見出し画像

応援できた

またまた上野に行ってきた。今回は、『大ゴッホ展』。

ゴッホ展といえばぎゅうぎゅうの混雑がお決まりだが、時間指定のおかげで許容範囲。予約をとってくれた友(毎度おなじみ断捨離のプロ)に感謝である。

「え〜こんな絵も描いてるんだ。ちゃんと練習してるんだね。えらいえらい」

何様な感想をほざきながらすすむ。いろんな画家に影響を受けつつ、熱心に創作に励んでいるゴッホの姿が見えるような構成。

暗いと言われる織工の絵にわたしは惹かれた(職人好き)。

「けっこういい絵だと思うんだけどな…だれか買ってやればいいのに。わたし買うよ、これ」
買えません。生前に売れたのはたった1枚だけ……というのもどうやら俗説らしい。

ゴッホの恋人の絵があまりにも仏頂面をしているので、

「彼女ゴッホを愛していないよね…」
友人はかるく衝撃を受けている。しかし2人そろって衝撃を受けたのは、土の匂いのする農民たちを描いたゴッホの作品群を見たあとに目の前に現れた、マネの手による肖像画。

「オシャレすぎる…」
年配の男性の肖像なのに、なぜここまで洗練されているんだマネ先輩は。こりゃゴッホだってドガーンとなるだろう。

「パリってすごいね…」
東京の端っこから上野に出てきたおばちゃんたちは、ゴッホとともに都会の洗礼を受けている。

そこから数点、印象派の画家たちの作品が並ぶ。ピサロの絵は美しくて安定していて見ているとなんだか落ち着く。

「ゴッホにも優しかったらしいよ、ピサロは」

絵にも人柄が出る。セザンヌの絵はどこか尖ってるし、ルノワールはやっぱり根が明るい。わたしが印象派でいちばん好きなシスレーは何かとこういう場ではスルーされがちで、今回もいなかったことに…

「地味だもんね」
友の一撃。それはさておき(←逃げました)、ゴッホの絵は彼らと出会ってから視界がぱあっと開けたように明るくなり、色彩豊かになっていく。極めつけが今回の最大の目玉、『夜のカフェテラス』だ。

友もわたしもやっぱりこの絵は大好きなので、「真正面から見たい人の行列」に並び、たぶん一生で一度しか見られないであろう青と黄色の奇跡の輝きを楽しんだ。

「え、これで終わり?」
そう、今回の展示はここまで。これからいいところなのに!というみんなの心の叫びが、会場に音もなく響きわたっていた(後期は来年だそうな…)。

ゴッホの絵を見るたびに思うのは、兄を支えた弟テオの存在。発色のいい高価な絵の具も、テオの仕送りがなければ買えなかった。ゴッホの手紙からは、弟が兄の才能を心から信じて応援してくれるからこそ、描きつづけられたのだと伝わってくる。

テオは兄の死のあと、力尽きたように亡くなってしまう。まさにとことん誰かを応援しつくした人生…!テオとその妻ヨーがいなければ、誰もゴッホを知らなかった。

応援ってやっぱりすごい。

ゴッホが世を去って136年後の日本で彼の絵を見たわたしは、

「この大盛況をテオが空の上から見ていたらいいのに…」

ついそんなことを思ってしまうのだった。



いいなと思ったら応援しよう!