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たっちーの、旅の途中で立ち止まる。 #1|富山・黒部ダムのトンネルで、祖父の話を思い出した。


「爆薬を仕掛けたら、逃げるんだ」

子どもの頃、祖父からそんな話を聞いた。

山の中にトンネルを掘り、岩に爆薬を仕掛け、発破をかける前に逃げる。

何歳の頃に聞いたのか、細かいことはもう覚えていない。ただ、小さかった僕には「爆薬を仕掛けて逃げる」というところだけが妙に怖くて、その言葉だけはずっと頭に残っていた。

祖父は、黒部のトンネル工事に携わっていた。

だから僕にとって黒部は、有名なダムの名前であるより前に、祖父の昔話に出てくる場所だった。



数年前の夏、富山へ行った。

両親の出身地でもある富山。その旅で、黒部ダムへ向かった。

黒部ダムまでの道のりは、目的地へ一直線に進む感じではない。

電気バスやケーブルカー、ロープウェイなどを乗り継いでいく。乗って、降りて、また次の乗り物へ向かう。そのたびに街が少しずつ遠くなり、窓の外を占めるものも建物から山へと変わっていった。


そうして山の奥へ進み、トンネルに入った。

外の景色が消えた。


もちろん僕は、ただ座席に座っているだけだ。照明もあるし、道もある。この先に出口があることだって分かっている。

それなのに、暗いトンネルの中を進んでいるうちに、突然、祖父の話を思い出した。


「爆薬を仕掛けたら、逃げるんだ」

ああ、こういう場所だったのか。

そう思った。


祖父が黒部の山で、発破を使いながらトンネルを掘る仕事をしていたことは、昔から聞いていた。

岩を掘り、爆薬を仕掛け、離れて、発破をかける。そして、また先へ掘り進んでいく。


話としては知っていたし、どういう仕事なのかも、分かっているつもりだった。

子どもの頃には、少し怖い昔話のようにも聞こえた。

でも大人になって、実際に黒部の山の暗闇を進んでいると、その話が急に現実のものになった。

祖父は、本当にこんな山の中で働いていたのだ。




やがて、トンネルを抜けた。

急に明るくなり、夏の光が一気に入ってきた。外へ出たときの風が、とても気持ちよかった。


暗い場所にいたからなのか、山の緑がやけに鮮やかに見えた。空が広くなり、視界が一気に開いた。



そして、その先に黒部ダムがあった。

でかい!

結局、最初に出てきたのはその言葉だった。

高さは186メートルあるという。でも、実際に目の前にすると「186メートル」という数字だけでは、その大きさはほとんど分からない。

ダムだけではなく、周りの山も大きい。湖も広い。その間に巨大なコンクリートの壁がある。

人がつくったものなのに、長い間そこにあるせいか、いつの間にか山の景色の一部になっているようにも見えた。


そして、その巨大な壁から水が放たれていた。

黒部ダムの観光放水だ。

真っ白な水が堤体から谷へ向かって勢いよく飛び出している。最初は太い一つの流れだった水が、落ちながら少しずつ白くほどけていき、下へ行くほど輪郭を失って、最後には霧のようになって谷へ消えていく。

観光放水の水量は毎秒10トン以上だという。

毎秒10トンと言われても、正直なところ僕にはよく分からない。ただ、目の前でとんでもない量の水が途切れることなく落ち続けていることだけは分かる。


少し目をずらせば、ダム湖の水面は驚くほど静かだった。

ほとんど動いていないように見える水と、そのすぐそばで谷へ向かって落ち続ける真っ白な水。

同じ場所に、まったく違う二つの水の姿があった。

僕は、その景色をしばらく見ていた。

そして、また祖父のことを考えた。


祖父たちがこの山に入った頃には、僕が目の前にしている景色はまだ存在していなかった。

巨大なダムも、この水面も、この放水もない。

僕が今見ている黒部は、祖父たちがこの山で働いた、そのあとにできた景色だった。




黒部ダムを含む「くろよん(黒部川第四発電所)」の建設は、1956年に始まり、1963年に完成した。

険しい黒部の山の中で、ダムや発電所へつながるトンネルを掘り進める、大がかりな工事だった。

7年の歳月をかけ、延べ約1000万人が工事に携わった。そして、その工事では171人が命を落としている。


トンネル工事では「破砕帯」と呼ばれる難所にもぶつかった。

大量の地下水を含んだ地盤で、約80メートルを突破するだけで7か月かかった場所もあったという。

80メートルなら、普通の道ならすぐに歩ける距離だ。

その80メートルに7か月。

そう考えると、「爆薬を仕掛けて逃げる」という祖父の短い話の向こう側が、ほんの少しだけ見える気がした。


祖父は、小さな僕にも分かるように、ずいぶん簡単に話してくれていたのかもしれない。

子どもの頃は怖い話だと思っていた。

でも、本当は「怖い」という一言では済まない場所だったのだと思う。



黒部ダムの右岸には、工事で亡くなった171人を慰霊する碑があり、その名前が刻まれている。

僕も、その前に立った。


並んだ名前を見ながら、祖父の名前を口にした。

大きな声ではなかった。ただ、一度呼んだ。

もちろん、祖父の名前はそこにはない。

祖父は生きて帰ってきた。

だから僕は祖父を知っているし、子どもの頃、そのそばで黒部の話を聞くことができた。

「爆薬を仕掛けたら、逃げるんだ」

そんな話を、僕は家の中で昔話として聞くことができた。

慰霊碑の前で、初めてその当たり前さについて考えた。

祖父は工事を終えて山を下り、家へ帰った。その先にも時間が続き、歳を重ね、やがて孫だった僕に黒部の話をした。

僕にとって当たり前だったその話を、できなかった人もいた。

もちろん、その場でそんなふうにきれいに整理して考えていたわけではない。

何か大きなことを悟ったわけでもなかった。

ただ、祖父の名前を呼んだ。

それだけだった。


黒部ダムへ行く前から、祖父が昔この山で働いていたことは知っていた。

でも、知っていることと、その場所に実際に立つことは少し違った。

暗いトンネルを通り、その先で夏の光と気持ちのいい風に触れた。

山の中に現れた巨大なダムを見て、静かな水面のそばから真っ白な放水が谷へ落ちていくのを眺めた。


あの頃、祖父の話を聞きながら想像していた黒部とは、全然違った。

それでも今、祖父の言葉を思い出すとき、暗いトンネルの向こうには、あの日の黒部の景色が続いている。




あとがき|たっちーの、旅の途中で立ち止まる。

旅先で見た景色や、出会った人、何気ない会話。

有名な観光地そのものよりも、なぜかずっと覚えている瞬間があります。

この連載では、たっちーが旅の途中でふと足を止めた、そんな記憶を少しずつ書いていきます。







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