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〔334〕古代日本(ヤマト王/権)の氏姓制度と「垂直分業」の意義 8/19大幅修文済 

〔334〕古代日本(ヤマト王権)の氏姓制度と「垂直分業」の意義
 〔333〙に続き、拙著『日本教の聖者西郷隆盛の天皇制社会主義』の26頁から以下をに引用します。

 わが列島社会は、太古から、キミ(君)-オミ(臣)-タミ(民)が垂直に階層を成す構造をタテ(縦)とし、各種の職能を保有するカバネが並列に並ぶ構造をヨコ(横)とする構造を成してきました。
 私は和傘が好きですが、それは桐油の匂いばかりでなく、傘を差すたびに日本社会に思いを致すからです。
 和傘を開いて見上げると真ん中に「アタマ轆轤(ロクロ)があり、そこから放射状に広がる「親骨」に「平紙」が張られています。
 「親骨」の中ほどの「アタマ轆轤」寄りに「中節」があり、これと「手元ロクロ」を「小骨」が繋いでいます。
 広がった「平紙」がヤマト社会で、「中筋」の外側がタミ、内側がオミです。「アタマ轆轤」は勿論オホキミ(天皇)です。
 雨を防ぐ機能としてはここまでで充分で、これが日本の「政体」なのです。
 ところが和傘の構造は立体的で、「アタマ轆轤」から「平紙」に直交して下がる「柄竹」が「手元轆轤」を貫いていて、可動性の「手元轆轤」を柄竹に沿って上下すると、その動きが「小骨」から「中節」を中継して「親骨」に伝わり、「アタマ轆轤」を軸として「平紙」が開閉するのです。
 要するに、雨水を遮断する和傘の機能は、「親骨」に張られた「平紙」の平面的な広がりで得られるのですが、そのためには「柄竹」をしっかり握って「手元轆轤」を上下に操作しなければならず、結局のところ「柄竹」と「手元轆轤」と「小骨」の成す立体構造(體)が和傘の機能(用)を発揮させているのです。 
 この「柄竹」こそ國體天皇、「手元轆轤」が」國體参謀で、その動きを「小骨」すなわち「國體奉公衆」たちが「親骨」すなわち政体のオミたちに伝えるのです。「平紙」は勿論タミです。(引用終り)

 ヤマト王権時代の社会(ヤマト社会)では、生産活動は「平紙』に当たる「百姓」が実行していました。「百姓」といえば、江戸時後半あたりから専ら「農民」を指しますが、それ以前は普通民の総称だったのです。
 尤も当時のGDPの大半は農業生産で、手工業や製造業に携わる職能民も、次第に増えて来た都市住民の他は、農業をしながらの兼業だったのです。

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