掟シリーズ外典三:「最初に、“数えるな”と言った子ども」
掟シリーズ
外典三:「最初に、“数えるな”と言った子ども」
まだ、 鳥居が珍しかった時代。
境界の知識は、 巫女や古老だけが持っていた。
普通の人々は、 掟の意味を知らない。
ただ従うだけだった。
山間の小さな村に、 一人の子どもがいた。
名は、 イツキ。
七歳。
静かな子だった。
他の子どもたちみたいに騒がず、 一人で石を並べたり、 雲を眺めたりしている。
村人たちは時々、 妙なことを言った。
「あの子は、“間”を見ている」
意味は、 誰にもわからない。
ある夏。
村で異変が起きる。
山道の鳥居が、 毎晩一本ずつ増えていく。
昨日は十本。
今日は十一。
翌日は十二。
誰も、 いつ増えたのか見ていない。
だが確実に、 奥へ伸びている。
村人たちは恐れた。
巫女が呼ばれる。
彼女は鳥居列を見るなり、 顔色を変えた。
「数えた者がいる」
その夜。
村人全員が集められた。
巫女は火を囲み、 静かに尋ねる。
「誰が鳥居を数えた」
沈黙。
風だけが吹く。
すると。
イツキが、 小さく手を挙げた。
「ぼく」
村人たちがざわめく。
イツキは悪気なく言った。
「どこまであるのか知りたかった」
巫女は長く黙る。
怒らなかった。
ただ。
深く悲しそうな顔をした。
「いくつまで数えたの」
イツキは答える。
「二十七」
その瞬間。
山の奥で、 鳥居が軋む音が響いた。
ギギギギ……
全員が凍りつく。
闇の向こうで、 何か巨大なものが動いていた。
巫女は急いで、 村人たちへ命じる。
「今夜は窓を閉めなさい」
「名前を呼ぶな」
「返事をするな」
村は灯を消した。
静寂。
だが夜半過ぎ。
イツキだけが、 外へ出てしまう。
彼は、 気になっていた。
“二十八本目”が、 どこにあるのか。
月のない夜。
鳥居列は、 闇の中で赤黒く続いている。
イツキは歩く。
一。
二。
三。
数え始める。
止まらない。
鳥居をくぐるたび、 風景が静かになっていく。
虫の声が消える。
風が消える。
やがて。
二十七本目。
その先に、 新しい鳥居が立っていた。
二十八本目。
昨日まで、 存在しなかった鳥居。
イツキは、 ゆっくり顔を上げる。
鳥居の向こうに、 誰か立っていた。
大人ではない。
子どもだった。
白い服。
だが顔が、 ぼやけている。
その子は、 静かに言う。
「見つけた」
イツキは尋ねる。
「何を?」
子どもは、 少し嬉しそうに答える。
「こっちへ来られる子」
その瞬間。
鳥居の向こう側に、 無数の灯りが浮かぶ。
遠い。
遠すぎる。
まるで、 夜空の星みたいに並んでいる。
だが全部、 ゆっくり近づいてきていた。
イツキは、 初めて怖くなる。
後ろを振り向く。
すると。
帰り道の鳥居が、 全部消えていた。
鳥居の向こうの子どもが、 静かに笑う。
「数えると、道になるんだよ」
翌朝。
山道で、 イツキの草履だけが見つかった。
その日から、 村には新しい掟が加わる。
―― 子どもに、“奥の数”を教えてはならない。
そして。
巫女は鳥居へ、 一本ずつ縄を結び始めた。
“数えなくてもいいように”。
