〔483〕「大東亜戦争Ⅰの本質」の考察 石原莞爾と今井田清徳は対発生7 付けたり「鉄砲伝来」は神聖ローマ/帝国から日本へ向けた武装勧告(承前)8/12年表を大幅追加
〔483〕「大東亜戦争Ⅰの本質」の考察
石原莞爾と今井田清徳は対発生7 付けたり「鉄砲伝来」は神聖ローマ帝国から日本へ向けた武装勧告(承前)
(承前)〔482〕の文末で天文十一(1542)年の「南蛮船」の豊後海岸漂着の意味するところを述べました。
この「南蛮人」の正体については未詳です。それどころかこの「豊後漂着」そのものを無視するのが、本邦の「公認歴史教科書」とこれを牙城とする「史官・吏史・史師」のグループです。最近はこれに加えて「史商・史芸」というべきものが登場してきました。
彼等は己の商売をしているだけなので邪魔をする気もありませんが、諸兄姉には歴史の真相を知って頂くのが落合の念願です。そこで大航海時代に入ってから「鉄砲伝来」までの世界史の流れを、まずは年表にして下に掲げます。
1308 大塔宮護良親王誕生
1335 護良親王鎌倉で偽装薨去
1377 エルンスト鉄公が誕生
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1415 スペインの航海王子エンリケのセウタ侵攻 大航海時代始まる
同年 大明帝国の宦官で航海家鄭和が西洋から帰還
同年 カソリック教会の腐敗を批判したヤン・フスが焚刑に遇う
同年 エルンスト鉄公の子「愚図のフリードリヒ」出生
1417 伏見宮治仁王の渡欧 シスマの解消が目的
同年 教会大分裂(グレイト・シスマ)の解消
1440 愚図のフリードリヒⅢがドイツ王に
1452 愚図のフリードリヒⅢが神聖ローマ皇帝に
1459 フリードリヒⅢの王子マクシミリアンⅠが誕生
1478 マクシミリアンⅠの王子フェリペⅠ(端麗公)が誕生
1500 フェリペⅠ(端麗公)の子カルロスⅠが誕生
1503 フェリペⅠの子で、カルロスⅠの弟フェルディナンド
Ⅰが誕生
1506 フェリペⅠ(端麗公)暗殺さる?
1516 カルロスⅠがスペイン王に就く
1519 カルロスⅠが神聖ローマ皇帝に就きカールⅤを称す。
1521 カールⅤが帝国議会でルターを追放、ルター派諸侯が
反乱す。
同年 フェルディナンドⅠが兄からオースリア統治権を継承
1522 マゼラン艦隊の「ヴィクトリア号」が帰還して地球が丸いと実証 さ れ、日本に東方からの危機が生まれる
1526 フェルディナンドⅠがオーストリア・ハンガリー両国の王位に就
く
1531 フェルディナンドⅠがドイツ国王に選出される
同年 「シュマルカルデン同盟」でルター派諸侯が領内のカソリック教会
の財産没収を図る
1533 スペイン王カルロスⅠ(=神聖ローマ皇帝カールⅤ)の傭兵ピサロ
によりインカ帝国が滅亡
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1542 南蛮船が難破を装い、豊後海岸に漂着
1543 南蛮人が明人を装いジャンクで種子島に来航
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1545 「トレントの公会議」で「対抗宗教改革」を決議
1555 フェルディナンドⅠが「アウグスブルグ宗教会議」を主催して領内
におけるルター派の権利を認める
1556 神聖ローマ皇帝カールⅤが自発退位
1558 カールⅤの弟フェルディナンドⅠ世が神聖ローマ皇帝に
ざっと以上です。こんなもの覚える必要はありませんが、読みながら参照していただければ便利だと思います。
「エルンスト鉄公の誕生」と「伏見宮治仁王の渡欧」が二年ずれていますが、この間に何があったのか、諸兄姉はすでにお気づきのことと存じます。
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