無駄になんて、ならなかった
今の仕事は、
学生時代に夢中になったことと
繋がっていますか?
そう聞かれて、
自信を持って「イエス」と言える人は、
意外と少ないのかもしれない。
かつての学びや、情熱を注いだもの。
それらが今の自分とは
無関係な「置き去りにされた過去」に思えて、
ふと足元が心細くなる。
そんな、どこか一貫性のない自分に
迷いを感じていたとき、
私はあの物語の、あの言葉に
救われた気がしている。
雄英文化祭が、どうしても好きだ。
『僕のヒーローアカデミア』の中でも、
あの回は少し異質で、
戦うことで誰かを守るのではなく、
「楽しませること」で人を救おうとする。
その中心にあるのが、
『Hero too』という楽曲だ。
何度も聴いてしまうし、
何度見ても、
同じところで引っかかる。
耳郎響香 が、
親に「ヒーローになりたい」と
打ち明けるシーン。
これまで続けてきた音楽が、
無駄になってしまうんじゃないか。
そんな不安をこぼす。
何かを選ぶとき、
それまで積み上げてきたものが
“使われないもの”になるような感覚。
進めば進むほど、
過去が置いていかれるような、
あの感じ。
あの言葉は、
フィクションの中のものなのに、
不思議なくらい現実に近い。
私自身、今の仕事で、
学生時代に学んだことを
そのまま活かしているかと言われると、
正直そうではない。
社会人になってからも、
いろいろな仕事に関わってきた。
並べてみると、
どこか一貫性がないようにも見える。
だから時々、思ってしまう。
あの時間は、意味があったんだろうか、と。
別の道を選んでいたら、
もっと“わかりやすい線”に
なっていたんじゃないか、と。
でも最近、少しだけ見え方が変わってきた。
一つひとつの経験はバラバラに見えても、
その中でやってきたことは、意外と似ている。
考えて、整えて、伝えること。
誰かがわかる形にすること。
立場の違う人のあいだをつなぐこと。
やっている内容は違っても、
使っている“自分の部分”は、
ずっと同じだったのかもしれない。
そう思ったとき、
点と点が、ゆるやかにつながり始めた。
きれいな一直線ではないけれど、
それでも確かに、
自分なりの線になっている気がした。
無駄だったものなんて、
ひとつもなかったのかもしれない。
そんなふうに思い始めた頃に、
あのシーンを思い出した。
「ヒーローも、ミュージシャンも、
人を笑顔にするって意味では
同じじゃないかしら」
あの言葉は、本来は
「好きなことをやりなさい」
と背中を押すためのものだったのかもしれない。
でも私は、少し違う形で受け取っている。
選びきれなかったこれまでや、
遠回りに見える道のりを、
それでもいいんだと、肯定する言葉として。
きれいな一貫性なんてなくてもいい。
どこを通ってきたとしても、
自分がやってきたことの中に、
ちゃんと意味は残っている。
そう思えたとき、少しだけ、進みやすくなった。
そしてやっぱり、
この曲に、そっと背中を押してもらえる。
▶︎意味は、あとからやってくる
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仕事に子育て、アニメ。ごちゃまぜな日々の中でいつも何かを考え中です。日常のつぶやきですが、どこかで「わかる!」と共感してもらえたり、心に響くものがあればとても嬉しいです☺️
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