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【日記】切るからどいて!

ろうそくの灯りが消えた。

あれからもう6年。

一瞬だけ暗くなった部屋で、ぼくは初めて三女を抱いた日を思い出した。
 

※今回はぼく、黒瀬はりあの日記です。 


「いい?」

バースデーソングが終わるのを待ち、三女が思い切り息を吹きかけた。

6本のろうそくの火が消えると、家族全員の歓声と拍手が上がり、同時に奥さんがスマホを構えた。

「急いで! 早く集まって」

祝賀ムードをかき消すような号令がかかる。

余韻を楽しむひまはない。

子どもたちがケーキの近くに顔を寄せ、奥さんが縦と横、それぞれの構図でシャッターを切る。

「切るから! どいて」

今度はケーキを持ち上げ、小走りでキッチンへ向かった。

すでにケーキの底には、溶けたアイスが絵の具のようににじみ始めている。

お誕生日ケーキは三女の希望でアイスクリームのケーキにした。

どうぶつの森の世界観が凝縮したホールケーキサイズのアイスクリームは、あつまれと言われなくても集まりたくなる。

ただし、三女の誕生日は夏。

ケーキを冷凍庫から出した瞬間、時間との勝負が始まる。 


三女は2020年生まれ。

コロナ禍の最初の夏に産声を上げた。らしい。

推測になってしまうのは、ぼくが出産に立ち会えなかったからだ。

当時、病院は立ち会いも面会も禁止されていた。

ホワイトハウスばりの厳戒態勢で世間から隔絶されていて、祈ることしかできなかったのを覚えている。

出産前日の深夜、奥さんは陣痛の痛みを感じて助産師さんに電話した。

どんな痛みなのか、どれくらいの間隔で押し寄せるのか、必死に言語化して伝えていた。

ようやく助産師さんから来院の許可が出ると、ぼくに「行ってくる」と戦地へ向かうような目で告げた。

ぼくにできたのは、迎えのタクシーまで荷物を運び、マスク姿の運転手さんに「よろしくお願いします」と頭を下げることだけだった。

3回目の出産とはいえ、知っている人が誰も中に入れない病院へ、深夜1人で向かうのは、心細かったに違いない。

タクシーを見送りながら、なぜかぼくの頭には宇宙戦艦ヤマトのオープニングテーマが流れていた。

どう考えてもタクシー側がヤマトだが、見送るぼくに手を振る奥さんの姿と、残された長女と次女に寂しい思いをさせないという重大な任務が、ぼくを古代進にした。

かくして古代進に見送られたヤマト、もといタクシーは奥さんを病院へと送り届けてくれた。

翌朝、奥さんから連絡が来た。

「無事に生まれたよ」

幸い、安産だったそうだ。

誕生の瞬間に立ち会えなかったのは残念だったが、母子ともに無事であることが一番。

取り上げてくれたお医者さんと助産師さんには感謝しかない。

せめてお礼の一言だけでも言いたかった。


それから5日間は長女と次女との3人暮らし。

仕事がリモートワークに切り替わり、コロナ禍でも保育園に登園できたのはありがたかった。

お迎えと夕飯作り、お風呂に入れて寝かしつけ。

寂しいと言っている暇はなかった。 


退院の日。

長女と次女を保育園へ預け、家事を一通り終えた頃、ようやく我が家に2人が帰ってきてくれた。

正確には1人が帰ってきて、1人が新たに加わったのだ。

ぼくは奥さんに感謝を伝え、三女と対面した。

その姿を見た瞬間、とっさに出た言葉は「小っちゃ!」だった。

赤ちゃんがこんなに小さかったことをすっかり忘れていた。

そして、新生児だけが持つふにふに感というかほわほわ感と対峙する。

しわっとしていて、モニャっとした顔で、ふがふがしている。

伝わらないかもしれないが、そうなのだ。

おそるおそる三女を抱かせてもらった。

小さくて、軽くて、あったかい。

腕の中で小さく動くたび、理屈より先に愛おしさが込み上げた。

顔をまじまじと見つめる。

妙に視界がぼやける。

三女の顔がブレている。

あれ、泣いてる?

いや、涙は出ていない。

そうか。

老眼だった。

愛しくて愛しくて、もっと近くで見たいのに。

目に入れても痛くないほど、近づけたいのに。

近いほどぼやける。

レオナルド・ダ・ヴィンチも、絵は少し離れた方がよく見えると書いている。

きっと老眼のことだろう。

はっきり三女を見るために、ぼくは必死にのけぞり距離をとった。

しばらくの間、顔を離しては見つめ、たまらず抱きしめるという動作を繰り返した。

その後、長女と次女を迎えに行った。

家に戻るなり、長女は「ママーーー!」と絶叫した。

幼い次女も、「ぽぽろちぃちろぅ」と何かを伝えてくれた。

※再会の動画を何度見返しても、「ぽぽろちぃちろぅ」としか聞き取れませんでした…

こうして我が家は、晴れて5人体制となった。

 

あれから6年。

キッチンから悲鳴が上がる。

ケーキを切ろうと包丁を押し当てると、底の方からアイスが溶け出し、きれいだった円柱がピサの斜塔のように傾いて崩れていく。

回転率に命をかける飲食店の厨房さながらの慌ただしさで、ケーキを切り分けた。

ぼくの頭に今度は運動会定番のBGM、天国と地獄が流れている。

ごめんね。

駆け足のセレブレーションは、アイスケーキの形を守るためなのだよ。

決して、おざなりに祝っているわけではない。

 

三女が自分でお皿とスプーンを運び、誰の手も借りずにケーキを食べている。

あんなに小さかったのに今では元気に走り回り、転び、泣き、けんかして、笑っている。

抱き上げる回数は、年々減ってきた。

少しずつ、ぼくの腕を離れていく。

寂しいけれど、老眼のパパには今ぐらいの距離がちょうどいいのかもしれない。




普段はAIと人間のお話を書いています。
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