直してもいいけど使うな、という話
スマホを自分で修理すると違法になる。
……らしい。正確に言うと、修理すること自体は違法じゃない。修理した端末で電波を発するのが違法。
直してもいいけど使うな。
なんだそれ、と思った。
「修理する権利(Right to Repair)」という動きが世界で広がっている。
メーカーに修理マニュアルや部品の提供を義務づけて、ユーザーや街の修理屋さんでも直せるようにしよう、という話だ。
EUは2026年7月末から本格適用される。保証期間が終わった後でもメーカーは修理に応じなきゃいけないし、修理を選んだら保証が1年延長される。スペアパーツの提供義務は最大10年。
アメリカでは全50州で法案が出ていて、すでに人口の約25%が修理の権利を法的に保障された州に住んでいる。
世界は「直して使う」方向に動いている。
日本はどうか。
修理する権利に関する法律はない。それどころか、逆方向の壁がある。
「技適(技術基準適合証明)」という制度だ。
国内で電波を発する機器には技適マークが必要で、未登録の業者や個人がスマホを分解修理すると、このマークが無効になる。そしてそのスマホで通信した時点で電波法違反。1年以下の懲役、または100万円以下の罰金。
しかも罪に問われるのは、修理した人じゃなくて使った消費者のほうだ。
冒頭に戻る。直してもいいけど使うな。
この建て付け、モヤる。
理由が全く想像できないわけじゃない。
「修理」を違法にしてしまうと、範囲が広すぎて困るんだと思う。保護フィルムの貼り替えは修理か。ケースの交換は。そういう日常的な行為まで修理扱いになったら収拾がつかない。だから「修理」じゃなくて「電波を発する行為」を規制対象にしている。合理的な理由はありそうだ。
ただ、引っかかるのは責任の所在だ。
メーカー側は「安全のために正規修理以外は認めない」という立場を取っている。素人が修理してバッテリーが発火したら大変だ、と。それはわかる。個人が勝手に直して事故が起きたとき、「個人の技術の問題です」で済ませるのはほぼ無理で、メーカーにもダメージがある。だから修理をコントロールしたい、という理屈は理解できる。
でも、制限するなら責任もセットじゃないのか。
「正規以外で直すな」と言うなら、正規修理の選択肢を十分に用意して、値段も現実的にするのが筋だと思う。制限だけかけておいて、罰則は消費者に来る。修理費は高い。選択肢は少ない。これはバランスが悪い。
ちなみにパソコンはここまで窮屈じゃない。デスクトップPCのWi-Fiカードは独立したパーツとして個別に技適を取っていることが多いから、メモリやSSDの交換で無線モジュールに触らなければ問題にならない。自作PCだって普通にやれる。スマホは無線部分が基板と一体化しているから、開けた時点でアウトになりやすい。同じ電子機器なのに、自由度がまるで違う。
と、ここまで書いておいてなんだけど。
私自身、この問題の当事者感が薄い。
使っているスマホは1万円ぐらいのモデルだ。壊れたら同じ値段で買い替えると思う。Appleの修理費が高いとか、直す権利がどうとか、自分に直接は刺さらない。
ただ、買い替えるとなるとデータ移行がだるい。パスキー、パスワード、各種認証。全部入れ直し。あのめんどくささを思うと、軽度の故障なら自分でサッと直したくなる気持ちはわかる。
でも、それだけだ。
わざわざ声を上げて「修理する権利を法制化しろ」とは思わない。多くの人もそうなんじゃないだろうか。
日本で修理する権利の議論が進まないのは、技適の壁だけが理由じゃない気がする。
そもそも当事者がいないのだ。
高いスマホを使っている人は正規修理に出す。安いスマホを使っている人は買い替える。わざわざ自分で直す人が少ないから、制度のねじれに気づく人も少ない。声が上がらないから制度も動かない。
制度がおかしいかと聞かれたら、モヤるとは思う。でも、モヤる程度じゃ制度は変わらない。
EUやアメリカで先に動いたのは、当事者が声を上げたからだ。日本でこの話が動くとしたら、たぶん海外の制度に合わせる形で外から来る。国内から「直させろ」という声が大きくなって変わる、という絵はあんまり見えない。
直してもいいけど使うな。
このねじれた構造に気づいても、「まあいいか」で終わってしまう。それが一番リアルで、一番根が深い話なのかもしれない。
