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自分を助けた後、誰を助けたい?優しい人が人間関係に引っ張られたときに考えたいこと



「どうして、あの人のことをこんなに気にしてしまうんだろう」

嫌なことをされた。
モヤモヤする。
少し距離を置きたい。

そう思っているのに、優しい人ほど、

「でも、あの人にも事情があるのかも」
「私の受け取り方が悪かったのかな」
「こんなことで嫌だと思う私は、心が狭いのかな」

と、自分のほうを振り返ってしまいます。

そして気づけば、その人のことで頭がいっぱいになっている。

でも、人間関係で大切なのは、相手の性格を完璧に見抜くことではないのかもしれません。

相手を見抜くことより、自分の時間を誰に使うのかを決めることのほうが大切なのかもしれません。

「この人、ちょっと
違うな」を見逃さない


人の性格を見抜くために、特別な洞察力が必要なわけではありません。

普段は感じがよくても、ふとした場面で、その人の人との向き合い方が見えることがあります。

たとえば、

・弱い立場の人に、どんな態度を取るか
・自分が不利になったとき、どう振る舞うか
・相手を攻撃したあと、相手の反応を見て態度を変えるか

自分より上の立場の人には愛想がいいのに、店員さんや後輩には横柄。

自分が悪い状況でも謝らず、逆ギレしたり、話をすり替えたりする。

あるいは、わざと嫌なことを言って、こちらがどう出るのかを試しているような人もいます。

こちらが怒るのか。
我慢するのか。
離れていくのか。

その反応を見て、次の態度を決める。

こういうことが何度も続くなら、

「私の考えすぎなのかな」

と、自分ばかりを疑わなくてもいいのだと思います。

一度の出来事だけで人を決めつける必要はありません。

でも、繰り返される行動は、その人との距離を考えるための情報にはなります。

「私の考えすぎかも」と
自分を責めなくていい


優しい人は、嫌なことをされたあとにも、自分を反省してしまうことがあります。

「私も何か悪かったのかな」
「この人にも事情があるのかも」
「こんなことで嫌だと思うのは、性格が悪いかな」

でも、

・嫌だった
・モヤモヤした
・この人とは少し距離を置きたい

そう感じることまで、悪いことにしなくてもいい。

モヤモヤは、相手を攻撃するための感情ではなく、自分の中にある「何か違う」という情報なのかもしれません。

だから、

「ああ、私はこの人との関係を少し変えたいと思っているんだな」

くらいに受け取ってもいいと思います。

「気にするに値しない人」でいい


相手のことを理解しようとしすぎると、いつまでも頭から離れません。

「どうしてあんなことをするんだろう」
「どうしたら分かってもらえるんだろう」
「本当は悪い人じゃないのかもしれない」

そうやって考え続けること自体が、その人に自分の意識を持っていかれていることになります。

だから、

「この人は、私が大切にしたい人間関係とは違うんだな」

くらいで終わらせてもいい。

・普通には接する
・必要以上に深入りしない
・自分の大切なことを話しすぎない
・頼られすぎない
・必要以上に助けない

相手に「距離を置かれた」と気づかせる必要さえありません。

静かに、自分の中でその人との距離を変えていけばいい。

「私は暇じゃない」と考えてみる


優しい人ほど、

「今はまだ少し余裕があるし」
「このくらいなら助けてあげてもいい」
「困っているなら放っておけない」

と思ってしまいます。

でも、その「少し余裕がある時間」も、自分の人生の時間です。

そこで、こんな言葉を自分にかけてみる。

「私は暇じゃない」

本当に忙しいかどうかではありません。

「私の時間には、もっと使いたい相手がいる」

と思い出すための言葉です。

その人のことを何時間も考えている時間があったら、

・家族と話す
・大切な人と過ごす
・自分の好きなことをする
・何もせず休む

そんな時間にも使えます。

「まだ余裕があるから」と、誰かにどんどん時間を渡さなくてもいいのです。

川で一人しか助けられない
なら、誰を助ける?


どうしても誰かに引っ張られてしまうときは、少し極端なことを考えてみてもいいかもしれません。

もし、川で何人かが溺れていて、自分には一人しか助けられない力しかなかったら。

誰を助けたいでしょう。

ここには、自分も入れていいと思います。

まず、

「自分を助ける」

そのあとで、

「自分を助けた後、誰を助けたい?」

この問いを、自分に投げかけてみる。

すると、自分が本当に大切にしたい人が見えてくるかもしれません。

そして、もう一つ。

「その人たちとの時間を削ってまで、この人を助けたい?」

と考えてみる。

普段なら、

「この人も可哀想」
「放っておくのは冷たいかな」
「私に余裕があるなら助けたほうがいいかな」

と迷ってしまうことでも、少し答えが見えやすくなるかもしれません。

「もし自分が川で溺れて
いたら、誰が助けてくれる?」

今度は、自分が助けられる側になってみます。

もし、自分が川で溺れていたら。

「誰が自分を助けてくれるだろう?」

と考えてみる。

そして、

「私は誰かにとって、『助けなくても大丈夫な人』になっていないだろうか?」

とも考えてみる。

優しい人は、

・この人なら大丈夫
・この人なら一人でも平気
・この人は私が助けなくても怒らない

と思われて、後回しにされることがあります。

でも、自分が優しいからといって、助けてもらわなくても平気なわけではありません。

「あの人は助けなくても大丈夫だから」と思われていたら、少し寂しくないでしょうか。

だからこそ、

「私は誰を助けたい?」

だけではなく、

「私は誰に助けてほしい?」

も考えてみる。

そうすると、いつも自分が助ける側だった人間関係を、少し違う角度から見られるようになるかもしれません。

私たちは、みんな同じ時間の中にいる


結局、ここが一番大切なのかもしれません。

自分が誰かに時間を使っている間も、大切な人との時間は同じように流れています。

「まだ少し余裕があるから」と思って使った時間も、一度しかない時間です。

自分の時間と、相手に使った時間は、別の場所にあるわけではありません。

どちらも、同じ人生の中にある時間です。

だから、

「この人をどうにかしなきゃ」

と考える前に、

「私は誰を大切にしたいんだろう?」

と考えてみる。

優しさの順番を変えてみる


優しい人ほど、自分以外の人を先に考えてしまいます。

でも、順番を少し変えてもいい。

①まず、自分を助ける

②自分を大切にしてくれる人を大切にする

③自分が大切にしたい人を助ける

④それでも余裕があれば、その他の人にも手を差し伸べる


これくらいでもいいのだと思います。

優しさは、すべての人に同じように配らなくてもいい。

誰かを助けないことが、冷たい人になることでもありません。

「この人には、これ以上、自分の時間を使わない」

そう決めることも、自分を大切にする一つの方法です。

そして、どうしても誰かに引っ張られてしまったときは、

「私は暇じゃない」

と一度思い出してみる。

そのうえで、

「自分を助けた後、私は誰を助けたい?」

と考えてみる。

その答えの中に、自分が本当に大切にしたい人が見えてくるかもしれません。

その人たちとの時間を大切にするために、誰かから静かに距離を置く。

それは冷たさではなく、

自分の人生の時間を、自分で選んでいるだけ。

そんなふうに考えてもいいのかもしれません。

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