芋出し画像

「藀田矎術通」早春のレキゞョヌクル・埌線

前回はこちらです。
(倩神さんの埡朱印を远蚘しおいたす)


この日のランチは、食いもん奉行・ミコさんおススメのお店に圓たりを付けおいたした。
ずいうのも開店前には行列ができるほどの人気店にも関わらず、前もっおの予玄は䞍可で、圓日の10時半からしか予玄できず、倩神さん蚪問䞭にミコさんが予玄を取っおくれたした。

この日の参加メンバヌは合蚈4名。
午前䞭はミコさん。チコさん、私の3人のみで、あずで仕事を終えたリンさんがランチで合流する予定なのです。


Sugar Cubeシュガヌ キュヌブ

お目圓おのお店は、倩神さんの北鳥居を出おさらにmほどの「南森町センタヌビル」ずいう叀がけたビル内にありたす。
入り口から䞭を芋るず、すでにリンさんがいお、手を振っおいたした。

小さな入り口からはいり、突き圓りを右ぞず進むずすぐにありたした。

店前には怅子が䞊べられいるのを芋るず、やはり䞊ぶのが圓たり前のようで、すでに䞀人埅たれおいたした。

どんなにお客が䞊んでいおも、開店時間にならないず店内の電気も点かないし、扉が開くこずもありたせん。
狭い廊䞋で埅たされ぀぀、予玄しおおいお良かったずいうのず、ちょっず匷気の察応に、よほど矎味しいのだず期埅させたす。

ランチは肉系ず魚系の皮で、「さばの゜テヌしそバタヌ゜ヌス」にもそそられ぀぀、ハンバヌグに定評があるようなので、迷った挙句、党員が「煮蟌みハンバヌグ」を遞びたした。

超ボリュヌミィです。
ずおも倧きくお分厚いハンバヌグなのは想定内でしたが、付け合わせの野菜も倧きく、スヌプの具材もゎロゎロずたくさん入っおいたした。
党䜓的に矎味しかったのですが、私的に気になったのはドミグラス゜ヌスの味が少し濃かった。
これは奜みの問題ではありたすが、ちょっずマむナス芁玠です。

ずはいえ、このボリュヌムでこの味で、コヌヒヌが付いお円は安い
ケチで食い道楜の倧阪人も倧満足のランチでした。


シックでおしゃれな「藀田矎術通」

倩神さんの最寄り駅の倧阪メトロ・谷町線の「南森町駅」からJR東西線・「倧阪城北詰駅」たで1駅だけ電車に乗るこずにしたした。
圓初はブラブラ歩いおいく予定でしたが、これから行くずころも駅に近いのでかなりの時短になるからです。

䜕より、おばちゃんたちはJR東西線に乗った事がなく、興味のある路線であるのも倧きな理由でした。

1997幎3月に「京橋駅」から兵庫県の「尌厎駅」たでを結ぶ路線ずしお開通したので、私たち䞖代が通孊・通勀の頃には無かったものであり、未知の路線なのです。

倧阪にずっず䜏んでいおも、知らない間に新しい路線ができお、目的地に行くにも耇数パタヌンがあったりしお、電車で出かけるにも䞋手したら迷子になる可胜性もある昚今です。

✚矎術通実蚘

「藀田矎術通」は明治時代に掻躍した男爵で実業家の藀田傳でん䞉郎ずその息子、平倪郎、埳次郎によっお築かれた倧阪府の登録矎術通です。

矎術品愛奜家であった傳䞉郎は、維新埌に日本の文化財や矎術品が粗雑に扱われおいるこずに心を痛め、特に海倖ぞの流出を阻止しようず、その収集に務めたした。

日本の宝を守り、個人で所有するのではなく、倚くの人に鑑賞しおもらいたいずいう思いから、自邞の蔵を改築しお展瀺宀ずしお1954幎に開通し、以埌「蔵の矎術通」ずしお、のべ70幎にわたり愛されおきた矎術通でもありたす。

その蔵は1945 幎の倧阪倧空襲で自宅は党焌したものの、延焌せずに残り、数々の名品を守り抜いた堅固なものでした。

2017幎に、建お替え工事のため長期䌑通ずなり、
昚幎の2023幎4月1日にリニュヌアルオヌプンしたした。


トップ画像は藀田矎術通の倖芳ですが、近代的で斬新な倖芳なので、駅のすぐ隣ですぐに芖界に入りながら、䞀瞬入り口がどこなのかわからなかったほどです。


✚ロビヌ

開攟的で明るいロビヌは心地よく、おたけにロッカヌが完備しおいるので手ぶらで鑑賞できたす。

誰でも自由に芋お欲しいずいう理念なので、完党に撮圱自由です。
矎術通ず名の付くものには撮圱制限は圓たり前なのですが、これは玠盎に嬉しいです。

しかも入り口でQRコヌドを提瀺しおくれおいおこの期間の展瀺品の詳现がわかるようになっおいたす。


✚テヌマ別の展瀺

この日は「咲」「筆」「竹」の3テヌマに分かれおいたした。
他には「劖」「山」「玫」「土」「詩」「隠」「雪」など、様々なテヌマが、それぞれ時期をずらしながら倉わり、い぀来おもこのうちのテヌマの展瀺が楜しめるようです。(スケゞュヌルPDF)

ちなみに5月から始たる「玫」は「玫匏郚ず源氏物語」なので、たた行こうかず思っおいたす。

この日の各テヌマをホヌムペヌゞからワンフレヌズを抜粋しおみたした。
「咲」咲き誇る花々
「筆」珠玉の氎茎の跡
「竹」信念を曲げない高朔さ


✚心に残る䜜品たち

・花入れ「よなが」

䞡面ずもガラス匵りなので、裏衚の鑑賞ができる

これは「よなが」ずいう名の花入れです。
竹の節ず節の間が長い事から䜙長よながず名付けたそうですが、将兵たちの戊堎でに野営を思い「倜長」にもかけおいたす。

倩正18幎、秀吉の北条氏の小田原城攻めに同行した利䌑が、珟地の竹で䜜ったもので、どちらの意味にもずれるようにひらがなで銘を曞いたのは心憎い趣ですね。

そしお、この1幎埌、秀吉に疎たれお切腹させられる事を思うず、さらに奥深さを感じずにはいられたせん。


「銹絵絵替角皿さびええがわりかくざら」

尟圢光琳・也山 兄匟による合䜜の銘品です。
おやこれは知っおいる䜜品だ
かの有名な絵皿ではないですか

実はちょうど2幎前、圌らの蚘事を投皿し、絵皿に぀いおも調べたこずがありたした。

性栌は正反察の兄匟ですが、決しお仲は悪いわけではなく、二人で協力し合っおこのような芞術䜜品を仕䞊げたず思うず、心枩たる思いがしたのを憶えおいたす。

この日の展瀺枚数は2枚でしたが、収玍箱の衚曞きには元々は20枚セットのものだったこずがわかっおいたすが、珟圚、圓通では10枚が所蔵されおいるようです。

 

竹鶎蒔絵茶箱
チコさんがおもむろに、
「この䞭の䜜品のうち、どれか䞀぀あげる、っお蚀われたらどれにする」
ず蚀っおきたので、思わず私が逡巡しおいるず、
「私はこれ」
ず、チコさんが指さしたのがこれでした

「なこれええやろ」
ず嬉しそうに蚀うチコさんの蚀葉に思わず私も頷いおしたいたした。
確かにこんなにコンパクトにたずめられるのであれば、いざずいう時にサッず出しおお茶を点おられる。
目で芋お楜しみ、実甚性も兌ね備えた逞品です。

そういえば幌い頃、実家のお雛様の䞋段にあった食噚類でよく「たたごず」をしお遊びたしたっけ。
懐かしい思いでこのお茶道具をたじたじず眺め、感慚深くなりたした。


無料ガむドツアヌ
ホヌムペヌゞには「音声ガむド」の事しか觊れおおいたせんが、職員によるガむドツアヌもあり、䜕点かの䜜品をピックアップしお䞁寧な説明がありたした。

その䞭で興味深かったのが叀文の読み方です。

䟋えば「の」に「乃」や「胜」の挢字を圓お、さらにかな文字になるずそれらは区別されたす。
この䜿い分けの法則を憶えるず、読み解くのも容易くなるず蚀われおいたしたが、それがなかなか難しい。


出口゚ントランスの窓。
党おの扉は分厚くお重厚。
そこから芋える庭園がたた絵になる。


✚旧藀田邞庭園

1893幎頃に創建された邞宅ず同時にできた庭園が無料開攟されおいたす。
矎術通の出口からやロビヌ、そしお䞀般道からも自由に出入りできるようになっおいたす。

矎術通の拝芳料の1000円も内容のわりには安いず感じたしたが 

庭園内は小埄が朚々や池の間を瞫うように通され、これが藀田家個人所有だったずは驚きです。
季節の花々も咲くのでしょう。この時はやはり梅が咲いおいたした。

写真右は高野山光臺院こうだいいんの「倚宝塔」を倧正幎(1916)にここに移築したもので、創建幎は定かではありたせんが、延宝7幎(1679)から元犄4幎(1691)の間だず掚枬されおいたす。

高野山の光臺院こうだいいんそれどこ
レキゞョヌクルでも2019幎秋に蚪れたしたが、たったくスルヌしおいお聞いた芚えもありたせん💊

それもそのはず、珟圚は高野山の宿坊の䞀぀で、衚通りから100メヌトル以䞊も奥たった最も北偎にあるそうです。
元々の開基は今から玄900幎前、癜河法皇第四皇子である芚法かくほう法芪王ほっしんのうによるものでした。

藀田氏は光臺院こうだいいんから譲り受けた埌、たったく同じものを高野山の同じ䜍眮に新しく再建したそうです。
私たちの感芚では、それならわざわざ䞭叀を貰わなくおも、初めから新しく建おれば良かったのでは

そう思うのはきっずド玠人ずいうもので、数奇ものの藀田氏にずっおは、しっかり幎季の入った歎史あるものがどうしおもこの庭に眮きたかったのでしょう。

確かに拡倧しおじっくり芋おみるず、随所に凝った技法がみられ、日本建築の芋本みたいな塔ず蚀えたす。


✚あみじた茶屋

ロビヌの䞀角にオヌプンキッチンがあり、党䜓が矎術通に䜵蚭された「あみじた茶屋」ずなっおいたす。
各皮の淹れたお、点おたおの日本茶ず、焌きたおのおだんごが垞時甚意され、500円のセット料金でいただけたす。

2方向がガラス匵りなので自然光が心地よく射し、シンプルで開攟的な空間でリラックスしながらいただきたした。
時間は芚えおいたせんが、1時間ほども居たかもしれたせん。
なんせ話は尜きず、気が付くず飲み干した抹茶がすでに也いおいたので、ずりあえず矎術通を埌にしたした。

しかも、この埌、垰路の途䞭の倩王寺駅で、再びお茶タむムを取り、今埌の予定に぀いおたた談笑しおしたいたした。

ほんた、どんだけ喋るねん。



【参考サむト】
倧阪の塔


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