日本の伝統的な争い事の治め方。やわす、ま・つり、などなど【メモ】toland vlog
ご存知!TOLAND VLOGサム。
最近は、旧約聖書シリーズや旧約外典のエノク書の解説をしている。
そのサムが、日本の伝統的な調停や和解の方法というか、和解に対する考え方、在り方を教えてくれていたので、メモに残しておこうと思う。
本当は、こういうのは、メモで簡単に要約するよりも、全体を何度も聞いて定着させていくっていうのが、いいんだよね。でもま、現代人なので、より身近なものにする一つの手段としてメモとっちゃう💦大体33分ぐらいからかな〜??
和解や調停は、善と悪の二元論の間にあるグラデーションが大切。
それを感知し語り合えるか、そういう場があるか。そういう場をどう作るか。
日本は話し合いを大切にしてきた。
話し合いは…「言向け和す」。
話し合ってやわらかくしていく。
日本の和の精神。記紀に書いてある日本の統治の仕方。
聖徳太子の一七条憲法「和をもって尊しとなす」。
こわばっていたものをやわらかくすること。やわらかくなるまで話し合おう。
これはグラデーションを広げる話し合い方。
お互いの余白、間が広がって行く話し合い。
お互いがリスペクトしながら話し合えば、グラデーションが生まれるよね、やわらぎになるよね。
これを神武天皇はやっていた、と記紀が記している
西洋のディベート的な勝ち負けを決める考え方とは違う。
間を釣り合わせる:祭りの原型。
真ん中に空白がある。
空白を保ちながら、神道があって仏教があって儒教がある。
註:サムはキリスト教と言っている。が伝統的にはこのポジションは儒教っすね。
空白は「相手のわかりきれない部分」「俺らとは違うよね」。
わからない部分を、どうにか釣り合わせたい。それを「ま・つり」と呼ぶ。
祀る、政、祭り、間を釣り合わせる。
一つで塗りつぶさない。
間を釣り合わせない人たちがいた。まつろわぬ人々。
自分たちの考えを貫く、押し付ける。あなたたちの考えは知りません、という人々。
→そういう人たちは、仕方がない、倒すしかない。
日本の本来のコミュニケーションは、間釣り合わせ。
白か黒かで埋め合わせるのではなく
お互い理解できない部分はあるけど
お互いちょっとづつグラデーションを理解していく
それが本来の大和魂なのでは?
今はその逆をやらされている。白黒の議論に巻き込まれていく。
古代からある分断統治。
日本の曖昧さがポジティブに捉えられる時代がくる。
日本は微調整の文化。話し合いをし続ける文化。
それを日本の心では直霊という。←→曲霊
外国人も日本語を喋っていると間が取れるようになる。曖昧を許容するようになる。
というわけで、メモでした。タントリスが似たようなこと言ってるのも、なんかシンクロ!?
おまけ
彼らがこのタイミングで旧約聖書シリーズを語っているのは、中東情勢と無縁ではないだろう。グレーターイスラエル構想や、イスラム教。さらにそこに絡む米国は元々はピューリタンというキリスト教の一派により建国された国だ。日本人に馴染みのない旧約聖書に何が書いてあるかを紐解きながら、今何が起きているかをゆっくりと外側から理解する基礎知識としていく。そんな意図があるんじゃないかな〜って思っちゃう。
彼らのいうことを100%信じる、というよりも、自分なりに世界を理解する、その断片の一つとして。
https://note.com/chuandkoyuki/n/nd66cc8b60187%0A
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