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風まかせ文芸部 『夜風』

知らない町で一人、タバコを吹かしていた。
迷子だ。
職を失い、妻子を引き止められず、明日を生きる糧を失くして……心が迷子になっている。
新たな職を求めてこの町を訪れたが、先ほどの面接に手応えはない。
覇気がなく、やる気すら感じられない人間と見做されただろう。
あながち間違ってはいない。
養うべき存在が消えた今、働くモチベーションなんてほとんど消え失せてしまった。
それでも、時が経つと気付く。
養うべきは妻子だけでなく、自分という存在があったことに。

終バスが行ってしまった。
ここから駅まで歩いても、きっと終電には間に合わない。
宿を取って泊まる宿泊費すら捻出できそうにない。
タバコを吸い終えて、スマホを取り出し、近くの公園を探す。
周りを見るに、工業地帯だ。
整備された広い公園はありそうにない。
工場の片隅にポツンと置かれた児童公園を見つけ、歩き出す。

「あなたに必要なのは、家族じゃないんじゃない?」
妻に言われた。
クエスチョンマークがいくつも浮かぶ。
……なんで?
じゃあ俺は何のために働いてるの?
俺だけの食い扶持ならバイトだっていいんだよ?
それを、なんで上司にイビられてコケにされながら、身を粉にして働いてるの?
それには答えずに、妻が言う。
「そーゆーさ、俺はお前らの犠牲になってるみたいな被害妄想、重いんだよね。人にはそれぞれ役割があるんじゃないかな。あなたに与えられた役割を、粛々とこなすべきなんじゃないのかな?」
俺の役割。
誰かに指示された覚えはない。
俺が選んだのか?
社畜として働き続ける道を?
この、愛する家族のために?
そしてもうその家族は、いない。

タバコの煙が暗闇に消えてゆく。
すべてが消えて、俺のもとに残るものは何もない。
さて、これからどうする?
生きるのか?やめるのか?
闘うのか?諦めるのか?
すべてを放り出して、誰もが驚くような無茶をして、家族を道連れに不安のない世界にいこうか。
娘の笑顔が脳裏に浮かぶ。
公園の照明がまたたいた。

スマホの画面に「地獄だよ」と打ち込んで、最近始めたSNSに投稿する。
能天気な奴らのコメントのやり取りにイラつきながら、画面をじっと見つめる。
しばらくして、返信が一件。
「地獄はあんただけのもんじゃないよ」
……優しさなのか、冷たさなのか、判断がつかない。
ただ、そりゃそーだよな、と納得して、スマホを閉じた。

朝まではあと数時間。
帰りたい家があるわけじゃない。
いいさ。
すべての照明を消してくれ。
暗闇の中で、自分の愚かさを味わう時間にしたいんだ。
近くの茂みで野良猫が鳴いた。
姿は見えない。
お互い、野垂れ死なない程度に頑張ってみようぜ。
それでダメでも、この世界から消えていくだけのこと。
もうすでに、俺の世界からはたくさんの宝物が消えていった。
それに気付かないフリをしていたことの報いがコレなんだろ?

公園を、夜風が横切ってゆく。
通りすがりの夜風。
今夜限り、もう会うこともない。
ならば、俺の憂鬱すべてを連れ去ってくれないか。
このベンチから、この公園から、この町から、この世界から。
もう一度、空っぽな自分でやり直したいんだ。
空っぽだから、何にだってなれる。
きっと、あいつらの父親にも、夫にも。

夜風が静まり、朝が来る。
知らない町で、一人。
まずは、仕事を見つけろってことだよな。
そう自分に言い聞かせて、俺は公園のベンチを後にした。

きっと、夜風が不安を吹き飛ばしてくれたと信じて。

こちらの企画に参加させていただきました。
よろしくお願いいたします。

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