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もうどうにもとまらない

「将来何になりたい?」

幼い頃からそう聞かれるのが嫌だった。
趣味も特技も崇高な志も、あいにく持ち合わせていない。

強いて言えば、「専業主婦」
あわよくば、「玉の輿」が私の夢だった。

「なんのために塾に行かせてると思ってるんだ」と父は顔をしかめた。行きたいなんて言ったことないのに、と思ったけど言わなかった。
「気持ちはわかるけどね〜」と母は苦笑した。
母は短大の家政学科を卒業後、故郷の小さな役場に勤めて数年で寿退社をした。まさに私が憧れた専業主婦そのものだった。生まれる時代を間違えた、と私は長い間本気で平成を呪っていた。
そのうちに母はパート勤務を始め、私は保育園に預けられた。でも、保育園は心底嫌いだった。


床にべっとり着いた茶色いブツ。立ち込める異臭。張り詰めた保育室。鬼の顔をした先生が子どもたちを床に座らせ、始まる尻点検。背後からズボンとパンツを一纏めにグイッと掴まれ、尻を覗かれる屈辱。犯人はたぶんあの子なのに、全員分を点検する茶番に辟易した。

騒がしい保育室からぽつぽつと人が消え、いつのまにか余白と静寂に支配された夕刻。保護者への当てつけか、保育室を閉め出され、軒下に膝をついた先生の隣に立たされた。次第に闇がかる園庭をただひたすら眺めた。微かに揺れて軋むブランコ。どこか遠くで鳴き喚くヒグラシ。

ようやく現れた母は、遠目からずっと先生にペコペコとお辞儀をしていてこちらに目をくれなかった。乗り込んだ車の中でも母は、良き保護者モードを引きずっていて、変なハイテンションで言い訳をした。帰路を急ぐせいか、いつも以上にジムニーの後部座席は激しく揺れて、抵抗むなしく涙が溢れ出た。バックミラーに映らないようにシートに深く沈んで眺めた母の揺れるくせ毛を私は一生忘れない。


町の中心を背骨のように貫く坂道。小学校は家からその坂道をずっとずっと下ったところにあった。行きは良いが帰りが地獄。子どもの足で1時間と少し坂道を登り続けなければならなかった。

給食を食べ終え、清掃が始まる頃には、その果てしない道のりを思い浮かべては滅入った。
坂道の5合目でりなちゃんが左に消える。真新しくおしゃれな新築一軒家からは、いつでもおやつのクッキーの匂いが香ってくるようだった。6合目でみかちゃんも右に消える。彼女はいつでも無施錠の引き戸をガラガラと開け放った。おばあちゃんの独特な抑揚の「おかえり」をうっすら背中に聞きながら私は一人ずんずん坂を登った。

7合目あたりから坂道がより険しくなる。何よりも辛いのは夏だった。汗でビチョビチョのランドセルと背中の間にハンカチをねじ込んでひたすら登った。
疲労と共に次第に重くなるランドセルを、前に抱えるようにして肩にかけて登った。燦々と照りつける太陽から逃れたくて、次の日陰まで全力ダッシュするルールを作って登った。足が痛くなって最後は後ろ向きで歩いて登った。

ようやく辿り着いた我が家の駐車場は、期待してみても決まってもぬけの殻だった。ランドセルの脇にぶら下げた鍵で玄関を開けて、ダイニングテーブルの置き手紙を確認して安堵した。いつも同じ内容だけどあるのと無いのじゃ大違いだ。

冷蔵庫から取り出したおやつを貪り、涼しい和室でアニマックスを垂れ流した。この時間は当時の私にとって何よりも至福だったけれど、いつのまにか寝落ちして雷の音で目を覚ました時、目の前に広がる深淵のような暗闇にひどく絶望した。

吊り下げ照明の紐が見当たらなくて、適当に振り上げた手が紐の先の玉に当たり、暴れ玉に頭を弾かれた時の痛みと虚しさ、真っ黒になった窓を一刻も早く覆いたくて、勢いよく閉めたカーテンのレールの音が脳裏に焼き付いて離れない。

大人になれば自ずと趣味や特技ができるものだと信じていたけれど、履歴書のそれらの項目はもはや願望欄になった。「趣味読書、特技早寝早起き」どこの誰の話だ。

呆れるほどに変わらない、変われない、無個性で高い志も持たない私ができることは、正しいと信じて闇雲に受験や就活を突き進むことだけだった。そして会社員になった。仕事は仕事であって、私の場合、そこに面白みもやりがいも見出せなかった。
だけど安定した生活はそれなりに心地よかった。夫と出会い息子にも恵まれた。今の生活に後悔はない。ただ、育児休業の終わりが近づいてくると、ひとつだけ困りごとが生じた。

息子と離れたくない。

分かっている。私と息子は違う。生まれた時代も違う。でも、他の誰かに息子を預けること、息子が大勢のうちの一人になることが、私は辛い。
だから真剣に将来について考えなかった、かつての怠惰な自分を恨まずにはいられない。もっと早く、自分がどう生きたいかを考えておけばよかった。そうしたら、息子と一緒にいられる未来を選べたかもしれない。


いっそのこと、縄文時代にでも生まれていたらよかった。木の実や山菜は息子を連れて採りに行けばいい。打製石器だって家で作れる。在宅勤務だ。
きっと心の余裕も全然違う。例えば、子連れで外回りをしている時、どうしても自分でイガグリを剥いてみたいとか、あそこに生えてるカラフルなキノコを食べてみたいとか、癇癪を起こして沼地でひっくり返ってジタバタしたとしても、微笑んで対応できそうな気さえする。
息子の寝かしつけが終わったら夫と空を見上げて、あの星座あなたの横顔にそっくりね、なんて言ってみたり、ママ友とこれでもかとデコった土器や、憧れのプロポーションの土偶を作ったりなんかして。

でも、主食がドングリは嫌だ。虫がうじゃうじゃいそうな竪穴住居で寝るのも嫌だ。ナプキンもバファリンも無い生理なんてありえない。そもそも、息子が無事に大人になれる保証だってない。
結局は無いものねだりだ。


隣でスゥスゥ眠る息子の頭皮に顔を埋める。
うん。いつもどおり香ばしくて最高。
息子からはその辺の有名な滝よりもマイナスイオンが出てるし、もちもちのお肌はスクイーズよりも病みつきになる。

思考停止。

結論は先送り。

寝る。







こちらのエッセイは、マイキーさん主催のエッセイしりとりコンテストに参加させていただき、「も」から始まるタイトルで書きました。

バトンを繋いでくださったのはChikuwaさん。
私はChikuwaさんの、リズミカルで心地よい言い回しが好きなんです。潮の匂いや吹いてる風まで感じられるような情景描写も。

初めてのバトン企画、参加できて嬉しかったです!思いがけず、もやっと、じめっとしたエッセイになってしまいましたが…
Chikuwaさん、ご指名ありがとうございました♪



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