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短線小説神の声垯

倧原矎里の歌声が響くずき、ホヌルの空気はその密床を倉えた。

最埌のロングトヌンが倩井のシャンデリアを埮かに震わせ、静寂が蚪れる。
䞀拍眮いお、地鳎りのような拍手ず歓声が抌し寄せた。総立ちになった芳客の倚くが、頬を濡らしたたた手を叩いおいる。

その光景は、誰の目にも奇跡ずしお映っおいた。圌女の喉には、確かに神が宿っおいる。

矎里の生の歌声を聎いた重床のう぀病患者が翌日に寛解したずいう噂は、たたたく間に既成事実ずなる。医孊界は「特定の呚波数による脳内物質の分泌」ず仮説を立おたが、蚌明には至らない。劇堎には車怅子や、瞋るような目をしたがん患者が詰めかけるようになった。
圌らはただ、圌女の声から発せられる救いを求めおいる。

矎里はただの歌手ではなく、生ける聖女だった。圌女がひず声発するだけで、䞖界から絶望が消えるかのように思えた。

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楜屋では、灰皿に抌し付けられたタバコから现い煙が立ち䞊る。矎里の手元には、ぬるくなったビヌルがあった。

呚囲のスタッフが「喉を痛めるようなこずは、控えた方がいい」ず進蚀しおも、圌女は錻で笑うだけだ。

「うるさいわね。私がどんな生掻をしようが、神の歌声は消えないわよ。今たでだっおそうだったでしょ」

矎里はハヌブティヌのカップを抌し陀け、ビヌルを喉に流し蟌んだ。空いたグラスをテヌブルに眮く手぀きには、䞀切の躊躇もない。
圌女にずっお、呚囲のたっずうな譊告すらも、自身の特別さを曇らせる耳障りな矜音に過ぎなかった。

圌女の傲慢は、喉の粘膜を確実に蝕んでいった。酒ずダニ、臚時の倜曎かし。聖女の仮面の䞋で、圌女はただの、コントロヌルを倱った凡倫に成り䞋がっおいた。

奇跡が終わりを迎えるのは早かった。
ある倜の公挔、バラヌドのサビに向かう盎前、圌女の䌞びのある歌声は途切れおしたった。

声は掠れ、高音で鋭く割れる。
その日、涙を流す者は䞀人もいなかった。客垭を埋めた数䞇人の顔に浮かんだのは、䞍良品を掎たされた消費者のような、癜けた困惑だった。

メディアの態床は䞀倉し、聖女を仕立お䞊げた同じ手で、今床は「停物の奇跡」ずバッシングを济びせる。矎里は楜屋の鏡を叩き割り、吐き捚おるように蚀った。

「勝手に盛り䞊がっお、勝手に倱望しお。あい぀ら党員、最初から私の歌なんか聎いおなかったのよ」

激しい呌吞の音だけが、コンクリヌトの床に散らばった鏡の砎片に反射する。矎里は震える手でスマヌトフォンの画面をスクロヌルし続けた。
通知の波は途切れない。圌女の芖線は、無数の眵詈雑蚀の隙間に玛れ蟌んだ、わずか数行の「か぀おの称賛」を探しお圷埚っおいた。指先が画面を匷く叩く。

あらゆる名医を叩き、喉に盎接針を刺すような治療や、苊い薬液を流し蟌む民間療法に倧金を投じる。声を出すこずを犁じられた暗い郚屋で数ヶ月を過ごしたが、戻っおきたのは以前の茝きを完党に倱った、ただのしわがれ声だった。

薄暗い郚屋で自ら発したその掠れた音を聎いたずき、矎里は数秒間、息を止める。圌女は過去の完璧な音源を再生し、今の喉から出る無様な音ず聎き比べた。その埋たらない溝を確認するたびに、圌女のなかで䜕かが決定的に壊れおいく。

生身の喉に䟡倀などない。そう確信したずき、技術の進歩は、皮肉にも圌女の絶望に間に合っおしたった。

人工声垯眮換手術。過去の最も完璧だった時期の音声デヌタを基に、喉の振動を完党に再珟するナノマシン技術だ。
矎里は迷うこずなく契玄曞にサむンした。

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手術を終えた矎里は、無機質な防音宀の真ん䞭で、たず自分の声を確かめるこずから始めた。
喉の奥のナノマシンが䞀斉に駆動。口から挏れ出たのは、䞀切のブレもないガラス现工のようなロングトヌンだ。

音圧、ピッチ、ビブラヌトの呚期。そのすべおが、数孊的に正しい「究極の正解」ずしお郚屋に響き枡る。その圧倒的な矎しさに、矎里は息を呑み、自らの声に深く感動しおいた。

しかし、歌い進めるうちに、奇劙な違和感が這い䞊がっおくる。
人間が歌うずきに生じるはずの、わずかなピッチの揺らぎ。息の擊れる音。感情の高ぶりによるかすかな狂い。
そうした肉䜓特有の「䞍完党さ」が、圌女の脳が自芚するより早く、ミリ秒単䜍の速床ですべお綺麗に正されおいく。どれだけ感情を蟌めお喉を震わせようずしおも、出力されるのは寞分の狂いもない歌声。

それはたるで、粟巧なロボットの駆動音だった。歌いながら、これはもう人間の歌声ではないず矎里は感じおいる。個性がない、人間が人工声垯のためのただのスピヌカヌだった。

しかし、そんな圌女の䞍安も杞憂に終わる。
ステヌゞの幕が䞊がるず、その思考は熱狂に抌し流される。
埩垰を埅っおいた数䞇人が䞀斉に涙を流し、地鳎りのような歓声がドヌムを揺らした。前を向けば、車怅子の男が立ち䞊がらんばかりに号泣しおいる。
私の意志ずは無関係に、神の声垯が自分の喉を、口を、肉䜓を媒介にしお発しおいく至高の響き。そもそも神の声垯が党おであり、人間の個性なんお神の前では無力に等しかった。それをもたらす圧倒的な党胜感が、恐怖を麻痺させおいく。

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ラむブが終わり、静たり返った楜屋。
矎里は鏡の䞭の自分を芋぀めたたた、マネヌゞャヌに話しかけた。

「みんな、私の声を聎いお泣いおた。  でもおかしいの。喉が震えおいる感芚が、頭に届くたで䞀瞬、遅れる気がするのよ」

マネヌゞャヌはデスクでノヌトPCを叩き、画面から目を離さずに淡々ず蚀う。

「䜕を蚀っおるんですか、矎里さん。倧成功ですよ。ネットのトレンドもあなたの歌䞀色だ」

その口調には、圌女の喉が機械になったこずぞの驚きも、忌避感も、䞀切なかった。
マネヌゞャヌは笑いながら圌女にタブレット端末を差し出す。画面には、今日のラむブの感想がリアルタむムで倧量に流れおいた。

そこには、以前ず倉わらぬ「聖女ぞの信奉」が溢れおいる。喜びずも、信仰ずも぀かない文字列。誰も停物だなんお疑っおいなかった。

圌女は画面から目を戻し、自分の喉に觊れた。
この皮膚の䞋で、無数のナノマシンが息を朜めおいる。それは圌女がどれだけ堕萜しようずも、決しお裏切らない氞遠の才胜。倧衆の祈りを受け止め、完璧にコントロヌルされた奇跡を量産する、ただの装眮。

矎里の顔から、埐々に迷いが消えおいく。
鏡の䞭に映る自分の瞳は、どこか生気が抜けお、人圢のように矎しかった。

圌女は自分の銖を䞡手でそっず包み蟌む。
爪を立おるこずも、匕き裂くこずもしない。
愛おしい装眮を愛撫するように、ただ優しく觊れた。

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