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妻の「いいよ」に、涙が止まらなかった

ベックです🍀

家族を守れなくなる不安について、ある出来事があったので
お話しします。

私は、お金がなくなっていく感覚は、
数字が減っていく感覚だと思っていました。

でも実際は違いました。

減っていくのは、数字ではなく、自分の役割でした。


(今月の支払いが厳しい・・・)
(妻に話そうか・・・・)

話を切り出すまでの日々を、今でも覚えています。

(そろそろ言わないと・・・)
と思いながら、言えない日が続きました。

それから一日一日、
心が少しずつ削れていく感覚がありました。

そして、ある時から
こう思うようになりました。

「自分は、この家族に必要ない存在なのではないか?・・・」

そんな問いが、頭から離れませんでした。

誰かに言われたわけではありません。

ただ、稼げていない自分を鏡にして、自分で自分を追い詰めていました。


そして、とうとう意を決して
話す日が来ました。

昼間、外で働いてきた妻に、私はお金の話を切り出しました。

「申し訳ないんだけど、お金を少し出して欲しいんだ・・・」

たった、これだけ言うのに、何日もかかりました。

妻は、嫌な顔ひとつせず、
「いいよ」と言ってくれました。

その瞬間、が止まりませんでした。

自分でも驚くくらいの涙でした。

助かった、という涙ではなかった。

何日も自分を追い詰めていたものが、その「いいよ」の一言で、
一気に緩んだ涙でした。

家族を養うということを、私はずっと「稼ぐこと」だと思っていました。
その日まで、疑ったこともありませんでした。

でも、妻に頭を下げて出してもらう側になったとき、
それだけではなかったのだと気づきました。

家族を養うというのは、
「大丈夫だよ」と迷わず言える側でいることでした。

その一言が、いつの間にか、言う側から言われる側に変わっていた。

苦しかったのは、妻の反応ではありません。
妻は、いつも通り優しいままでした。

苦しかったのは、切り出すまでの毎日、
自分の中で勝手に始まっていた問いでした。

「自分は、この家族にとって必要なのか?」
「稼げない男なんて何の役にも立たないのでは?」

誰も聞いていないのに、自分だけが、その答えを探し続けていました。

お金がなくなるということは、生活が苦しくなることだと思っていました。
でも本当は、もっと手前で苦しくなっていました。

言えない日々の中で、自分の必要性を、
毎日自分で疑い続けていたことでした。

それが、一番心を削っていました。

今振り返ると、あの涙は、お金のための涙ではなかった。

「必要ない存在ではなかった」

そう思えた安堵の涙。

妻のたった一言が、何日も自分を追い詰めていたものを、
そっと解いてくれました。

お金を出してもらったことより、
その一言に、心が救われました。

そんな妻に感謝です🍀

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