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毎年柏餅を探してしまうのは、味だけが理由ではないのかもしれない


五月になると、
なんとなく気持ちがそわそわし始める。


「そろそろかな」
と思いながら和菓子屋さんの前を通り、
気づけば柏餅のことを考えている。


こちらは京都・末富さんの柏餅。


末富さんの柏餅


末富さんといえば、
私の中ではやっぱり頭道明寺(かしらどうみょうじ)。


葉っぱをほんの少しめくった瞬間、
細かく砕かれた道明寺の粒が、
きらっと目に入る。


柏の葉の陰にちらっと姿が見えるだけでワクワクし始める


その瞬間に、

「あぁ、末富さんだ」

と思うのだ。



まだ食べていない。
こし餡も見えていない。


それなのに、
もうすぐあのきめ細かい餡に出会えるのだと思うと、
自然と気持ちが弾み始める。



柏餅の葉っぱに名前が書いてあるわけではない。


けれど、
長く親しんできたものには、
説明より先にわかる瞬間がある。


それは味だけではなく、
空気感のようなものかもしれない。


ふと、
サン・テグジュペリの『星の王子さま』の中で、
キツネが語っていた言葉を思い出した。



毎日同じ時間に会っていたら、
その少し前から、
もうすぐその時間が来ることを嬉しく思い始める……



という、この部分。
最初読んだ時はふーんと思ったのに、
なぜか、その後どんどんこの箇所が私の中に残り、
とうとう、なんでもない時にもふと思い出すようになった。



一時期よく通っていた場所。
定期的にお目にかかり、
当たり前のように顔を合わせていた方々。



今は少し距離ができたとしても、
ふとした瞬間に、
その頃の空気ごと思い出す。



和菓子をいただいていると、
ただ甘いものを食べているだけでは終わらない。



記憶の中に置いてきた景色や、
人との時間まで、
そっと一緒に運ばれてくる。



だから私は、
毎年この季節になると、
また柏餅を探してしまうのだ。


ほなまたね。



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