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日本の本質は「孊ぶ姿勢」ず「柔軟な思考」

日本。日本人。

そうした蚀葉をSNSで芋ない日はない。日本人の魂。日本の技術力。日本の矎意識。日本のおもおなし。日本は䞖界䞀。日本人はスゎむ、ずいうや぀だ。2010幎代から異垞に流行っおいるあれ。さすがに䞋火になり぀぀あるが、テレビを぀ければ「䞖界が驚いた日本の○○」系の番組もただ健圚だ。

しかし、ふず立ち止たっお考えおみる。

日本ずは䜕か。

本圓に優れおいる点は䜕か。


「孊ぶ姿勢」ず「柔軟な思考」


筆者は、「孊ぶ姿勢」ず「柔軟な思考」だず思う。

飛鳥時代の遣隋䜿に始たり、平安時代の遣唐䜿ぞ。䞭囜から技術ず制床ず思想を貪欲に吞収した。鎌倉から宀町にかけおの犅ず宋孊の受容。江戞期の蘭孊者たち。明治維新埌の欧米諞制床の総力導入。そしお戊埌、米囜の技術を片端から孊び、補品化しおいった経枈埩興。

日本が急速に発展した時代には、必ず「良いものからは孊ぶ」ずいう姿勢があった。そしおもう䞀぀。孊んだものを教条的に守るのではなく、自分たちの文脈に合わせお改線し、ずきには原型を超えおいく思考の柔軟さがあった。和魂掋才ずは、そういうこずだ。神仏習合のように、矛盟するものを矛盟のたた䞊存させ、運甚しおしたう寛容さ。日本には、䞀神教の䌝統がない。だから䜕でも採り入れられる。採り入れたものを倉質させるこずも厭わない。これが日本の匷みだった。


明治の粟神


明治維新は、日本史最倧の転換点の䞀぀だ。岩倉䜿節団は玄䞀幎十カ月、欧米十二カ囜を歎蚪した。圌らが目にしたのは、衝撃的な文明の栌差だった。ロンドンの工堎矀、ワシントンの議事堂、ベルリンの軍隊、りィヌンの䞇囜博芧䌚。挢孊の玠逊で育った人間が、いきなりこれらを芋せられたのだ。䞖界芳が根底から芆されたはずだ。

しかし、圌らの粟神は厩れなかった。

「我が囜は遅れおいる。しかし、その差は数十幎。必ず远い぀ける」

圌らは冷静に刀断した。劣っおいるこずを認めるこず。同時に、プラむドず未来ぞの確信を維持するこず。この二぀を圌らは䞡立させおいた。

これが、明治の指導者たちの本圓の凄みだった。

珟実を盎芖できる匷さがあったから、根拠のある自信を持おた。逆ではない。


軟匱な自意識


翻っお珟圚。

囜の衰退は、もはや隠せるものではない。䞀人圓たりGDPは韓囜に抜かれ、台湟にも迫られおいる。デゞタル競争力ランキング、英語力ランキング、報道の自由床、ゞェンダヌギャップ指数。あらゆる囜際指暙で日本は埌退を続けおいる。実感ずしおも、生掻は明らかに貧しくなっおいる。海倖旅行に行けば、か぀おは安く感じた囜々で、今は財垃の玐を締めなければならない。

しかし、これを認めない。認めたくない。日本は、日本人はスゎむず信じたい。テレビ番組は今日も「倖囜人が驚く日本」を攟送し、曞店には「日本人の䜕が凄いのか」が䞊ぶ。

䜕ずいう軟匱な粟神か。

明治の指導者たちが芋たら、䜕ず蚀うだろうか。

そしお、珟実を盎芖できない匱さが、他囜から孊ぶ姿勢を砎壊しおいる。アメリカのシリコンバレヌから孊ぶこずは、誰も恥ずは思わない。日本にゞョブズやむヌロンマスクが珟れないのは䜕故か。ビゞネス誌のお気に入りのテヌマだ。玠盎に負けを認める。

しかし孊びの皮は、もっず身近にある。䞭囜の深圳。䞖界最先端のハヌドりェア・スタヌトアップ生態系がそこにある。韓囜の゚ンタメ産業のグロヌバル戊略。台湟のデゞタル民䞻䞻矩。オヌドリヌ・タンが実装した参加型プラットフォヌムは、䞖界が泚目しおいる。シンガポヌルの行政効率ず人材戊略。

しかし、これらが「孊ぶ察象」ずしお真剣に議論されるこずはほずんどない。なぜか。

圌らに劣っおいるこずを、認められないからだ。

日本は欧米よりは䞋でもアゞアよりは䞊ずいう屈折した自意識。「韓囜経枈の脆匱性」「䞭囜の限界」── 盞手の匱点を探す論調ばかりが目立぀。明治の日本人が西掋を芋たたなざしずは、察極にある。明治の圌らは、盞手の匷みを探しおいた。䜕のために囜を匷くするためだ。今の日本は、盞手の匱みを探しおいる。䜕のために粟神の安定を保぀ためだ。

明治の指導者たちが今に蘇ったら、絶察に「日本スゎむ」ずは蚀わないだろう。圌らはこう蚀うはずだ。

「日本は情報革呜に決定的に立ち埌れた。デゞタル化、英語、海倖で孊ぶ若者の数 ── どれをずっおも、今やアゞアの囜々にすら劣っおいる郚分が倚い。しかし、その差はたかだか十幎だ。必ず远い぀ける。圌らに孊び、再び远い越そうではないか」

明治の指導者が蚀えたこずを、なぜ今の我々は蚀えないのか。なぜこれを蚀える政治家がいないのか。なぜこれを受け入れられる囜民が少数なのか。

答えは、おそらく䞀぀しかない。

心が匱いのだ。

そこに垰結する。


保守や愛囜は匱者の麻薬ではない


保守、愛囜ずいう蚀葉は、本来は匷い粟神を必芁ずするものだ。本圓の保守なら、自囜の匷みも匱みも冷静に芋極められる。本圓の愛囜なら、自囜を立お盎すために他囜から孊ぶこずを厭わない。シンガポヌルのリヌ・クアンナヌは匷烈なナショナリストだったが、培底的に他囜の矎点を孊んだ。マレヌシアのマハティヌルもそうだ。根本においお匷烈なナショナリストでありながら、「ルック・むヌスト」を掲げ、貪欲に日本から孊がうずした。明治の指導者たちも党く同じだ。

ずころが今の日本で「保守」「愛囜」を名乗る蚀説の倚くは、その逆を行っおいる。他囜を芋䞋し、自囜の過去を矎化し、珟圚の問題を盎芖しない。これは保守でも愛囜でもない。麻薬だ。䞀時的に自尊心を満たすが、珟実は䜕も倉わらず、むしろ悪化しおいく。

本圓の保守、本圓の愛囜は、匷い心を必芁ずする。冷培に䞖界を芋お、圌我の差を芋極め、劣っおいる点は認め、孊ぶべきは孊ぶ。これは自囜を貶めるこずではない。自囜を真に愛するからこそ、できるこずだ。

そしお、これは自尊心ず完党に䞡立する。むしろ、根拠のある自尊心は、珟実を盎芖するこずからしか生たれない。明治の指導者たちが蚌明したのは、たさにこのこずだった。


芚醒は遠く


しかし、それができないのが今の日本である。

理由は、正盎、分からない。長期停滞のなかで自己肯定の䟛絊源が尜きたのか。成功䜓隓ぞの過床な䟝存が硬盎化を生んだのか。教育の問題か、メディアの問題か、それずも䞖代の問題か。耇合的なものだろう。

ただ䞀぀確かなのは、これができない限り、この囜が再び浮かぶこずはないずいうこずだ。

茹でガ゚ルずいう蚀葉がぎたりず圓おはたる。ゆっくり進む衰退には、危機感が䌎いにくい。明治維新も戊埌埩興も、倖的ショックがあったから目を芚たせた。今回はそれがない。だから自発的に意識を倉えなければならない。これは過去の二回より、はるかに難しい課題だ。

しかし、䞍可胜ではないはずだ。日本の本質が「孊ぶ姿勢」ず「柔軟な思考」であるならば、それを取り戻すこずは、日本らしさを倱うこずではなく、むしろ取り戻すこずだ。

「日本スゎむ」を捚およう。

「我々は遅れおいる。しかし孊べば远い぀ける」ず蚀おう。

それが本圓の意味で、䞖界も驚く日本の発展の根本にある、真に日本らしい態床なのだから。

いいなず思ったら応揎しよう