「バス運転手から大統領、そして犯罪者」になったベネズエラのマドゥロ大統領という人物
1.はじめに
ドナルド・トランプ米大統領は3日、米軍が南米ベネズエラに対して「大規模な攻撃」を開始し、同国のニコラス・マドゥロ大統領を拘束したと発表した。米国は、この軍事作戦を「Operation Absolute Resolve」と名付けた。一国の大統領を、他国の軍隊が拘束して連行する。こんな状況が許されるのか?米国や国際社会は、そもそもこのマドゥロ氏を、ベネズエラの大統領とは認めていない。ただの犯罪者の扱いだ。ルビオ国務長官は「これは米国司法当局により起訴された2名の逃亡犯を逮捕する作戦」との見解を示し、戦争でも、内政干渉でもないとのことである。つまり、国家元首を武力で排除したのではなく、大統領を勝手に名乗っていた麻薬ギャングの元締め犯人を捕まえた。そういう論理なのだろう。
トランプ大統領の作戦後の演説では、ベネズエラの適切な政権移行まで米国が統治することが発表された。必要があれば、米軍駐留も排除しないとのことだ。更には、米国の主要石油企業がベネズエラに投資するとまで言っている。これは2026年の大きな出来事となった。今後の南米の勢力図も変化することだろう。また、ベネズエラに多大な投資を行い、その支払いとして原油での実物返済を受けてきた中国にとっては、手痛い不良債権となってしまった。今回は、そのマドゥロ大統領の人物像を取り上げる。
「イオー・ジマ (LHD-7)」で連行されるマドゥロ大統領の姿。米国の裁判所で裁かれるとのことだ。

2.ニコラス・マドゥロ・モロス
生い立ち
ニコラス・マドゥロ・モロス(以下、マドゥロ)は1962年11月23日、ベネズエラの首都カラカスの労働者階級地区で生まれた。父ニコラス・マドゥロ・ガルシアは労働組合の指導者で左派政党を支持し、マドゥロが26歳のときに事故で他界した。母テレサ・デ・モロスはコロンビア国境の都市ククタ出身でコロンビア国籍を有し、マドゥロは母方からコロンビア系の血筋も引いている。自ら「メスティーソ(白人と先住民の混血)」と称する混血の家系で、ユダヤ系の祖先も持つとされる。
宗教的にはカトリックの家庭に育ったが、インドのヒンドゥー教系霊能者サティヤ・サイ・ババの信奉者となり、その思想に影響を受けて輪廻転生を信じているとのことだ。
学生時代から政治活動に関心を示し、カラカス市内の公立高等学校では学生団体の書記長を務めた。しかし在学中に、左翼ゲリラによる米国人実業家誘拐事件に関与した疑いをかけられ捜査を受けるなど(後に嫌疑不十分)し、高校を中退。大学へは進学せず、卒業資格も得ないまま社会に出たが、若年期から音楽やスポーツにも親しんだ。ロックバンドでギターを弾きジミ・ヘンドリックスに憧れ、また巨漢(身長190センチ)を活かして野球ではベネズエラの少年代表の投手を務め、米大リーグのルーキーリーグからスカウトされるほどの腕前であったとのことだ。
だが本人は音楽や野球以上に政治活動にのめり込み、10代で学生運動を組織しはじめた。
高校中退後はカラカス地下鉄のバス運転手として働き始め、同時に労働組合活動に参加した。このころ父と同じ労組活動家としての素質を発揮し、組合内で頭角を現す。1983年には左派政治家ホセ・ビセンテ・ランヘルの大統領選挙運動をボランティアとして手伝い、労働者の立場から政治への関与を深めていった。1986年、24歳の時には社会主義理論を学ぶためキューバのハバナに渡り、共産党政治局員ペドロ・ミレットの指導のもと1年間訓練を受けている。帰国後はキューバの諜報機関(G2)の支援も受けつつ、同じく反米左翼の軍人だったウゴ・チャベス陸軍中佐に協力し、チャベスが陸軍内で結成した極秘組織「ボリバル革命運動200 (MBR-200)」に civilian メンバーとして参加した。
政治キャリアの始まり
1980年代当時のベネズエラは石油収入に頼る経済が債務危機に陥り、新自由主義的改革で貧富の格差が拡大。そうした中でチャベスら青年将校が台頭し、マドゥロも軍外からこれを支えた。1992年2月にチャベスらが起こしたクーデター未遂事件では、失敗後に投獄されたチャベスの釈放を求める反政府運動を継続するなど、忠実な腹心として行動している。1994年にチャベスが恩赦で出獄すると、マドゥロはチャベスと共にMBR-200を再編し、1997年にはそれを母体に新たな政党「第五共和国運動 (MVR)」の結成に参加。翌1998年の大統領選挙でチャベスを支援し、チャベスが当選を果たすと、マドゥロ自身も同年の下院議員選挙にMVRから出馬して初当選を果たした。こうして国政に進出したマドゥロは、チャベス政権下で忠誠と政治手腕を発揮し急速に昇進していく。
1999年、チャベスは「21世紀の社会主義」を掲げて新憲法制定のための制憲議会を招集すると宣言し、マドゥロはその議会メンバーに指名された。チャベス政権下でのマドゥロの地位は着実に上昇し、2006年には与党を再編・発展させた統一社会党 (PSUV) の結成に参加した後、同年8月にチャベス大統領により外務大臣に任命された。
これはマドゥロにとって初の閣僚入りであり、以後2012年まで約6年間にわたり外相を務めることになる。外相としてのマドゥロは、チャベスの反米外交路線に忠実に従った。例えば米国と対立するリビアのカダフィ政権を擁護し支援する政策を採ったほか、シリアやイランとの関係強化にも関与したとされる。また2008年には隣国コロンビアとの間で武装勢力を巡る「アンデス危機」が発生し一時国交断絶に至ったが、マドゥロは関係修復に奔走し、2010年に国交を回復させる役割も果たした。このように実務経験と忠誠心を評価され、チャベスの側近中の側近として信頼を深めていった。
2012年10月、チャベスは4度目の大統領選挙に勝利し4選を果たすが、その直後の10月13日付けでマドゥロを副大統領に任命した。当時チャベス政権のナンバー2で有力後継と目されていたディオスダード・カベリョを退けての指名であり、周囲を驚かせた。マドゥロは軍歴も高等教育歴もなく「無教養なバス運転手上がり」と揶揄する声もあったが、チャベスは彼の忠実さと行政手腕を高く評価したのである。2012年12月8日、チャベスは自身の癌再発を公表し、もし自分が職務を全うできなくなった場合にはマドゥロを後継大統領に選ぶよう国民に要請する演説を行った。これはチャベスが自身の後継者について明確に言及した初めての機会であり、マドゥロを「ボリバル革命を継続し得る人物」として事実上の太鼓判を押したのだ。
大統領就任までの過程と背景
2013年3月5日、ウゴ・チャベス大統領が58歳で死去した。副大統領であったマドゥロは国営テレビでその訃報を涙ながらに国民に伝えるとともに、自らが暫定大統領として政権を継承することを宣言した。憲法の規定により、大統領死亡時には30日以内に新たな大統領選挙を行う必要があったため、与党PSUVは急遽マドゥロを正式候補に擁立し、4月14日に選挙が実施された。結果はマドゥロが50.6%の票を獲得したが、わずか1.5ポイント差という接戦であり、野党側は不正を主張して結果を認めず抗議デモを起こした。最終的に選挙管理当局はマドゥロの当選を宣言し、4月19日にマドゥロは第54代ベネズエラ大統領に正式就任した。こうして「バス運転手から大統領へ」という異色の経歴を持つマドゥロがチャベスの後継者として国家元首の座に就いたのだ。
しかし、マドゥロが大統領に就任した時点ですでにベネズエラ経済は綻びを見せ始めていた。チャベス時代に大盤振る舞いされた石油収入頼みの社会福祉政策は原油価格下落で維持困難となり、就任直後の2013年には物価高騰と物資不足が深刻化した。マドゥロはインフレに対抗すべく電器店を兵士に占拠させて在庫を投げ売りさせるといった強引な価格統制策を取り、一時的に支持率をつなぎ止めようとしたが、根本的な経済失政は覆い隠せなかった。2014年には反政府デモが各地で勃発し、治安部隊が強硬鎮圧に乗り出して死者・負傷者を出す惨事となった。
政治信条と統治スタイル
政治信条として、マドゥロは一貫して故チャベスの掲げた「ボリバル革命」路線、いわゆるチャベス主義(チャビスモ)を継承する社会主義者であると自任している。彼はしばしば自らを「チャベスの息子」と称し、チャベスの肖像を掲げて演説し、そのボリバル的社会主義革命を不可逆的なものとして守り抜くと誓ってきた。その意味でマドゥロのイデオロギーはチャベスと連続しており、「21世紀の社会主義」「反帝国主義」というスローガンを踏襲している。しかし同時に、統治スタイルにはチャベスとの相違点も指摘される。
まず、チャベスが卓越した大衆扇動術とカリスマ性で支持を集めたのに対し、マドゥロには同等のカリスマはないと評される。スペイン語圏では「マブーロ(ロバ=愚か者の意)」といったあだ名で揶揄されることもあり、演説でもチャベスのような雄弁さに欠けると批判されがちだった。
次に、マドゥロ政権はチャベス時代以上に軍と情報機関に依存した強権的・権威主義的な統治色を強めたと評される。2015年末の議会選挙で野党が多数を制すると、マドゥロは翌2016年に非常事態を宣言し、2017年には大統領に都合の良い新たな制憲議会を強行的に招集して事実上立法府を形骸化させた。これに抗議する国民の大規模デモには治安部隊や親政権の武装市民部隊(所謂“コレクティボス”)を投入して2017年だけで100名以上もの死者を出し、国際社会から激しい非難を浴びた。人権団体や国連の調査では、国家情報警察(SEBIN)や軍事反諜報機関(DGCIM)が反体制派市民を秘密拘禁し、拷問・性的暴行など組織的な人権侵害を行っていると認定されている。
2022年の国連人権理事会の調査報告によれば、こうした抑圧は「マドゥロ大統領と政府高官が計画・指揮した人道に対する罪」に該当するとまで指摘された。このようにマドゥロは政権維持のためには手段を選ばず、司法や選挙管理機関にも介入して統制下に置くなど、チャベス時代以上に独裁色を強めてきたのだ。
その一方で、マドゥロは反米・反帝国主義を前面に掲げる点ではチャベス以上に過激なレトリックを用いることがある。彼は国内野党政治家を「ファシストの悪魔ども」呼ばわりし、対立する米国政権については「悪魔のような帝国主義者」などと罵倒する炎上型の語り口で知られる。
また自身への批判や経済危機の原因を「米国が仕掛けた経済戦争」のせいだと主張し、制裁や外交圧力に屈しない姿勢を「反帝の英雄」として支持者にアピールしてきた。こうした強硬な態度は国内外で物議を醸すが、一部の支持者にとってはカストロやチャベスになぞらえられる抵抗の英雄像につながっていた。
総じて、マドゥロの指導者像は「チャベスの忠実な継承者」というイデオロギー的一貫性と、「反対派や国際圧力には徹底して強権をもって臨む」という実利的・権威主義的な統治姿勢の両面によって特徴付けられる。自身にカリスマ性が不足する分、家族(後述の妻シリア・フロレス)や軍部エリートに支えられた集団指導体制を志向し、体制内の統制と忠誠心を何より重視するスタイルだった。
黒い噂やスキャンダル
マドゥロ政権を巡っては、数多くの腐敗疑惑やスキャンダルが取り沙汰されてきた。政権中枢による公金横領、麻薬密輸への関与、人権侵害や選挙不正といった「黒い噂」は、国内外で頻繁に報じられている。以下、主要なものを概観する。
汚職と経済腐敗:チャベス時代からの石油収入を背景にした国家事業には巨額の不正が指摘されている。石油公社PDVSAの資金数十億ドルが政治エリートに私的流用されたとする証言や、軍高官らが違法な資金洗浄に関与したとの摘発事例がある。米フロリダ州の連邦検察は、過去10年でベネズエラ政府高官による数十億ドル規模の着服と米国内でのマネーロンダリングが横行していたと指摘し、実際に米国の銀行口座から約4.5億ドル相当が押収されたとも報告している。また2015年にはマドゥロの甥たち(妻フロレスの姉妹の息子ら)がコカイン密輸を企て米当局に逮捕される事件(いわゆる「ナルコソブリノス事件」)が発覚し、政権の腐敗とドラッグマネーの結びつきを象徴するスキャンダルとなった。マドゥロ自身はこうした汚職疑惑を一貫して否定し「帝国主義勢力によるデマ」と主張しているが、国民生活を顧みない権力者の蓄財として国内でも厳しい批判に晒されている。
麻薬密輸と「太陽のカルテル」疑惑:マドゥロ政権高官が麻薬密輸組織「太陽のカルテル(Cartel de los Soles)」を主導しているとの疑惑は国際的にも重大視されている。トランプ大統領も、この点を強烈に批判してきた。2020年3月、米国司法省はマドゥロ本人と側近を麻薬テロ・麻薬密輸などの罪で起訴し、公に指名手配した。起訴状によれば、マドゥロらは1999年頃からコロンビアのゲリラ組織FARCと結託し、麻薬を「米国社会に洪水のように流し込む」計画を20年以上にわたって主導してきたとされる。米当局はマドゥロを「麻薬テロ組織のリーダー」と断じ、彼の逮捕・有罪に繋がる情報に対して当初1,500万ドルの懸賞金を懸け、後にはそれを5,000万ドルに引き上げたと報じられた。マドゥロは米国の麻薬取引関与の告発を「政治的なでっち上げ」であると否定しているが、米司法当局のみならず周辺国コロンビアの元検察官なども政権高官の麻薬ビジネス従事を証言しており、国際社会の不信は根強い。
人権侵害と権力濫用:前述のように、治安部隊や情報機関による反体制派への弾圧は広範かつ深刻である。2014年以降の大規模デモではたびたび死傷者が出ている。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)や米州機構(OAS)の調査では、デモ参加者の恣意的拘禁や拷問、治安部隊による数百件もの超法規的処刑が記録されている。特に政府に批判的な政治指導者や軍幹部経験者が失踪・拘束され、裁判抜きで長期勾留される例が後を絶たない。また司法部門も政権の掌握下に置かれ、最高裁判所は大統領に都合の悪い国会決議を無効化し、選挙管理委員会は野党有力候補の出馬資格を恣意的に停止するなど、権力の乱用が制度的に固定化されている。加えて、ジャーナリストやNGO活動家への脅迫・メディア閉鎖も横行し、民主的な表現の自由や報道の自由は深刻に侵害されている。こうした一連の動きについて、国際刑事裁判所(ICC)の検察官は2018年頃より予備調査を開始し、2021年には正式な人道に対する罪の捜査に着手した。このようにマドゥロ政権は現在進行形で国際司法の俎上にも載せられている状況である。
選挙不正:2018年5月に実施された大統領選挙では主要野党候補が政府により立候補を禁じられ、事実上マドゥロの独走状態で行われたため、米欧や中南米多数の国々が「自由で公正な選挙ではない」として結果を承認しなかった。任期2期目のスタートとなる2019年1月にマドゥロが大統領就任を強行すると、直後に国会議長フアン・グアイドが憲法条項を根拠に自らを暫定大統領に宣誓し、再選挙の実施を要求する異例の事態となった。米国のトランプ政権はただちにグアイドを合法な暫定大統領と認定し、欧州・中南米含め50ヶ国以上が追随してマドゥロ政権の正統性を否定する外交的危機に発展した。マドゥロはこれに反発して米国と国交断絶を宣言しつつ対抗したが、国内では「外交的にも孤立した独裁者」との批判が高まった。以降も2020年議会選挙では野党候補の大量差し替えや投票所操作が指摘され、さらに2024年の大統領選でも、有力野党候補マリア・コリナ・マチャド氏の立候補資格を行政決定で15年間停止した。2024年7月28日に実施されたベネズエラ大統領選挙は、各勢力・関係国によって大きく異なる結果が主張されている。公式には現職のニコラス・マドゥロ大統領が再選したと発表されたが、野党側と多くの国際的な観察者は選挙の信頼性を強く疑い、反政府派候補の勝利を主張している。もちろん、米国も2024年のベネズエラ大統領選の結果を認めてこなかった。
国際関係:対米・対中・対日関係
対米関係
米国とマドゥロ政権の関係は極度に緊張した対立関係にあった。前述の通り、2019年にトランプ政権が野党のグアイド暫定政権を承認して以降、ベネズエラと米国は正式な外交関係を断絶しており、現在も互いに大使を置いていない。トランプ政権時代にはマドゥロ本人および政権幹部・国営企業に対する包括的経済制裁が科され、2019年以降は米企業によるベネズエラ産原油の輸入禁止や金融取引の遮断など、事実上の経済封鎖が実施された。マドゥロはこの米国の「最大限の圧力」路線に対抗して国連などで制裁解除を訴える一方、外交的にはロシアやイラン、中国といった反米陣営との連携を強化して凌ごうとしてきた。
2021年に米国大統領がジョー・バイデンに交代すると、対ベネズエラ政策にも変化が見られた。バイデン政権は人道危機への懸念や米国内のエネルギー事情もあり、マドゥロ政権との限定的な交渉を模索した。2022年には拘束中の米国人とマドゥロ親族の受刑者を交換する人質交換が成立し、人道目的の対話が実現した。また2023年10月には、ベネズエラ政府と野党勢力が翌年の大統領選に関する合意文書に署名したことを受け、米国が一部制裁(特に原油輸出制限)を6か月間緩和する措置を発表した。これは2019年以来初めての制裁緩和策であり、バイデン政権が条件付きながらマドゥロ政権との関与に舵を切ったことを示す画期的な動きと評価された。
安全保障面では、2020年5月にベネズエラ沿岸で米国人傭兵らがマドゥロ拘束を狙った未遂事件(ギデオン作戦)が発覚して以降、マドゥロは米国が常に自分の暗殺や軍事侵攻を企図していると非難してきた。こうした中で、2026年1月に米国の軍事作戦により、マドゥロはあっと言う間に米軍に拘束される事態になった。米国はベネズエラで公平な選挙により次期大統領が決まるまでは、同国への関与を続けるとのことだ。これは、26年のスタートとしては大きな事件になりましたね。南米の勢力図が大きく動きそうです。
対中関係
中国はマドゥロ政権にとって最も重要な戦略パートナーの一つだった。チャベス時代からの友好関係を発展させ、マドゥロも繰り返し北京を訪問して政治的・経済的支援を取り付けてきた。中国政府は公式にマドゥロ政権を一貫して支持し、2019年の政権危機時にもロシアと共に国連安保理で米欧提出のベネズエラ決議案に拒否権を行使してマドゥロを擁護した。中国はまた過去15年以上にわたり総額500億ドル規模の融資や投資をベネズエラに行い、マドゥロ政権は原油支払いを通じてその債務返済を続けている。中国側はベネズエラとの関係を「包括的戦略パートナー」「全天候型の友好国」と位置付けており、2023年9月にはマドゥロ訪中時に習近平国家主席との会談で両国関係の格上げと複数の経済・貿易・観光分野での協力文書に署名した。ベルト&ロード構想へのベネズエラの参画も表明され、BRICS拡大への支持など多国間の枠組みでも足並みを揃えていたところだった。
中国にとってベネズエラは中南米での重要な資源供給地かつ反米戦略上の拠点であり、マドゥロ政権へのコミットメントは経済的利害以上の意味を持っていた。今回の米国の軍事作戦でベネズエラが民主化される方向に動くことは、中国にとっては大きな痛手となるだろう。
対日関係
日本とマドゥロ政権の関係は、米欧諸国と歩調を合わせた民主主義・人権重視の外交姿勢から、基本的に冷淡で距離を置いたものとなっている。2018年の大統領選挙以降、日本政府はベネズエラ情勢に深い懸念を示し、公式に「2018年5月の大統領選挙の正統性に疑義がある」と批判した。2019年1月にグアイド国会議長が暫定大統領就任を宣言すると、日本も「憲法秩序に基づく民主主義の回復を求めるベネズエラ国民の意思を支持する」と声明し、自由で公正な大統領選の早期実施を求めた。これは明言こそ避けつつも事実上グアイドを暫定的正統政権とみなし、マドゥロ体制を承認しない立場を示唆するものであった。その後、2020年以降も日本政府は一貫してマドゥロを正統な大統領とは認めず、国際社会と協調して圧力をかけ続ける姿勢を維持してきた。
人物像を浮かび上がらせる象徴的エピソードや証言
ニコラス・マドゥロという人物を語る上で、その人となりを端的に示すいくつかの象徴的エピソードが知られている。ここでは内外で話題となった出来事や発言を紹介する。
「小鳥に宿るチャベスの魂」発言(2013年):マドゥロはチャベス死去直後から、しばしばチャベス前大統領の意志や霊魂が自分を導いていると語ってきた。2013年4月、大統領選の公式キャンペーン開始日、故郷バリナス州でマドゥロは「小さな小鳥が私の周りを3回飛んでさえずった。それはチャベスが生まれ変わって私に祝福を与えてくれたのだ」との逸話を披露した。さらに大統領就任後の記者会見でも、窓に飛来した一羽の鳥を見て「あれはチャベスの生まれ変わりだ」と断言した。この超自然的とも言える発言は国内で物議を醸し、野党から「精神鑑定が必要ではないか」と嘲笑されもしたが、当のマドゥロは「チャベスはいつも我らと共にある」と信じて疑わない様子だった。彼が熱心なサイ・ババ信奉者で輪廻転生を信じている背景もあり、こうしたスピリチュアルな言動はマドゥロならではの個性として広く知られている。
犬や牛との対話?奇抜な選挙キャンペーン:上記の小鳥発言にとどまらず、マドゥロは選挙遊説中にしばしば奇抜な比喩を用いる。2013年の地方選応援では「道すがら犬まで私に『がんばれ』と挨拶してくれるよ」と聴衆に語りかけたり、2017年に憲法改正の是非を問う制憲議会選挙を強行する際には、畜産農家を訪れて牛を撫でながら「牛さん、君たちは野原の聖人だ。私はこれから制憲議会を開くよ、手伝っておくれ」と語りかけたこともある。こうしたエキセントリックな発言は国民の間でしばしば嘲笑やインターネット・ミームのネタにされてきた。しかしマドゥロ本人は大真面目で、いずれも「人民(さらには動物までも)が自分を支持している」というアピールとして行っている節がある。ある意味、大衆との距離を縮めるために奇をてらったパフォーマンスを厭わないタイプの政治家だと言える。
「マンゴー大統領」事件(2015年):マドゥロの人柄を物語る逸話として有名なのが、マンゴーに書かれた手紙のエピソードである。2015年4月、遊説中のマドゥロに群衆の中から1個の熟れたマンゴーが投げつけられ、彼の頭部に当たった。警護が緊張する中、マドゥロはそのマンゴーを拾い上げ、表面に「私は病気です。家が必要です。助けて、マドゥロさん」という走り書きを見つけたという。すると彼は笑顔で「このマンゴーおばさんに家を提供しよう」と即座に約束し、後日その女性に新築住宅を与えた。庶民の切実な訴えに直截に応えるこのエピソードはプロパガンダとして国営TVで盛んに報じられ、マドゥロは自ら「皆さんも困ったらマンゴーを投げて知らせてくれ」と冗談めかして語った。この話は国際メディアでも「バス運転手出身の庶民派大統領らしい逸話」として取り上げられ、賛否両論を巻き起こした。
妻シリア・フロレスの存在:人物像を語る上で忘れてはならないのが、マドゥロの妻でファーストレディのシリア・フロレス(Cilia Flores)である。元国会議長や検事総長など要職を歴任したフロレスは、しばしば「影の副大統領」と呼ばれるほど政権内で大きな影響力を持つ。彼女はマドゥロと同じ与党内の重鎮であり、党の人事から政策決定まで夫婦で一体となって切り盛りしてきたとされる。マドゥロが外遊時などに国内留守番役を任せるのもこの妻で、権力の二人三脚ぶりが際立つ。さらにフロレスの親族が先述の麻薬事件に関与したことからもわかるように、政権の中枢は強固な身内ネットワークで固められている。マドゥロ自身も「自分にはシリアという戦友が常に寄り添っている」と度々公言しており、夫婦の固い絆は支持者には美徳として映っている。反面、批判者には「権力の私物化」「縁故主義の典型」と映り、フロレス一族の腐敗はマドゥロ腐敗の象徴だとみなされている。いずれにせよ、マドゥロを理解する上で妻シリアの存在は不可欠であり、彼女の証言や振る舞いもマドゥロ政権の性格を浮かび上がらせる要素となっている。例えば2018年の暗殺未遂事件(後述)直後、フロレスが「夫を狙ったファシストは絶対に許さない」と涙ながらに訴えた姿は国内に大きく報じられ、政権の結束を示す場面となった。
ドローン暗殺未遂事件(2018年):象徴的エピソードという点では、2018年8月に起きた無人機(ドローン)による暗殺未遂事件も外せない。これは首都カラカスで行われた軍の記念行事中、マドゥロ大統領の演説中に爆発物を積んだドローンが空中爆発し、大統領警護隊員ら数名が負傷した事件だ。マドゥロ本人は無事だったが、一瞬顔を歪めて見上げた映像が生中継され、現場は騒然となった。マドゥロは直後の演説で「これはコロンビアのサントス大統領と米帝国が仕組んだ自分への暗殺テロだ」と断定し、犯人グループを逮捕・拷問したとされる。その後、事件の真相は不明瞭な点が多いが、少なくともこの出来事がマドゥロの猜疑心と強権体制をさらに強めた転機であったことは確かである。事件以降、マドゥロは公開の場に姿を現す機会を減らし、演説も事前収録か厳重警備下で行うようになった。この姿勢の変化もまた、暗殺の恐怖に晒される独裁者というマドゥロ像を際立たせる象徴的なエピソードとなっている。
以上です。
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