「岩戸開き」と「タケミカヅチ」の夏至点。
ヒルコです🔔
2026年6月21日。
夏至点の17時25分に、
ダブルYさんと3人で
熊本県阿蘇郡南小国町の押戸石に
行ってまいりました✨

そして、夏至点の太陽が17時25分に雲の隙間から一瞬だけ姿を見せた時の熱波は、とても熱く貴重な体験でした✨
鈴ちゃんちのイザナギ、イザナミの黄泉がえりの「岩戸開き」の光が、
ここ押戸石から、
母の鈴ちゃんの眠る群馬県太田市八王子丘陵の強戸(ごうど)金山に届くことをヒルコは祈ります⭐️🔔



ここ押戸石からも、
ヒルコの母の生家のイザナギ、イザナミの九州のへその宮崎県五ケ瀬町桑野内の高天原からの根子岳のご神体を祈ります🐾
押戸石からみえる、モクモクの雲の下に薄っすら根子岳がみえますが、写真だとみえないなぁ〜🐈️↑↑

イザナギ、イザナミのご神体。
ギザギザ山が根子岳(ネコ岳)🐈️
熊本県阿蘇の押戸石と、
鈴ちゃんの生家の九州のへその宮崎県五ケ瀬町桑野内の
高天原の夏至点の太陽の光は、
岐阜県金山遺跡や美濃(長良川)を通過し、

その光は、
群馬県の利根川を通過し、
そして鈴ちゃんの眠る、
群馬県太田市八王子丘陵(金山)と
父一族の邑楽郡千代田村福島(旧ナガラ)を抜けて、、

「川施餓鬼」
旧千代田村永楽村・長柄村
そして東北の福島県一帯へと。。
夏至の黄泉がえりの、鈴の音とともに、岩戸の光が到達いたしました
🔔🔔
夏至の日(6月21日頃)から、小暑(7月6日頃)までの約15日間。
ヒルコの母の名は、アメノウズメの鈴から名をとり、鈴の子の
「鈴子」(すずこ)ちゃんです。

子育て呑龍。
そして、母の鈴ちゃんには、妹がおります。アメノウズメには、別名の
宮比神(ミヤビノカミ)の名があり、
宮比神から名をとり、宮の子の
「宮子」(みやこ)ちゃんです。
そして、鈴ちゃんと宮ちゃんの間には、明智光秀から名をとり、光秀
の光くんがいます。
母の鈴ちゃんたちは、3人姉弟になります。

「甕土」ミカヅチと書いて
カメド
鈴ちゃんと宮ちゃんの2人の姉妹は、九州のへその宮崎県五ケ瀬町桑野内のイザナギ、イザナミのハシモト家から群馬県の豊城入彦命(トヨキイリヒコ)の地の邑楽郡旧千代田村永楽の、忌部川田家に2人の姉妹は
お嫁にいきました。
そこには、利根川があります。

ここは、永楽(ナガラ)と書いてエイラクと読み、長柄(ナガラ)と書いてナガエもありました。
後に、邑楽郡千代田町福島となります。
千代田村の利根川には、八岐の大蛇伝説もあります🐍
その、利根川沿いの千代田村には、「長良神社」の総本宮があります。

八岐の大蛇伝説。
母の鈴ちゃんは、忌部川田家にお嫁に行くと、猫神をたくさんたくさん増やし、猫神だらけで暮らしておりました🐈️✨
その中に、小さなヒルコの私は、おりました。部屋中、猫神だらけでした🐈⬛✨
ヒルコの宮崎県の母の生家は、
イザナギ、イザナミ、カグヅチと。
そして
ミカヅチの要石を封じ、、、。
古代より、地震、台風、災いを封じ、生存してまいりました。

地震の神、雷神、武神、軍神、剣の神。
18年前に、母の生家の九州のへその、厩の後戸の要石は、意図的に抜かれてしまいました。
その要石の姿は、青面金剛になります。

その、要石の青面金剛の下には、
「タケミカヅチ」の、
地震の神、軍神、武神、雷神、剣の神もおりました。
ですが、要石を抜いたとたんに、
それらは…。いっせいに、世に放たれてしまい。。。
ヒルコたちは、どうすることもできませんでした。
血気盛んな八百万の神々は、自由になってしまった。
2008年5月3日。
母の生家の厩の後戸の要石は、
自称、修験道によって抜かれてしまいました。
ヒルコの私が34歳の時でした。

その場にいたのは、オッドアイの真っ白な毛の長い猫神と、
鈴ちゃんの孫でした。
猫神の名は「武蔵」です𓃠
武蔵を、小さい頃から亡くなるまで可愛がっていたのは、母の弟の、
光秀の嫁のネコちゃんになります。
宮本武蔵なる、真っ白なオッドアイの猫神です𓃠
武蔵は人馴れしてない、猫神でした。
そして鈴ちゃんの父は真っ黒な猫神を可愛がっておりました🐈⬛
鈴ちゃんの父は、群馬の鈴ちゃんちへ来たときに、
たくさんの猫神の中から、、
小さな真っ黒な子猫を一匹だけ気に入りました🐈⬛✨
そして、小さな黒猫を飛行機にのせて…鈴ちゃんの父は、高天原へと連れて帰りました✨
時はたち、真っ黒な猫神は、要石のある高天原のハシモト家で、ヒルコの祖父と元気に仲良く暮らしてました🐈⬛✨
ですが、後に鈴ちゃんの父は、
血液のガンが悪化し、ヒルコにとっての祖父は、亡くなりました。
祖父が亡くなる前にヒルコは、祖父からバトンタッチし、17歳の時に、一匹の茶トラの猫神と要石デビューを果たしました🐈️✨
そこは、熊本県の熊本城の出町とゆうとこでした🐈️
そして、鈴ちゃんの娘の私は、
猫神と一緒に、九州から
群馬県へと、行ったり来たりするのでした🔔🐈⬛✨


ヒルコの母の生家は、イザナギ、イザナミのハシモト家の「二神神社」(ふたがみ神社)。
ハシモト家は、イツセミコトの実家でもあります。
そして、カグヅチの火の神は、
母の祖父のコウロギ家の、
「古戸野神社」(ふるとの神社)になります。

そして、ヒルコの父一族は、
群馬県の忌部川田と高橋(竹葉瀬)になります。その地の旧千代田村も古戸(フット)と言われた時期がありました。目の前の道が古戸(フット)館林線になります。
諏訪遺跡も発掘され古墳だらけでした。
忌部川田と高橋(竹葉瀬)の母の生家は、
群馬県太田市「ごうど」になります。太田市には、由良町(ゆら)もあり、
新田義貞や徳川家康の徳川発祥の地になります。
そこには、上皇后、美智子様の
正田(生田)家もおりました。

父の忌部川田家と高橋(竹葉瀬)家の産みの親の生家の上毛野太田には、田(多)の氏が、たくさんおります。
忌部川田や高橋にとって、
この群馬県は、利根川、養蚕、桑、
機織、絹、金属加工、磐の地となり祭祀に重要な地となります。
そして、秦氏もまた、ハタと、田(多)の名がつきます。
忌部川田と高橋(竹葉瀬)は、違い鷹の羽です。
そして、高橋は、宮崎県の母の生家の高天原からの阿蘇山のご神体に
雨宮と高橋神として祀られております。高橋神は、龍神になります。
その高橋神も阿蘇国造神社におり
違い鷹の羽としております。

いつの日か。。
父一族の群馬県の多氏は、
蔑まされ穢多非人とされてしまいました。
そして、母の高天原の
橋本の橘もコウロギ家も同じです。
五ケ瀬桑野内の橋本の橘家は、昔昔は、宮原の迫村でした。
ハシモト家の高天原には、立派な
宮殿がありましたが、火災で全焼してしまい、鎌倉時代あたりから少し下った丸塚古墳のそばに、ハシモトの二神を降ろし今になります。

そこには、平安時代より藤原の名が刻まれております。
そして、ヒルコ一族は、
歴史から姿を消され今となります。
なぜ18年前に、厩の後戸の神域の、要石を抜きにきたのでしょうか。。。それらは、謎な
祝詞によって、抜かれてしまった。

青面金剛の要石によって封じられていた天岩戸の「タケミカヅチ」の、
地震の神、軍神、武神、雷神、剣の神を、世に放つのが最大の目的だったのではないのかと…。
ヒルコは、そう思ってしまいます。
3·11の地震の時に4歳だった、
鈴ちゃんの孫は、今週の夏至にて、
19歳を迎えます。
そして3·11の夏至の光で産まれた
鈴ちゃんの2人目の孫も、
今週の夏至にて、15歳を迎えます。
2人の鈴ちゃんの孫には、
忌部家としての、太玉命(ふとだまのみこと)の「太」の名を刻みました。

ふとだまのみこと
父の群馬県、そして母の宮崎県。「古戸」ふっと、ふると。ふるべ。
アメノウズメの鈴の音とは、御神楽の鈴となります🔔
布瑠部由良由良(ふるべゆらゆら)
死者さえも生き返らせるほどの強い呪力を持つ「死者蘇生の言霊」🔔

「甕土」ミカヅチのカメド。
そして。
夏至の光によって岩戸の扉が開かれ…。
日本各地の最強の「タケミカヅチ」と「ふとだまのみこと」の御霊が黄泉がえりをはたしております🔔
どうぞ、皆さま、
「タケミカヅチ」と「ふとだまのみこと」にねぎらいの
お言葉をかけてあげてください。
荒ぶる荒神だって、一生懸命なのです。
2つの荒ぶる荒神が、
明日、重なるのか…
それとも反発し合うのか。
明日、27日は、
「ふとだまのみこと」の名が刻まれた、
忌部川田とアメノウズメの名の鈴ちゃんの孫たちと、
高橋神の孫達の産まれた日になります🔔


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ヒルコ
