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「日本の水を考える」より②

30年くらい前の録画、「川の汚染」についての放送回より

茨城県 五霞村(現在の五霞町)
利根川と江戸川の分流点での映像

高速道路、鉄道ができるまで、貨物の運送は川を利用した船によるものが多かった。

宇井純先生の同業の先輩世代で、「戦後の治水で、何が最も大きな土木技術の進歩だったか」を尋ねると、「佐久間ダムの建設、それに伴うブルドーザーの導入」と皆、口を揃えるのだそう。

土木工学は、これまでの土と木から、鉄とコンクリートへ転換した。
大掛かりな土地開発が可能になったが、しかしそれによって、自然に対する畏敬の念を忘れるようになった。

足尾鉱毒事件から、河川をコンクリートで3面張りにして、川の水を囲って溢れさせないようにする工事が多く行われた。
しかし水の流れは良くなるが、魚が住めないようになる。

3面コンクリートの水路では、大腸菌の量が2キロ下流で3分の1にしかならないのに対し、土の水路ではそれが100分の1にまで減少する。

針葉樹の方が広葉樹に比べ、水質が悪くなるが、人工的に大規模植林された多くが針葉樹。

玉川浄水域で、稲の穂が実らない現象が起きたり、1970年代、強い塩素処理によって、飲料水がまずくなり発がん性のトリハロメタンが検出され、問題になった。

1970年頃は、日本の河川の水質が最も汚染され、1958年に作られた水質の保全、規制法が、全く効果がなかったことが明らかになった。

地域によって独自の規制法、公害防止条例が出されるようになり、未処理で排水を垂れ流すことに対する罰則が実効性を持つようになった。

「足尾の鉱毒事件をまるで昨日のことのように活き活きと語り、若者を励まし続けた、永遠の青年とも言うべき人物」と宇井純先生が語る、「谷中村滅亡史」を著した「荒畑寒村」

1964年、野放しに近かったメッキ工業の廃水規制で、「設備に金がかかる、それでは工場が潰れる、物価も上昇する」などの、工場側からの猛反対があった。

それまで、製品をメッキをするための薬液に漬けて、それを大量の水でどんどん洗浄する方法がとられていたが、水を多く使わず、汚染も少なくなる方法に改善されていった。

大量の洗浄流水でただ洗うのでなく、一旦、水槽につけて、濃い廃液を作り、そこから薬剤を回収して再利用できるものもあり、水も材料も、消費、ロスを大幅に削減できる結果になった。

工場設備を変えるのは、確かに一旦お金がかかるし、簡単なことではないけど、使用水、汚染を減らすこれらの仕組み自体は、難しいハイテクノロジーを要するものではなく、言われてみれば誰でもわかることが多いと思った。

「廃水処理はコストがかかる、物価上昇」の危惧があったが、現実には、経済効果はプラスだった!

「公害対策で倒産した企業はない。むしろ設備投資で、予想しなかった分野で利益や支持があったり、経済全体としてプラスの効果」と宇井先生は仰っている。

それまで、タダに近かった意識の工業用水が、使用水、廃水の減少で、めざましく水質が改善した。

日本は、美しい水に囲まれた島国だったため、「水に流す」「湯水の如く金を使う」のように、水はタダ、流してしまえばなかったことになる、という意識が強くあるのだと思う。

私の親世代でも、歯磨きの間とか、なぜかずっと蛇口を大きく出しっぱなしで、それを閉めようとすると「水なんかタダだ!」と怒られたもんな。。

日本の水の豊かさ、美しさを仇にせず、大切にしたい。
宇井先生の仰るように、「自然に対する畏敬の念」を忘れれば、恐ろしいことに繋がるのだと思う。



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