国民関心事への思い
元来、信仰の大本になっている宗教の根拠とは教祖による‘奇跡を顕す’もしくは‘奇跡が現れた’その点をもって常人ではない存在価値から畏敬の念が生まれ、救世主が説く教義へと発展、伝道流布へと至るものです。世界宗教と云われるキリスト教、イスラム教、仏教の三大宗教にはそうした共通性があります。
こうした趣きと異にするのが日本神道です。
神道には教義はなく自然主義であるアニミズムが基になることで八百万の神が宿るという、全てのモノにも何らかの魂があるとした創造主なる存在に形は無く、比喩としての古事記や日本書紀に登場する人間を模した神の形で表現されるのです。
その大元締めが皇室と考えて良いと思います。
現在、皇室典範の改正着手が国会で審議されていますが、そもそもの根幹である問題の男系男子のみにしか許されない天皇の資格について、その立脚点を考えます。
皇室典範が作られたのは明治時代です。
明治新政府が近代国家(立憲君主制)をつくるにあたり、国家の根本的なルールとして、皇位継承の順位や条件をハッキリと明文化して国内外に示す必要が生じたためです。
こうして1889(明治22)年、大日本帝国憲法の発布と同時に、初代首相の伊藤博文や井上毅らが中心となって最初の「皇室典範」が制定されました。
この明治の皇室典範によって、それまで歴史上何度も存在していた「女性天皇」や「直系以外の柔軟な継承」が認められなくなり、「皇統に属する男系の男子」という厳格なルールが初めて固定化されることになります。
実際、江戸時代までは継承ルールは曖昧だったのです。
そこで現在に至る皇統の存続に重要な役割を果たしたのが江戸時代、6代将軍の徳川家宣の時代に幕府の中心を担った人物、儒学者でもあった新井白石について触れる必要があります。
新井白石が1710年(宝永7年)に閑院宮(かんいんのみや)家の創設を建言し、実現に至る背景を説明します。
当時の東山天皇の実の息子(第11子直仁親王)から血筋をとって新設したのが閑院宮家です。
当時は「伏見宮」「有栖川宮」「桂宮」の三宮家がありましたが、いずれも東山天皇・中御門天皇の直系からは血筋がかなり離れていました。
「もし現在の天皇の血筋(直系)が途絶えたら、はるか昔に枝分かれした宮家から天皇を迎えなければならず、朝廷の権威が揺らぐ、あるいは皇統自体が危機に瀕する」と白石は危機感を抱いた点が契機となります。
優れた儒学者でもあった白石が閑院宮家の創設を建言した際、根拠(ロジック)として持ち出したのは、中国の周の時代の制度や、漢の光武帝の故事などです。
白石の思想の根底にあったのは、儒教的な「親親の情(血のつながりの濃さを重視する思想)」です。
「天皇の直系に近い血筋(男子)を、あらかじめ新たな宮家としてキープしておくことで、万が一の本家の危機に備えるべきだ」というロジックでした。
これは現代の私たちが考える「男系男子の伝統を守る」という抽象的なイデオロギーというよりも、「リアルタイムで天皇に近い血を引く男子をプールしておかないと、皇家という『家』が潰れてしまう」という、極めて現実的な危機感に基づいています。
この白石の現実的な危機感と防衛策は、のちに完璧な形で実を結ぶことになります。
閑院宮家の創設から約70年後(1779年)、後桃園天皇が22歳の若さで、男子の後継ぎを残さないまま崩御してしまいます。皇統断絶の最大の危機です。この時、白石の狙い通り、閑院宮家から師仁親王(のちの光格天皇)が迎えられ、皇統がつながりました。
ここが重要ポイントなので、重ねて説明いたします。
後桃園天皇の残されたお子様は生後まもない欣子内親王(よしこないしんのう)という皇女(女子)お一人だけでした。中御門天皇(東山天皇の長子)の直系男系はここで途絶えることになりました。
そこで、閑院宮家から、当時9歳だった師仁親王(のちの光格天皇)が急遽、養子として迎えられて即位しました。
この光格天皇の血筋が、現在の皇室にそのまま続いています。
中御門天皇の直系男系は途絶えましたが、血筋を完全に残すため、新しく即位した光格天皇の后(中宮)に、後桃園天皇の唯一の皇女である欣子内親王が迎えられました。これにより、中御門天皇の血筋(女系)と東山天皇の血筋(男系)が婚姻によって再び合流し、その後の皇室へ引き継がれていくことになります。
現代の皇室(昭和天皇、上皇さま、今上天皇)は、すべてこの時に閑院宮家から即位した光格天皇の直系の子孫です。もし白石が閑院宮家を作っていなければ、日本の皇位継承の歴史はここで全く違う形になっていた(あるいは破綻していた)可能性すらあります。
白石の動きは、明治のように「男系男子」という言葉や定説が法制化されていたから起きたものではありません。
むしろ、「血筋の近い男子の後継ぎがいなくなれば、家(皇統)は滅びる」という、当時の武家や公家に共通する「家系存続のリアルな知恵」を、白石が儒学の理論で裏付け、国家的なリスクマネジメントとして実行に移した、というのが正確なところです。その結果として、男系男子による継承の伝統が物理的に守られることになりました。
勿論、封建時代の即位ですので形が重要にせよ、現在感覚に照らして、令和の現在、状況は酷似しているのではないでしょうか。
もし皇室典範を変えるのであれば、「女性天皇」の記述を付記するか条文の変更をして「女性天皇」を認めるだけで継承問題は概して解決の余地が広がります。
今上陛下の直系長子は愛子内親王です。仮に愛子さまが即位をされれば、例えで新井白石の閑院宮家みたく宮家を創設せずとも、内々でその皇統を考える方向へと穏便に運べば良いだけのことです。
民間生活を80年以上過ごしている旧宮家からの養子を制度化し、男系男子に固執せずとも自然な流れで承継は育まれていくものだと思います。
視点を変えると江戸の当時、閑院宮家から最適な人物(70年前の血縁子孫)がいたにせよ、直系の内親王が事実上、婿を取った形でその時点で女系が成立しているのです。
これは令和現在に大きく適用できる前例だと考えます。
故に、これまでの歴史的なコンセンサスを無視して、女性天皇を認めない拙速な皇室典範の改正には断固反対します。
現政府の強硬姿勢にはファシズムに近い匂いを感じて已みません。新井白石が当時抱いたであろう皇室の権威の低下は、別の意味で免れないものになる可能性は高いと推察します。
現在の象徴天皇であれば猶更、人格重視が望まれます。
神々しいとは何でしょうか。それが信仰の対象そのものを意味します。
冒頭に述べた宗教性を纏う存在でなければなりません。
折に触れ、各所をご訪問される愛子さまを一目見た方のご感想を目にしますが、そのお姿だけで涙が零れたという話しに枚挙に暇がありません。
現在、皇室典範の改正を目論む自民党と同調する一部野党、さらに自民党案による憲法改正は天皇を「象徴」から「国家元首」に変更する旨の企みが平然と公開されています。
国民はこうしたプロセスを殆どの方が無関心でいます。
私は映画を扱う小さな劇場主であり、ものづくりを生業にしている一経営者に過ぎません。しかし、日本の形がなし崩しになっていくのを見て見ぬふりができずにこの取り纏めを書いた次第です。
皇室典範改正は歴史を知らない人たちによる傲慢な権威主義に他なりません。
その背景に何があるのか、逆に邪推せざるを得ません。
本件を国民関心事にする必要があります。
漁港口の映画館 シネマポスト 現在上映作品『オールド・オーク』のご紹介(6月26日迄公開)】

イギリス・フランス・ベルギー合作
原題または英題:The Old Oak
配給:ファインフィルムズ
劇場公開日:2026年4月24日
【スタッフ】
監督:ケン・ローチ
製作:レベッカ・オブライエン 製作総指揮:パスカル・コーシュトゥー グレゴワール・ソルワ バンサン・マラバル 脚本:ポール・ラバーティ 撮影:ロビー・ライアン 美術:ファーガス・クレッグ 衣装:ジョアンヌ・スレイター 編集:ジョナサン・モリス 音楽:ジョージ・フェントン キャスティング:カーリーン・クロフォード
【キャスト】
TJ・バランタイン/デイブ・ターナー、ヤラ/エブラ・マリ、ローラ/クレア・ロッジャーソン、チャーリー/トレバー・フォックス、クリス・マクグレイド、アムナ・アル・アリ
イギリスの巨匠ケン・ローチが、「わたしは、ダニエル・ブレイク」「家族を想うとき」に続く「イギリス北東部3部作」の最終章として撮りあげたドラマ。
ローチ監督と数々の名作でタッグを組んできたポール・ラバーティが脚本を手がけ、温かくもリアリズムあふれるまなざしで描き出す。パブの店主TJ役に、「わたしは、ダニエル・ブレイク」「家族を想うとき」にも出演したデイブ・ターナー。2023年・第76回ロカルノ国際映画祭で観客賞を受賞。第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。
