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造花はなぜ生花に勝てないのか

生花が長持ちしない夏場、お仏壇に造花をお供えすることがある。
以前に生花がお供えできないときは造花でも良いと聞いたことがあるからだ。
少し高価な造花をお供えしてみた。
水を変えなくても良く、申し訳ないが便利である。
なぜ生花である必要があろうか、と思えた。
造花はいつでも美しい。
いつまでも美しい。
永遠。

人間は永遠には生きられない。
永遠は、不老不死を願う人間の昔からの憧れだ。
秦の始皇帝は、 果ての世界まで不老不死の薬を求めさせた。

でも、永遠を生きてどうなるのだろう。
浦島太郎は知らない時代に飛んでしまった。
映画「グリーンマイル」の主人公ポールは若々しいまま長寿を授かり、親しい人の死を見送るだけだった。

人類全体が不死だったら、それはパラダイスか。
人類は爆発的に増加し続けるのか。
食糧、エネルギーは大丈夫か。
それとも停滞するのか。
発展せず、旧石器時代のままか。

人は死ぬ。
正直、怖い。
でも、自分だけ生き続けてどうなのだろう。

造花は便利で美しい。
でも、気まぐれな人間だ。
ある時、ふと造花に飽きた。

飽きるって何?
変化がないことに、つまらなさを感じる事がある。
同じ話を聞かされると、よい話でも辛くなるように。
同じものには飽きる。
どんなに美しくても。

生花は儚い。
でも、常に活け替えられ瑞々しい。
触ると微かな湿度。
やわやわと指に優しい。

やはり、造花は一時の補助。
主役は生きた花。
永遠の美より、移ろう生命に愛おしさがある。

若くして逝った父と弟が仏壇に納まっている。
故人だけが永遠に若い事が許されるのだろうか。

せめて故人を偲ぶ人間は、記憶するため長生きしよう。





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