「考えるのが好き」の取説(私の場合)
「なんでも深く考えすぎ」
「もっと楽に考えたら?」
よくそう言われます
考えすぎなのは自覚しているし
考えすぎて物事をややこしくしてしまっているのも最近は特に自覚しています
「じゃぁ考えなきゃいいじゃん」
そう言われたら、まぁその通りなんです
でも考えてしまう…
今までは、考えすぎてしまうことが短所だと感じることが多かったのです
でも、今日ふと気づきました
「考える」というのは、使い方次第で長所にも短所にもなる、諸刃の剣なんだな、と…
考えることの功罪
考えることには、他の物事同様、メリットデメリットがあると思います
メリットとしては、
・慎重さが得られる
・成功につながる
・物事を深く味わえる
・成長につながる
などが考えられます
一方で、デメリットとしては
・考えすぎて行動できなくなる
・考える方向がずれているとドツボにハマる
・自分を否定する方向に考えると自分が壊れる
・他人を否定する方向に考えると相手を苦しめる
などがあると思います
要は、「考え方」や「考える方向性」次第で自分や周りにとっていい影響も苦しい影響も与えることになる、ということです
考えるのが好き
でもたぶん多くの人は、よほど影響力がある人でない限り、「考える」ことのデメリットは出にくいんじゃないかなと思います
だから、「よく考えて行動しなさい」とか、「考える力が大事」とか言われるのかなと
でも、たまに私のように、考えすぎて行動できないとか、考えすぎてわけわからなくなるとか、不安を増幅させるとか、考えることのデメリット、悪影響が出るタイプの人もいる気がします
デメリットが出るタイプの人にもいろいろなパターンの人がいると思いますし、人それぞれなんだと思うのですが、私の場合はなぜこんなに考えすぎなくらい考えるのかというと…
考えるのが好きだから
趣味:考えること
という人だから
今日の大発見はこれです
「あ、わたし、考えるの好きなんだ」
ちょっと謎が解けた感じがしました
考えるのが嫌いなら多分ここまで考えない
でも、考えるのが好きだから気づいたら考え事を探している…
「考える」の無駄遣い
考え事って結構過去や未来のことになりやすい気が私はしています
特に私の場合未来のことを考えることが多いです
だから、未来のことをあれこれ考えすぎて、でも未来のことなんて神様じゃあるまいしわからないから、もう不安がどんどん増えていく…
わー、「考える」の無駄遣いをしてる
エネルギーの無駄遣いをしてる
そんなかんじです
無駄でもまぁいいんです
でも、考えすぎて不安になるのは、もはや自分を壊してしまっているから精神衛生上良くない
しかも、自分のメンタルが不安定だと、私にとって大切な人にまで辛い思いをさせてしまう…
だから、「考える」の使い方をうまくなりたい
そう思いました
「考える」の使い方
じゃぁどうしたら「考える」をうまく活かせるのか?
おそらく、うまい使い方の一例が「勉強」なんだろうなと私は思います
私は学生時代、勉強がわりと楽しかったんです
もちろん、やらなきゃいけないという使命感もありましたし、目標のために頑張る、という感じも強かったです
でも、嫌ではなかった
今までわからなかったことがわかるようになったときの快感、知らなかったことを知れた時の快感、点と点が繋がった時の発見…
そういったものはなかなか面白かったです
そういう楽しさがあったからこそ勉強が苦じゃなかったし、結果としてもついてきたからより楽しかった
でも、それが社会に出て必ずしも役に立つとは限らなくて…
むしろ、ある程度機械的にこなせる人の方が、仕事は仕事として割り切って淡々とこなしていけるので、組織の中でうまく生きていけるような気が私はしています
でも、残念ながら、幸か不幸か私はそのタイプではない
だから、私は私なりの社会での生き残り戦略が必要
せっかく持っている「考えるのが好き」という力を社会で活かす術を得ることが大切
そう思いました
私なりの「考える」の取説
考える力をどう活かすか?
ここが難しい…
まず、周りの人が関係することにまで手を出すのはリスクが高いというか、ハードルが高い気がします
だって、自分の考えと相手の考えは違うものだから…
だから、考える対象は「自分のこと」
しかも、過去のことを考えれば後悔になりやすいし、未来のことなんて考えた通りにはいかない
そうなると、過去や未来の自分のことを考えたら苦しくなるだけ
じゃあ、時間軸で言えば残るは「今」のこと
「今の自分のこと」を考える対象にする
そして、今の自分のことを考えるにしても、自分を不幸にすることをわざわざ考える必要はないし、自分が幸せを感じる方向に考えればいい
私が自分に関することで幸せを感じることはどんなことかというと
・自分が成長した、アップデートしたのを実感する時
・自分や相手のためになったのを感じる時
・自分の心が救われたのを感じる時
・新しいことを知った時
というようなことがあります
それなら、これらを満たす方向で考えればいい
つまり、考える対象は
今自分がアップデートされるような新しいことや既存のことの深掘り
言うならば、自己研鑽、自分磨き(特に内面)
もはや、私がこうしてnoteでやっていることなのでは?
「考える」を趣味にする
今までは、考えることを生産的なことにしようとするというか、仕事やプライベートの実生活に繋げよう、役立たせなければならない、みたいに思っていた気がします
でも、私がしようとしている仕事って、別に必ずしも、いつでも、「考えること」が必要なわけではなくて、むしろ考えすぎるよりも「人の想いに応えること」の方が大切だったりします
経営者や管理者になりたいわけではないし、目の前にいるお客様や雇ってくれる職場の人のためになりたい、ただそれだけ
ならば、自分1人であれこれ考えるよりは、相手の想いを聴き、それに応えられるように、今自分にできること、求められていることを淡々としていくことの方が大事な気がします
プライベート面の実生活でも、一緒に過ごす相手の意見を聴きながらすり合わせていくことが円満な生活につながると思うし、
だとすれば、仕事の時と同様、自分の意見は伝えつつも相手の想いにも応えていく形で一緒に考えていけばいい、少なくとも1人で考える必要はないし、1人で考えない方がうまくいく場合も多い気がします
それなら、1人でじっくり考えるということを活かしたり楽しむには、
考えることは、自分の、特に内面の自分磨きという趣味として行う
これくらいの塩梅がベストかなと思いました
仕事や実生活は、自分の考えや意見は持ちつつも、相手と擦り合わせて、相手と一緒に考える
考える楽しみは、自分を磨くことに使う
しかもあくまで趣味なので、わざわざ自分を苦しめる方向に考える必要もなければ、考えたくない時に考える必要もなくて、むしろ自分を楽しませてあげる方向、楽しみたい時に考える
今現段階での、私なりの「考える」の取説はこんな感じです
皆様の中にも、きっと私のように「考えること」が好きな方がおいでるんじゃないかなと思います
そんな方はぜひ、ご自身なりの「考えるの取説」を使ってみるのもいいかもしれません
今日も私の「考える」趣味にお付き合いいただき、ありがとうございます
