〔484〕「大東亜戦争Ⅰの本質」の考察 石原莞爾と今井田清徳は対発生8 付けたり「鉄砲伝来」は神聖ローマ帝国から日本へ向けた武装勧告(完) 8/14 前文の改訂を断行したので再見必須です
〔484〕「大東亜戦争Ⅰの本質」の考察 石原莞爾と今井田清徳は対発生8 付けたり「鉄砲伝来」は神聖ローマ帝国から日本へ向けた武装勧告(続) 8/14 前文の重大改訂を断行したので再見必須
教皇庁の分裂(シスマ)どころか、「キリスト教」自体にカソリックとプロテスタントの「分裂」が生じつつあったのが15世紀末の西欧世界です。
時を同じくして報じられた「コロンブスの新大陸発見」を知った西欧列強が一斉に植民地獲得に向って走り出しますと、早くも享禄二(1533)年に大事件が発生します。
それはスペイン国王カルロスⅠ世が雇った探検家フランシスコ・ピサロがわずか150名ほどの部下を率いて数万の「インカ軍」を破り、人口2000万の「インカ帝国」を征服してスペイン王に献上した椿事です。
「鉄砲の日本伝来」は、このような時代背景のもとに生じた「世界史的一大イベント」であって、一介の南蛮人冒険商が企んだ「武器貿易」ではないのです。
このイベントの目的は「鉄砲の持込」ではなく「日本における鉄砲の製造と普及」にあり、「謀主」は「フェルディナンドⅠ世」であることを落合は〔483〕で述べました。
「フェルディナンドⅠ世」とその事績については〔483〕で詳述したので割愛し、ここでは出自を遡って順次述べるに止めます。
「フェルディナンドⅠ世」の父は「端麗公フィリぺⅠ世」、祖父は「神聖ローマ皇帝マクシミリアンⅠ世」、曽祖父は「神聖ローマ皇帝フリードリヒⅢ世」、高祖父は「内オーストリア公エルンスト鉄公」です。
エルンスト鉄公には謎めいたものがあり、どこか「メロビング朝フランク王国の宮宰(執権)ピピン」を思わせる雰囲気があります。
「エルンスト鉄公」が1412年に娶った後妻のポーランド貴族マゾフシェ公女ツインバルカは怪力で有名な謎めいた女性ですが、その子「愚図のフリードリヒ」を通じてハプスブルク大公家の遺伝子に多大の影響を遺し、有名な「突出した下顎」はツインバルカから受け継いだ、と言われております。
さきほど落合が、「宮宰ピピンを思わせる雰囲気」といったのは「家系潜入」のことです。
以前「國體奉公衆」から「國體秘亊」を伝授された際に、落合がたまたま聞いた仄聞では、ツインバルカの真の出自は「トレビゾント帝国」ということです。
護良親王の血を引く「正南朝王子」が「トレビゾント帝国」を通過した際に関係が生じたような噺でした。あくまでも仄聞で詳しくは窺っておりませんが、「伏見宮治仁王」と観るのは本来ムリですから、他に「正南朝王子X」が存在したのです。
ともかくこの仄聞は、➀伏見宮治仁王か、あるいは②護良親王の直系子孫の正南朝王子」が陸路を採り、「トレビゾント帝国」を経てウクライナから入欧したとすれば話の大筋は合いますが、その後の調査で②が正解と分かりました。理由は拙著「落合・吉薗秘史(10)」の『神聖ローマ帝国の世襲皇帝になった南朝王)に触れています。
そこで今回このnoteを機に真相発表を断行し、「鉄砲伝来」の黒幕「フェルディナンドⅠ世」が、「正南朝王子」の直系子孫であることを明言いたします。以上8/14早朝に改訂しました)
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