【短編】 『線香花火』 〜風まかせな物語〜
iさんの企画に参加させていただきます☺️。
●お題:”線香花火”
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僕の教育係だった聖子さんは、会社では『会社の顔』という完璧な仮面をつけている。
でも……聖子さんについてだいぶわかってきた気がする。
仮面のとれた聖子さんは、どこか子どもっぽくて放っておけない。
聖子さんと、花火大会に行く約束をしていた。
でも。
直前になって雨が降り出し、花火大会は中止に。
残念そうな聖子さんの顔も、今にも泣き出しそうに見えた。
思わず少し濡れた黒髪を、よしよしと撫でつけたくなってしまい……。
「花火大会、しましょうか。2人で」
そう言ったのは、僕だ。
煙問題とか放火とか。
今はいろいろあるから、線香花火を買ってみた。
泣きそうだったカラスは、すぐに笑顔を取り戻した。
マンションのバルコニーで、それにそっと火をつける。
「これ、まるで小さな太陽みたいよね」
熟れたオレンジ色の玉を見て、聖子さんが無邪気な顔でそう笑う。
パチパチと激しい火花を散らして花開き、やがて優しいススキに変わっていく線香花火。
その一部始終を映す聖子さんの瞳が、ゆらゆら揺れている。
小さく縮れて、黒い塊になるその時まで……息を潜め、じっと固まって動かない。
口元はずっと上がったままで……まるで、子どもそのものだ。
防火のためにトレイに水を張って下に置いたから……線香花火は水面にも綺麗に映っていた。
「きれい。本当に、花火大会みたいね」
聖子さんが笑う。
そんなことに喜んでくれる聖子さんに、僕の胸もくすぐられる。
嬉しそうな……あまりに無防備な口元に目がいってしまい。
ちょっとだけ、からかいたいたい気分になった。
「これがもう最後です。……どっちが長くもつか、勝負しません?」
「え?」
どこかぼんやりと聖子さんが聞き返したから。
「負けたほうが、勝ったほうにキスで」
いたずらにそう言ってみる。
「え?って、ちょっと待って……ほんと、に?」
動揺して焦る聖子さんが可愛くて。
「火をつけますね」
僕はさっさと最後の線香花火に火をつける。
「ちょっと乙川くん、待ってってば……」
手が震えたのか、聖子さんの線香花火は瞬時に水の上に落ちてしまった。
「あー。最後だったのに……」
悲しげというより、残念そうな顔が、ボソリとつぶやく。
「キスしてほしかったな……」
そんな事を言うから。
僕の線香花火が、手をすり抜けた。
ジュッ……
小さな音がした時。
唇には、もう、柔らかなぬくもりがあった。
「ん……」
あたたかくて甘い吐息が、ふっと、濡れた唇にかかる。
もっと長く、その先まで望みたくなってしまうけれど……。
「残念。引き分けでしたね」
誤魔化すように、そう言った。
「違うもん……乙川くんのせいだもん!」
真っ赤になって、震えながら聖子さんがのたまったけれど。
ーー聖子さんのせいですよ。
涙目の聖子さんに言いたくて仕方がない。
期待したいけれど……先に進んで大変になるのは聖子さんだ。
だから、まだ今は……と、必死で我慢しているのに。
僕の前では、なんでそんな風に無防備な姿ばかりさらすのか。
「もう。じっくり楽しみたかったのに」
そんな風に言うから、いつも困らせたくなってしまうのだ。
「じっくり、してあげましょうか?もう一度」
誘うように、声をかける。
いや。
誘っているのか。
誘われているのか。
……さぁ。
いったいどんな返事が返ってくるのだろう。
