芋出し画像

短線小説䞀枚の玙

芋䞊げる高局ビル矀の茪郭は、どこたでも冷ややかに静たり返っおいた。

その無機質な隙間、十月の濁った空から䞀枚の玙がひらひらず円を描いお萜ちおくる。郜䌚の静寂の䞭で、その䞍芏則な動きだけが劙に浮いお芋えた。それは文庫本のペヌゞを匕きちぎったほどのサむズで、眫線も䜕もないただの癜い断片だった。

通勀途䞭ず思われる、ベヌゞュのトレンチコヌトを着た䞉十代らしき女性が、ふず足を止めおそれを拟い䞊げた。圌女は二秒ほど玙面を凝芖し、小さく銖を傟げた。

それから、ひどく汚いものに觊れた埌のように、そっずそれを元の地面に戻し、䜕事もなかったかのように駅の方ぞ歩き去った。
残された玙を、僕は暪目で䞀瞥する。

『癟䞇円手に入る』

安っぜいフォントの印字だった。悪質な広告か、たちの悪い悪戯だろう。僕はそれを拟い䞊げるず、くしゃくしゃに䞞めお近くの灰皿付きゎミ箱ぞ攟り蟌んだ。自販機の猶コヌヒヌを䞀口すする。ぬるい苊味が口に残った。

âž» âž» âž»

翌朝、たたあの女性がいた。
圌女は昚日ず党く同じ堎所で、芖線だけを泳がせおいる。空を芋䞊げ、それから地面を芋る。ふらふらず、足元がおが぀かない足取りで、䜕かの軌道を远うように歩いおいた。

圌女の芖線の先で、たた癜い玙が䞀枚、ひらひらず萜ちおくる。昚日ず寞分違わぬサむズ、寞分違わぬ癜。玙は、今床は僕の靎のすぐそばに着地した。

背埌から鋭い気配がした。振り返るず、女性が鬌の圢盞でこちらぞ向かっお突進しおくるずころだった。剥き出しの敵意に気圧されながらも、僕は足元の玙を反射的に拟い䞊げた。差し出そうず反転する刹那、僕の芖線が、玙面に印字された文字を嫌でも捉えおしたう。

『奜きな人から告癜される』

「なんで拟うのよ」
女性は金切り声を䞊げ、僕の手からひったくるように玙を奪い取るず、そのたた雑螏の䞭ぞ消えおいった。

その日の倕方、職堎のデスクで、半幎前から片思いをしおいた同僚の女性に呌び止められた。圌女は耳たで赀くしながら、僕に奜意を䌝えおきた。呚囲の雑音が䞀瞬で遠のくのを感じながら、僕の頭の䞭では、あの硬質な癜い断片がじっず熱を持っお居座り続けおいた。

âž» âž» âž»

噂が感染症のように広がるのに、䞀週間もかからなかった。

タむムラむンはあの「玙」の話題で埋め尜くされた。ステヌゞⅣの癌が消えたずいう老人、䞀倜にしお肌のシミが消え倱せたずいう䞻婊。真停䞍明の奇跡が、無数のアカりントによっお拡散され、肥倧化しおいく。

法則は䞀぀だけだった。
「最初にその玙に觊れ、文字を読んだ者だけが、その予蚀を珟実にする」

い぀しかその堎所は「聖地」ず呌ばれ、昌倜を問わず人間が矀がるようになった。誰もがスマヌトフォンのカメラを空に向け、い぀降るずも知れぬ癜を埅っおいる。

1ヶ月ほど経ったある曇倩の午埌、僕もたた、その黒山の人だかりの䞭にいた。二匹目の泥鰌を狙う卑しい目、互いの肩がぶ぀かるたびに発生する無蚀の火花。

その時、矀衆の䞭心で䞀人の男が声を荒らげた。
「その玙は掎たない方がいい 隙されるな」
男の服はよれよれで、目は血走っおいた。

「いいこずだけが曞いおあるわけじゃない。俺は先週、あの玙を掎んだ。曞いおあったのは『倧切なパヌトナヌず別れる』だ。翌日、劻は理由も蚀わずに子䟛を連れお出お行った。この玙が、俺の家庭を壊したんだ」

呚囲から、くすくすず倱笑が挏れた。
「それ、自分が頌りなかっただけじゃない」
「ただの䞍倫の蚀い蚳だろ」

誰も男の蚀葉に耳を傟けなかった。
人間は、自分だけには郜合の良い奇跡が起きるず信じおいる。あるいは、他人の䞍幞など゚ンタヌテむンメントの範疇でしかなかった。

「䞊を芋ろ」
誰かの鋭い叫び声が、男の声を完党に掻き消した。

芋䞊げるず、誰もが息を呑む䞀瞬の静寂。
驚くのも無理はない。ビルの谷間の灰色の空から、癜い斑点が無数に湧き出しおいた。十や二十ではない。䜕癟もの癜い玙が、たるで匕き裂かれた矜毛のように、いっせいに舞い萜ちおくる。

歓声ずも悲鳎ずも぀かない地鳎りのような音が、地面から湧き䞊がった。

âž» âž» âž»

䞖界から理性が消倱した。

ハザヌドランプを点灯させたたた道路の真ん䞭に攟眮される乗甚車。
埌続車からは狂ったようなクラクションの連続音が路地に反響し、麻痺した枋滞の䞭でハンドルを叩いお怒鳎り散らす人々の苛立ちが、その空間に充満しおいた。
ベビヌカヌに乗った赀ん坊が泣き叫んでいるのも構わず、䞡手を空に䌞ばす母芪。突き飛ばされた老人がアスファルトに頭を打ち付け、その背䞭を別の男が螏み぀けおいく。

僕もたた、その狂気の歯車の䞀぀だった。理屈などどうでもよかった。もう䞀床、あの䞇胜感を味わいたい。

目の前に、ひらりず䞀枚の癜が舞い降りおくる。
僕は手を䌞ばした。
その瞬間、鋭い突颚が路地を吹き抜けた。
䜕癟枚もの玙が䞀斉に方向を倉え、暪ぞ、奥ぞず流れおいく。神の指先に人間が匄ばれるかのように、矀衆ずいう名の巚倧な生き物が、玙の行方を远っおズズズず䞍気味に蠢いた。

「どけ」
僕は走りながら、狂ったように腕を䌞ばした。指先が、颚に煜られる䞀枚の端を捉える。
確かな玙の抵抗。

これだ。僕の指が、それを完党に組み䌏せた。
勢い䜙っお地面に激しく倒れ蟌み、膝や肘が擊れる痛みが走ったが、そんなものは知芚の倖だった。気づけば僕は、矀衆に抌し出され、完党に車道の真ん䞭ぞ這い出おいた。

その瞬間、すぐ真暪から、錓膜を匕き裂くような急ブレヌキの金属音が響いた。䞖界が、歪んだスロヌモヌションになる。

僕はう぀䌏せのたた、胞の䞋に滑り蟌たせた右手を匕き抜き、泥に汚れた玙面を凝芖した。

『赀信号を無芖しお突っ蟌んできたトラックに蜢きヌ』
文字を読み終える間もなく、僕の芖界を巚倧なフロントグリルず逃げ堎のない鉄塊が、冷培に塗り぀ぶす。

僕が掎んだその玙は、力を倱った指先をすり抜け、たたひらひらず宙ぞ戻っおいった。

いいなず思ったら応揎しよう

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