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2018年3月DMZ-Trainと安保観光。

この記事からの続きモルゲッソヨ。

ソウル駅10:15発の”DMZtrain”に乗ります。
DMZtrainが入線してきました。
韓国鉄道公社KORAIL9501系気動車。
サボ、龍山駅から京義線の都羅山駅までを結ぶ観光列車
でした。2019年にアフリカ豚熱防疫のために運休となった
まま、2023年に9501系気動車の老朽化に伴い廃止
となったそうです。
京義線の案内。
首都圏電鉄京義・中央線の駅はもっとたくさんありますが、
DMZtrainはここに示された駅にしか停まりません。
色使いがかなりビビッド。
モケットの柄は風車。
KORAILの列車の写真が貼られていました。
左から、ITX-青春、KTX-山川、ヌリロ、通勤用気動車RDC。
南北を分ける軍事境界線と南北2kmの幅で広がる
非武装地帯、南側には民間人の立ち入りを規制する
民間人統制区域が広がっている旨の説明。
当時はDMZtrainに乗ると、民間人出入統制区域内を見学
できる安保観光がセットで付いてきました。
これは安保観光の参加者用のタグ。

安保観光に参加しないと都羅山駅で数時間待つことになるので、参加する以外に選択肢はないように思います。
安保観光に参加するにあたり氏名や連絡先などを記入して
提出しました。
当時の首都圏電鉄京義・中央線の北端部・汶山駅周辺まで
来ました。
汶山駅を過ぎると非電化単線区間。
現在は首都圏電鉄京義・中央線に組み込まれ
電化されたようです。
汶山駅以北はDMZtrainくらいしか乗り入れていなかったので、一気に地方然とした風景に。
途中駅の雲泉駅に停車。
ここで乗り降りする人はいませんでした。
雲泉駅の次は臨津江駅。
臨津江駅に到着。
駅名標にはソウルと平壌までの距離が書かれていました。
臨津江駅から北は民間人出入統制区域になるので、
ここで韓国軍憲兵が人数や身分証の確認をします。
外国人の私はパスポートを提示しました。
都羅山駅で少し待ち時間があったため駅ホームを観察。
先頭車両はSLイメージの塗装。
後部車両は手を繋いだ人々の絵。
臨津江駅ホームの雲泉駅方面を臨む。
臨津江駅に停車中の表示。
DMZtrain車内には飲み物やお菓子を販売する
売店がありました。
臨津江駅を出発し、臨津江を跨ぐ臨津江鉄橋を渡ります。
朝鮮戦争時に破壊された旧上り線の橋の一部が遊歩道として
再整備されていました。
旧上り線の橋脚と臨津江。
臨津江の北側は民間人出入統制区域。
鉄条網が張り巡らされていて、所々に監視所のような
建物があるのが見えました。
臨津江を渡り、いよいよ民間人出入統制区域内へ。
都羅山駅に到着しました。
都羅山駅には「京義線鉄道南北出入事務所」が
併設されています。
都羅山駅構内。
南北の境界駅なので、駅舎はとても広いです。
駅の外には韓国軍憲兵のトラックが停まっていました。
都羅山駅でバスに乗り換えます。
最初の見学地は都羅山平和公園。
中立国監視委員会の写真展が行われていました。
1955年の帰らずの橋。
1954年の軍事境界線と検問所。
1955年の帰らずの橋。
1953年の板門店。
平和公園内には軍事境界線に関連する展示館もありました。
2000年の南北首脳会談の様子。
京義線の再接続事業時に発掘された碍子。
発掘されたレールアンカー。
こちらも発掘されたポイント切替機。
このように展示されていました。
後ろには「鉄馬は走りたい」の文字が。
平和公園には米海兵隊の水陸両用車や、
戦車が展示されていました。
バスに乗って次の見学地である統一村へ。
統一村は民間人出入統制区域内にあります。
村内には観光客向けの売店兼食堂があります。
ちょうどお昼なので、ここで食事をします。
バイキング形式で好きなものを取れました。
普通に美味しかったです。
統一村は赤点線の軍事境界線からそこそこ近い位置に
あるのが分かります。
非武装地帯内には南側で唯一の民間人が居住する
自由の村(台城洞)があります。(赤点線と青点線の間)
統一村の売店でDMZチョコレートなるものを買いました。
売店前から統一村を眺める。
ぱっと見は地方の集落なので、
南北の最前線近くにあるようには見えませんね。
次の見学地は都羅展望台。
建物には「分断の終わり、統一の始まり」と書かれています。
都羅展望台からは南方限界線の鉄条網と北朝鮮が見えます。
写真は黄色線の内側から撮影するよう規制されていました。
ズームで北朝鮮側を撮影。
右側に南方限界線の鉄条網、その奥の山々や街は
北朝鮮です。肉眼で見ると思った以上に北朝鮮は近いです。
次の見学地は第3トンネル。
憲兵の人形がありました。
第3トンネルの展示館にも鉄道関連の遺物がありました。
これは測量基準石。
発掘された碍子。
南方限界線の鉄条網の実物大模型。
軍事境界線上にある共同警備区域・板門店の模型。
下が南側、上が北側、左上から右下にかけて
発光ダイオードが埋められていますが、これが軍事境界線。
第3トンネルは1978年に発見された北朝鮮の
侵略用トンネルとされています。内部は撮影禁止でした。
軍事境界線から170m地点まで徒歩で行くことができます。
第3トンネルの展示館で、京義線再接続事業後に初めて列車が軍事境界線を越えた時の様子が放映されていました。
フェンスを開いて、
南方限界線の鉄条網も越えて、
北側へ進む試運転列車。
なお、今は北朝鮮の統一放棄、南北分断の方針により、
再接続した線路も道路も爆破されたようです。
一通り見学を終えて都羅山駅に戻ってきました。
京義線再接続事業の案内図。
都羅山駅の南北出入事務所。
ここで手荷物検査や出境手続をして北側に向かう
作りになっていると思われます。
この時点で南北ともに相手を国として認めていないので、
出国ではなく出境という表現になっていました。
都羅山駅駅名標。
ここから先は北朝鮮なので、次の駅は北朝鮮の開城駅。
訪問当時、南北間での列車運行が途絶えて久しかった
ですが、北朝鮮が線路を爆破してしまったので、
また列車が軍事境界線を越えるには再接続工事を
しないといけません。
前線なので、駅ホームにも韓国軍の憲兵が。
都羅山駅ホームにベルリンの壁の一部が
移設されていました。
41年で再統一したドイツですが、
朝鮮半島の統一は果たして……。

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