「ままのはたけ」というなまえ。
小さかった息子は、私の畑で採れた野菜のことを「ままのはたけのやさい」と呼んでいた。「ママの畑の野菜なんだから、愛情たっぷりでおいしいんだよー。」と野菜嫌いの息子を説得して食べさせようとしていたからだ。産地によって野菜嫌いが直ることはなく、絶賛継続中ではあるけれども、「ままのはたけ」という名前は、そこからそのままもらっている。
あとから考えてみると、この名前には、私が畑を始めた理由がそのまま入っているような気がする。畑を始めたころ、私は、農薬や化学肥料をできるだけ使わず、自然の力を借りて育った野菜を子どもに食べさせたいと思っていた。今振り返ると、ちょっと力が入りすぎていたようにも思うけれど、今も、農薬や化学肥料は極力使わずに育てている。
それは「農薬や化学肥料を使った野菜は体によくない」と思っているからではない。畑をやっているうちに、私の興味は、野菜そのものだけでなく、その下の土にも向くようになったからだ。土の中には菌や微生物がいて、植物とつながりながら、私には到底把握できないような複雑なやりとりをしている。だったら私は、あれこれ外から与えるより、できるだけその仕組みに働いてもらいたい。今はそんな気持ちで畑と付き合っている。
とはいえ、「だったら自然栽培をすればいいじゃないか」というほど単純でもない。「ままのはたけ」は借りている畑。草を伸ばしっぱなしにしたら怒られる。なので草は刈るし、マルチも使う。自分の理想の農法を貫くことより、この場所を貸してもらいながら、その中でできることをやっていく。そんな畑になっている。

野菜は、できるだけ種から育てている。種を採れるものは採って、また次の年に蒔く。何年も続けているうちに、少しずつこの畑に馴染んだ野菜になっていったらいいな、と思っている。
ただ、固定種にこだわりがあるわけではない。F1の種も普通に買う。種から育てる楽しみは、種を継ぐことだけではなくて、苗ではなかなか出会えない、見たことのない色や形の野菜に手が出しやすいこと。外国でよく食べられている野菜。市場にはあまり並ばない野菜。種のカタログを見ていると、「これ育ててみたい」が次々出てきて、その時間もまた楽しい。

そして畑をやっていると、野菜以外のものとの距離も近くなる。草をかき分けたら、カナヘビがじゃれ合っていたり、葉っぱの上に、絵の具を塗ったみたいに黄色いカエルがいたり。モグラが穴を掘って、私が潰して、また掘られて、また潰して。キジが卵を抱き始めたら、その周りだけ草刈りをやめて見守って、ときには草刈機で蛇をぶった切ってしまうこともある。自然と仲良く暮らしています、というほどきれいな話ではないけれど、畑に入ると、そこに暮らしているものたちの生活圏に、私も入っていく。畑を始める前より、生態系との距離がずいぶん近くなったように感じている。

春には、小さな苗だった野菜が、夏になると、人が入れないくらい茂っていく。そもそも、農業を勉強したことがあるわけじゃないので、上手にコントロールする術がない。虫に食べられたり、病気になったり、風で支柱ごと倒れたり。うまくいかない年もある。

それでも、ある時期になると、家族で食べても、保存しても、まだ野菜があふれ、床に転がり「早く食べろ」の圧を出す。だから、その分を誰かにもらってもらえたらいいな、と思っている。

売るために作っている畑ではない。家族に食べさせたいものを育てるところから始まって、土の中のことが面白くなって、知らない野菜を育てるのが楽しくなって、カエルやキジやモグラと一緒に季節が進んでいく。
そして、食卓から少しあふれた分を、おすそわけする。
そんな場所が、「ままのはたけ」です。

