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米国30年金利をどう考えるべきか?

米国30年金利5.3%だけを見て「危機」と判断してよいのか

米国の長期金利上昇が市場の大きな焦点となっている。8月17日の米国債市場では30年債利回りが5.31%まで上昇し、2007年以来約19年ぶりの高水準となった。一方、10年債利回りも4.725%程度まで上昇した。
30年金利が5%を大きく上回るという数字だけを見れば、住宅、不動産、企業の資金調達、政府の利払い負担、株式のバリュエーションなどへの悪影響が当然懸念される。しかし今回の長期金利上昇を、単純に「米国の財政不安」あるいは「米国債に対する信認低下」と理解してよいのだろうか。

私自身は、現在起きていることはもっと大きな金利レジームの転換ではないかと考えている。現在の金利上昇には二つの顔がある。一つは、財政赤字、国防支出、戦争、インフレ不確実性、国債供給増加などによる「悪い金利上昇」である。もう一つは、AI投資、生産性上昇への期待、設備投資ラッシュ、企業による旺盛な資本需要などによる「良い金利上昇」である。このミックスが同時に発生している。

さらに日本や欧州を含めて考えると、米30年金利5%台は米国固有の異常現象というより、先進国全体で超長期資本の価格が切り上がっている世界的現象の一部である可能性が高い。これが今回の結論である。
したがって、米国30年金利5%台という水準自体に、ある程度慣れる必要があるのかもしれない。ただし「だから問題がない」という意味ではない。特に好調な米国経済の唯一の死角は住宅市場であり、30年金利上昇は住宅ローン金利上昇を通じて、更に住宅市場の回復を遅らせるリスクがある。
しかし、マーケットにとって、まず重要なのは、金利の水準、その上昇速度、そしてその金利を経済成長や企業利益が吸収できるかである。緩やかな金利上昇で、企業利益や生産性がそれ以上に伸びているのであれば、株式市場は十分に耐えられる。しかし、毎日のように10bp単位で金利が上昇し、それと同時に利益予想が下方修正され、クレジット市場まで悪化するようなら、金利上昇はパニック調整の引き金となり得る。

1.成長率・生産性:均衡実質金利そのものが上がったのか

まず考えるべきなのは、名目金利5.3%そのものではない。現在の30年TIPS実質利回りは約3%近辺まで上昇しており、2010年以降の最高水準圏にある。

(米国30年実質金利)

したがって、本当に問うべき問題は「30年5.3%は高いか」ではなく、「なぜ30年の実質金利が3%近くまで上昇しているのか」ということである。
30年TIPS利回りは、将来の実質短期金利の平均だけで決まるわけではなく、長期資金を固定することへの実質タームプレミアムや市場の需給要因も含んでいる。そのため、30年実質金利が3%だからといって、市場が米国の均衡実質金利を3%と見ているわけではない。
ただし、AI、自動化、クラウド、データセンター、電力インフラ、製造業回帰などによって生産性や資本需要が高まり、潜在成長率や均衡実質金利が2010年代より切り上がっているのであれば、長期実質金利の上昇の一部は、単なる財政不安やインフレリスクだけではなく、経済の基礎的な収益力の上昇を反映している可能性がある。

もちろん、AIによって米国の潜在成長率がすでに3%へ上昇したと断定する段階ではない。AIの本格的な生産性効果はむしろこれからである。しかし、AIや情報技術への設備投資はすでにGDPを押し上げ始めている。
つまり市場が現在試しているのは、「米国経済は5%の金利に耐えられるか」だけではない。より本質的には、「AI産業革命や旺盛な資本需要によって、米国の潜在成長率や均衡実質金利が2010年代より切り上がり、その結果として長期実質金利の適正水準そのものが上昇しているのか」という問題であるのだ。

2.AI産業革命:巨大な民間資本需要の復活

第二の要因は、現在の米国で起きている異例の設備投資ラッシュである。AIデータセンター、GPU、CPU、ネットワーク、光通信、半導体工場、発電設備、送電網、冷却設備、蓄電設備、製造業回帰など、非常に資本集約的な投資が同時並行で進んでいる。
Microsoft、Alphabet、Amazon、Metaなどのハイパースケーラーによる設備投資額は、7000億ドルを超える規模へ膨らんでいる。
これは2010年代とはまったく違う状況だ。2010年代は、金融危機後に企業が設備投資を抑え、世界の貯蓄が投資需要を上回る「貯蓄余剰」の時代であった。言い換えれば、「資金はあるが、投資案件が少ない経済」だった。現在は逆である。AI、半導体、電力、データセンターなど、投資したい案件があまりにも多い。その結果、企業は長期資本を奪い合い始めている。

これは、「投資する案件がないから金利が低い経済」から「投資案件が多すぎて金利が高い経済」への転換である。ある意味で現在の米国は、成熟した先進国でありながら、19世紀末の鉄道建設期や高度成長期の新興国のような資本需要を持ち始めている。したがって、現在の高金利を「悪い金利上昇」だけで説明すると重要な部分を見落とす。資本需要の強さそのものが、金利を押し上げているのである。

3.政府の資金需要:財政・再軍備・経済安全保障

第三の要因は政府側である。米国政府は巨額の財政赤字を抱える一方、国防、イランとの戦争、エネルギー安全保障、半導体、AI、電力設備、重要鉱物、サプライチェーン強化などへの支出を拡大している。
つまり現在の米国では、民間部門では「AI産業革命」が進み、同時に政府部門では「再軍備・経済安全保障・産業政策」が進んでいる。民間企業も政府も、同じ資本市場から長期資金を調達しなければならない。
しかもこの現象は米国だけではない。欧州では防衛費、エネルギー安全保障、インフラ投資が金利上昇の背景となっている。
私はこれを「恒常的動員経済」の一部と考えている。国家安全保障上必要な分野について政府が恒常的に資金を投入する。その結果、民間景気循環とは独立して政府の資金需要が続く。これも長期金利の均衡水準を構造的に押し上げる要因となり得る。

4.デュレーション供給ショック

第四の要因は、単なる「資金需要」ではない。大量の長期債そのものが市場に供給されていることである。
Amazon、Alphabet、Meta、Oracleの4社だけでも、2026年初から7月上旬までに約1940億ドルの社債を発行している。しかも重要なのは、こうした起債が短期債だけではなく、10年、20年、30年、場合によってはそれ以上の長期ゾーンへ広がっていることである。
つまりAI投資ブームは、株式市場のテーマであるだけではなく、長期債券市場の需給構造まで変え始めている。生命保険会社、年金、債券ファンドなどの長期投資家にとって、30年TreasuryとAlphabet、Amazonなどの超長期高格付け社債は、同じ長期資金を奪い合う競争相手になる。

Big Tech社債がTreasuryより高い利回りを提示すれば、投資家は当然そちらにも資金を配分する。その結果、Treasury側も投資家を引き付けるためには、より高い利回りが必要になる。
今回の30年金利上昇には、「米国政府の信用が悪化した」という面よりも、、「米国政府と世界最大級の民間企業が同時に大量の長期債を供給している」という需給問題がある。私はこれをデュレーション供給ショックと考えるのが分かりやすいと思う。

5.誰が30年債を買うのか

30年米国債の需給を考えるうえで重要なのは、「誰も買わなくなった」ということではない。構造的な変化が起こっていることが重要だ。

代表的な長期債の買い手の一つが、企業年金や生命保険会社などのリアルマネー投資家である。これは最近始まったことではない。米国では以前から、DB型企業年金が将来の年金支払いという長期負債に合わせて資産のデュレーションを長期化するため、Treasuryや高格付け社債を保有してきた。生命保険会社も同様に、長期の保険負債に対応するため長期債を重要な運用対象としている。しかし、現在重要なのは、こうした構造的な買い手が以前よりもTreasuryを必ず買う存在ではなくなっている可能性である。米国では長期的にDB型企業年金から401(k)などのDC型年金への移行が進んでおり、米財務省もこの変化が年金セクターからのTreasury需要を弱める可能性を指摘している。

また、DB年金の負債デュレーションは必ずしも30年ではなく、Treasuryだけでなく高格付け社債なども用いて資産・負債を管理する。年金債務が保険会社へ移転された場合にも長期資産需要は残るが、その資金はTreasury、社債、その他のスプレッド商品へ分散される。したがって問題は、「長期債の買い手がいなくなった」ことではない。むしろ、30年Treasuryが投資家の資金を獲得するために、以前より高い利回りを提示しなければならなくなっている可能性なのである

AI投資ブームによってAlphabet、Amazon、Metaなどの高格付け企業が大量の長期債を発行する現在では、この点は特に重要である。30年Treasuryが5.3%でも、信用力の高い企業の30年債がそれより50~100bp高い利回りを提供するなら、年金や保険会社の資金の一部は当然そちらへ流れる。つまり、長期資産への需要そのものが減っているというより、Treasuryがその需要を独占できなくなっているのである。

そして、さらに重要なのが海外投資家である。日本は依然として世界最大の米国債保有国であり、2026年6月時点でも約1.12兆ドルのTreasuryを保有している。しかし同月には日本の保有額が前月比2.3%減少した。中国、英国を含めた海外全体のTreasury保有額も、5月の9.37兆ドルから6月には9.30兆ドルへ減少した。

特に日本の変化は重要である。日本の30年JGB利回りが4%近くまで上昇すれば、日本の生命保険会社や年金基金にとって、自国通貨建てで4%近い利回りを確保できる。その一方で米国Treasuryを購入すれば、ドル・円の為替リスクを取るか、高い為替ヘッジコストを負担しなければならない。米日短期金利差を反映した為替ヘッジコストが大きいため、ヘッジ後の米国債利回りは日本投資家にとって大きく低下する。日本金利の上昇は米国債の相対的な魅力を低下させる方向に働く。

したがって現在の30年Treasury市場で起きていることは、単純な「買い手不足」ではない。より正確には、長期債を買う投資家は存在するが、その投資家がTreasury、高格付け社債、自国国債などを比較し、より高い利回りを要求するようになっているということである。

2010年代には、米国Treasuryは世界の超長期資金にとって圧倒的に魅力的な運用先だった。しかし現在は、日本のJGB、欧州国債、Big Tech社債など競合する長期資産が増えている。30年Treasuryには依然として買い手はいる。しかし、以前よりも高い利回りを提示しなければ、その資金を引き付けにくくなっているのだろう。

6.Global Duration Repricing

ここまでの議論に、もう一つ決定的に重要な視点を加える必要がある。それが国際比較である。
米30年金利5.3%だけを見ると、非常に高く感じる。しかし現在、日本、英国、フランス、ドイツなどでも長期・超長期金利が大幅に切り上がっている。8月17日時点で、日本の30年国債利回りは約4.08%、フランスの30年国債利回りは約4.86%、英国では30年国債利回りが5.8%台となっている。ちなみに、英国の30年金利は米国より高い水準にあるが、英国株式市場は堅調に推移している。この事実も、「30年金利が高い=株式市場が必ず下落する」という単純な関係ではないことを示している。

また、この国際比較は、米30年5.3%の見方をかなり変える。例えば、日本の30年金利が4.1%なら、米国との差は約1.2%ポイントにすぎない。米国は日本より潜在成長率が高く、人口動態も相対的に良好で、AI・設備投資規模も大きく、民間資本需要も強い。その米国の30年金利が日本より1%強高いというだけで、「米国債危機」と結論づけるのは無理がある。

むしろ逆に考える必要がある。「なぜ日本ですら30年4%なのか」という問題である。日本も欧州も、財政、防衛、エネルギー、インフラ、産業政策などの資本需要が増加している。つまり世界全体で、30年間資金を貸すことへの価格が上昇している。私はこれをGlobal Duration Repricing(世界的な超長期デュレーションの再価格付け)と呼ぶ方が、現在の現象をよく説明していると思う。

ただし、これは米国にとって単なる安心材料ではない。例えば日本の生命保険会社や年金、銀行にとって、日本の30年JGBで4%近い利回りが確保できるのであれば、為替リスクやヘッジコストを負って米国30年Treasuryを購入する魅力は以前より低下する。
つまり世界的な金利上昇は、「米国だけではないから安心」であると同時に、「世界の資本が自国へ戻るため米国債の買い手が減る」という新たなリスクでもあるということだ。

7.トラス・ショックとの違い

では現在の米国を「国債危機」と呼ぶべきなのだろうか。私はまだそうは考えていない。2022年の英国トラス・ショックでは、財政政策への不信から英国債が急落し、通貨ポンドも急落し、年金市場が混乱した。つまり単に金利が高かったのではなく、国債・通貨・信用市場が同時に崩れた。これが「信認危機」である。
米国で同じことが起きているのであれば、Treasury急落+ドル急落+クレジットスプレッド急拡大+株式急落が同時に進行するはずである。現時点では、その状態には全くなっていない。
ただし、30年金利が高い状態が長期化すれば政府利払い負担は確実に増える。住宅ローン金利も高止まりし、不動産、企業の借り換え、レバレッジド企業、商業不動産などへの負担も蓄積する。つまり、「危機ではない」ことと「問題がない」ことはまったく別である。しかし、この水準がニューノーマルとして、米国経済が吸収する可能性があることは、先に述べた通りだ。

8.株式市場は何を見るべきか

では株式市場への影響をどう考えるべきだろうか。ここでは、30年金利が5.3%になったという数字だけを見るのではなく、金利上昇による株価への下押し圧力と、それを企業利益の成長がどこまで吸収できるかを見る必要がある。

株価は将来の企業利益を現在価値に割り引いて決まるため、金利上昇は原則として株価にとってマイナスである。とりわけ利益の多くを遠い将来に期待される成長企業ほど、割引率上昇の影響を受けやすい。この意味では30年金利の上昇も無関係ではない。ただ、株式市場が日常的により強く参照するのは10年金利であり、30年金利5.3%と10年金利4.7%では市場への意味合いは同じではない。

重要なのは、高い金利を企業利益の成長が上回れるかどうかである。例えば企業利益が年間15~20%増えている局面であれば、10年金利が4.7%でも、利益増加によって金利上昇の悪影響を吸収できる可能性が高い。仮に金利上昇によってPERが20倍から18倍へ低下しても、EPSが20%増えれば株価はなお上昇し得るからである。

逆に危険なのは、景気が減速し、企業利益の伸びが5%程度まで落ち込んだにもかかわらず、10年金利が5%を超えて高止まりするケースである。この場合には、利益の伸びが弱い一方で割引率だけが高いため、PERとEPSの両面から株価に下落圧力がかかる。

企業経営の側から見れば、さらに重要なのがROIC(投下資本利益率)と資本コストの差である。企業が10%のROICを稼げるのに資本コストが6%なら、依然として価値を創造できる。しかし資本コストが9~10%まで上昇すれば、新規投資の採算性は急速に悪化する。金利上昇が設備投資やM&Aを抑制するのはこのためである。

したがって、30年金利5.3%そのものを危機的な水準と考える必要はない。問題は、その高い資本コストを上回るだけの名目成長率、生産性上昇、企業利益成長、ROICを米国企業が維持できるかどうかである。

9.本当に危険なのは「水準」ではなく「組み合わせ」

ここまで整理すると、最も重要なのは高金利の絶対水準だけではないことが分かる。もちろん水準は重要である。30年5%台が何年も続けば、住宅、不動産、企業の借り換え、政府利払い、株式PERなどには確実に累積的な負担がかかるかもしれない。

しかし市場が急速に不安定化するのは、高金利と悪材料が重なった時である。私が本当に警戒するのは、①10年金利が速いスピードで5%を明確に上回る、②企業利益予想が下方修正される、③クレジットスプレッドが拡大する、④AI投資の収益性や生産性改善への期待が後退する、⑤ドルやクレジット市場まで同時に崩れる、⑥そして超長期金利が一日に10bp単位で連続して上昇する、という状態である。

この組み合わせが発生すれば、高金利の意味は変わる。タームプレミアムが急上昇していると考えられるため、それまでの金利上昇が「経済成長と資本需要が強い結果」だったものから、「経済と金融市場を締め付ける原因」へと変わるからである。つまり市場で最も重要なのは、高金利が「結果」であるうちは耐えられるが、高金利が「原因」になり始めた時が危険、ということである。

10.「資本が余る時代」から「資本を奪い合う時代」へ

ここまで考えると、われわれは2010年代の金利水準を「正常」と考える認識自体を修正する必要があるのではないか。2010年代は、金融危機後の低成長、低インフレ、QE、世界的な貯蓄余剰、設備投資不足という特殊な条件が重なった時代だった。言い換えれば、「世界に資本が余っていた時代」である。
ところが2020年代後半は違う。AI、半導体、データセンター、電力、送電網、原子力、再工業化、防衛、エネルギー安全保障、経済安全保障。こうした非常に資本集約的な分野に、企業と政府が同時に巨額の資金を投入し始めている。
世界は、「余った資本の投資先を探す時代」から、「企業・政府・国家同士が限られた資本を奪い合う時代」へ移行している可能性がある。
だからこそ、現在の米30年金利5.3%を「米国債危機」とだけ考えるのも間違っているし、「全く問題ない」と考えるのも間違っている。現在の5.3%には、財政赤字、インフレ、戦争、国債供給という「悪い金利上昇」と、AI産業革命、生産性向上への期待、設備投資、巨大な民間資本需要という「良い金利上昇」が同時に含まれている。
そして日本30年4%、フランス約4.9%、英国5%台後半という状況を考えれば、これは米国だけの異常現象ではない。世界そのものが2010年代の超低金利レジームから離れ始めている。
そして最終的に、この金利上昇が良いものなのか悪いものなのかを決めるのは、30年金利が5.3%か5.5%かではない。米国経済が、その資本コストを上回る生産性と企業利益を生み出し続けられるか。ここが核心である。
今後見るべきなのは、金利だけではない。10年金利、企業利益、名目GDP、生産性、クレジットスプレッド、ドル、そして金利上昇のスピード。これらを同時に見る必要がある。
現在のところ、私は米30年5%台を「危機の価格」と見るよりも、AI産業革命、再工業化、再軍備、財政拡張によって世界の資本需要が復活し、「資本を奪い合う時代」へ移行していることを映す価格として理解する方が妥当だと考えている。つまり、株式市場への影響は限定的と考えている。ただし、その高金利が成長の「結果」から景気悪化の「原因」へ変わる瞬間には、十分な注意が必要である。

以上です。

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