禁忌に触れたから、と飛び起きた夫から20秒コチョコチョの実刑を受けた。
そんな光景を目の当たりにした1歳の息子は激しく泣いた。無理もない。真下から見る夫は、照明の光が届かず陰りを帯びていて、初代ポケモンのバリヤードみたいな顔で私を見下ろしていた。

私に抱きつき、「パパとママは仲良しだよ〜」と張り付いた笑顔を息子に見せてから、言い訳を始めた。
音痴は日常生活にも支障を来すらしく、今でもしばしばコンプレックスに苛まれているという。
かつて野球部だった夫は、「よろしくお願いします!」と校庭で大声を出していた。そんな時、正しいイントネーションが分からず、独特な抑揚になってしまうらしい。誰かの後に続いて真似することは可能。でも、一人目だとヤバい。
そして現在、職場で上司が出勤した時、「おはようございます!」と率先して爽やかに言うことができないらしい。

もしも息子に音痴が遺伝したら、然るべきタイミングで告知し、強く生き抜く術を伝授するそうだ。それは音痴を継ぐ者のみに授けられし秘伝らしく絶対に、絶対に教えないと真顔で宣った。
申し訳ないが、私は全くもって知る必要性がない。


もうひとつの業。
それは、帽子が絶望的に似合わないこと。
キャップですら似合わない。毛量が多い、エラ張り、ハチ張り、頬骨張り、後頭部絶壁。五重苦の頭部なのだ。さらには顔が濃い。実際はそんなことないのに、顔が大きく見える。これは決して悪口ではない。私は夫の顔がとても好きだ。

でも、帽子を被ると、シュウマイの上のグリンピースとか、鯵のお寿司の上の生姜のすりおろしとか、「なんか頭にのってる」感じになる。
たぶん前世で帽子屋を殺している。

それなのに帽子には並々ならぬ憧れを抱いており、相当数の帽子を持っている。キャップだけで10個以上はある。残念ながら漏れなく似合わない。
飽くなき帽子への渇望が数年に一度爆発するのだが、それが今年だった。

酷暑の原宿に息子と私を連れ出し、何店舗も巡っては「これどう?」と自らの姿を鏡で見る前にしおらしく聞いてくる。夫が私の意見に反論しないのはこの時くらいなので、ここぞとばかりに忌憚なき感想を述べる。そっかぁと呟いて帽子を元の位置に戻しにいく背中を見て、私がほくそ笑む恒例行事。

結局この日も運命の帽子には巡り会えず、何も買わずに帰宅した。ところがその夜、夫におつかいを頼んだら、ローソンで無印良品の帽子を買って被って帰ってきた。

なんと似合っていた。
シンプルイズベストを体現した黒のキャップ。
その姿はまるでテレビ局のAD。
「それでいいんだぁ」と私が言うと渋い顔をした。
そして1週間後にはバケットハットを買ってきた。
似合ってないとはさすがに言えなかった。


私は、夫のことをよく理解している。
たぶん、夫よりも。

生まれ変わったら何になりたいか。


「都内の一等地に親から相続した土地を持ち、不労所得で暮らしている人」

と言うだろうが、本心は違う。




ナオト・インティライミだ。



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