タナゴとモツゴはどこへ行った。中流が消えた社会の話
タナゴやモツゴをご存じだろうか。昔は割とどこにでもいた、中流域に生息する小魚である。
私は小学校低学年の頃、よく一人で近所の小川へ行き、これらの魚を捕って遊んでいた。タナゴやモツゴだけではない。カマツカ、ヨシノボリ、ドジョウなど、多種多様な魚がいた。
毎日が驚きと発見だった。今思い返しても、あの頃の経験は好奇心を育ててくれた大切な思い出である。
しかし、小学4年生の頃、その小川はコンクリートの用水路へと姿を変えた。
魚たちは、どこかへ行ってしまった。
今では自然のままの小川を見ること自体が少なくなった。探せばまだいるのだろう。しかし、少なくとも身近な存在ではなくなったことは間違いない。
この「中流域の魚がいなくなった」という出来事を考えた時、私は日本社会の変化とどこか似ているように感じた。
私が魚を捕っていた30年ほど前、日本ではまだ「一億総中流」という言葉が生きていた。
賃金格差も教育格差も今ほど大きくはなく、中流層には実にさまざまな人がいた。高い教養を持つ人もいれば、中卒でも手に職をつけ、安定した収入を得ている人もいた。
価値観も生き方も多様だった。
小川の中流域も同じだった。
最初に挙げた魚たちだけでなく、ときには上流のイワナやヤマメが下ってくることもあり、逆に下流の魚が上がってくることもあった。
一つの場所に、多様な魚が共存していたのである。
そして現在。
日本の中流層が消えたわけではない。しかし、賃金格差、地域格差、教育格差など、さまざまな格差が広がる中で、中流全体が少しずつ下流へ押し流されているように私には見える。
魚たちも同じだ。
住みやすかった小さな小川はコンクリートの用水路となり、中流域という居場所そのものが失われてしまった。
中流とは、いったい何なのだろうか。
魚も人間も、下流からいきなり上流へは行けない。
逆に、上流の魚が下流で暮らすことも難しい。
だからこそ、中流は上流と下流をつなぐ「緩衝材」の役割を果たしているのではないだろうか。
そして、中流が豊かな社会では、多様な人や価値観が自然に交わる。
その交わりが、新しい考え方や文化を生み出す土壌になっているように思う。
タナゴやモツゴを懐かしく思い出しながら、私は改めて感じた。
自然にとっても、日本社会にとっても、中流という存在は、私たちが思っている以上に大切なものなのかもしれない。
