【考える#5】佐賀の豆腐屋による地方創生がすごい(事例2)
前回、北海道の上川大雪酒造を作り上げた塚原氏についてまとめました。
塚原氏は地元出身ではありません。外からやってきて、地域資産を【発見】し、【事業化】した。その熱量に人が集まり【交流】が生まれ、さらに【再投資】により大学連携など事業を拡大して行ったのです。
地方創生には「外から来た人」が必要なのでしょうか?『逆転の“最弱商材” 豆腐屋ブランディング』に登場する平川氏は、一見するとその逆です。今回は佐嘉平川屋の事例を見ていきます。
◾️外を見て帰ってきた地元豆腐屋三代目
平川氏は佐賀県武雄市生まれ。祖父が創業した豆腐屋の三代目です。九州大学大学院を卒業後、旧運輸省に入省。30歳になる手前の2000年に起業を夢見て退職され地元佐賀へUターンされます。
しかし、起業するまでの腰掛けのつもりで実家に戻ると、会社は債務超過だったのです。結局、自ら借入保証人となり、家業の再建に取り組むことになります。
平川氏によると豆腐は「最弱商材」とのことです。豆腐は単価が安く、日持ちしない。スーパーへの卸売では価格決定権も弱い。難しい戦いです。
一方で、平川氏は「中の人」でありながら、一度外に出て、外の世界を見て佐賀に戻ってきた。そのような人がどう戦ったのでしょうか?
◾️地域に昔からあったものを【発見】する
突破口は、嬉野温泉の「温泉湯豆腐」でした。嬉野では昔から、温泉水で豆腐を煮る文化があるとのことです。父の代には家庭でも楽しめる調理水を開発し、通販も始めていました(これは先見の明がすごい・・・)。
つまり、平川氏が発明したわけではありません。地域に昔からあったものを、「これ、もっと価値があるんじゃないか?」と再発見したわけです。
とはいえ債務超過の会社にはお金がない。そこで平川氏は「見せ方」を変えます。「平川食品工業」では、贈答品として何だか味気ない。そこで地域性を前面に出した「佐嘉平川屋」という屋号を使い始めます。
大金を使わず、まず名前や掛け紙から格好良くする。さらに温泉湯豆腐を、旅館の朝食の一品から、鍋や雑炊まで楽しむ「メインディッシュ」へ。安い豆腐を卸す会社から、「佐賀の豆腐」を自ら顧客に売る会社へ変わっていったのです。
◾️事業化を通じて、次の人に【発見】される
通販が伸び、2010年には嬉野温泉に直営店を出店。その後、武雄にも店舗を広げ、旅館との連携も始まります。
地域資産は、そこにあるだけでは誰にも気づかれませんが、温泉湯豆腐が商品になり、ブランドになり、店舗になる。つまり事業化されることで、世の中から、観光客、メディア、関係する企業を通じて「見える」ようになる。
事業化することで、今度は別の誰かの「地の探索」に引っかかり、新しい【交流】や【発見】が生まれる。上川大雪酒造でも、同じことが起きていました。
◾️地方創生とは「稼ぐスパイラル」をつくりだすことかもしれない
前回Noteにまとめた上川大雪酒造の塚原氏は、外から上川へ来た人。
今回の佐嘉平川屋の平川氏は、地元出身だけれど、一度外を見て戻った人。
これを踏まえると、「よそ者か、地元民か」は、さほど重要ではないのかもしれません。むしろ重要なのは、地域を「外の目」で見られること。そして、【発見】→【事業化】→【交流】→【再投資】を回し続けること。
地域資産を見つけ、事業にし、域外から人やお金を集め、そこで得たものをまた地域に投入する。このスパイラルによって、地域が自ら稼げるようになることが地方創生なのではないかと考えます。
さて、次に取り上げたいのは『医師が実践する地方創生』。舞台は愛知県岡崎市の本宿町。地元に戻った一人の医師が、病院を再生し、まちづくり協議会を立ち上げ、ついには大型アウトレットモールまで誘致してしまいます。
これは地方創生なのか?少し引っかかります。アウトレットを誘致することは、本当に地方創生なのでしょうか?これまで考えてきた【発見】→【事業化】→【交流】→【再投資】というスパイラルに、これは当てはまるのか。
次は、岡崎の事例から考えてみたいと思います(つづく)。
