1話〜声を出せない青年〜
冬の海辺の小さな町。
観光地でもない、少し静かな場所。
ヘアンは旅をしながら易者をする女性。
海辺のベンチでヘアンが易者をしている。
看板も出していない、ただ座っているだけ。
それでも時々、人が話しかけてくる。
そこへ一人の青年が現れる。
名前は蒼樹(あおき)、年齢は27歳。
仕事はしているが、人間関係がうまく作れない。
会社でも浮き、心を打ち明ける友人もいない。
人にどう接していいか分からないまま、生きてきた。
蒼樹は占いを信じているわけではない。
ただ、たまたまいたヘアンに話しかけた。
蒼樹は言う。
「人とうまく関われないんです」
ヘアンは易を見る前に、ぽつりと言う。
「あなた、声出してないでしょ」
蒼樹は意味が分からない。
ヘアンは続ける。
「夢とか、希望とか、不満とか。本当はあるのに、言わないでしょ」
蒼樹は黙る。図星だったから。
蒼樹はずっと「空気を読む人間」で生きてきた。
迷惑をかけないように、波風を立てないように…
その結果、自分が何を望んでいるのかも誰にも伝えてこなかった。
ヘアンは、励まそうという意識はない。
ただ事実を言う。
「声を出さない人の夢は、誰にも見えないんだよ」
蒼樹は少し怒る。
「そんなの怖いじゃないですか」
ヘアンは海を見ながら言う。
「うん。怖いよ。でもね」
少し考えてから続ける。
「声を出さない方が、もっと怖い」
その言葉の意味を蒼樹はすぐには理解できない。
その時、海風が強く吹く。
ヘアンのノートが飛び、ページがめくれる。
そこにはいろんな人の夢が書いてある。
「パン屋になりたい」
「海外に行きたい」
「母にありがとうを言いたい」
蒼樹が驚く。
ヘアンは静かにいった。
「これ、みんな言えなかった夢」
蒼樹は聞く。
「じゃあ…どうなったんですか?」
ヘアンは悲しげに言った。
「誰も知らないまま終わったの」
静かな沈黙。
そのあと主人公は首をかしげながら言う。
「あなたの夢、何?」
蒼樹は初めて口にする。
「…本当は、自分の店をやりたい」
ヘアンは少し驚く。
「じゃあなんでやらないの?」
蒼樹は答える。
「誰にも言ってないから」
ヘアンは笑う。
「じゃあ今日が最初の日だね」
蒼樹はまだ少し混乱した顔をしている。
ヘアンは静かに易の卦を見ている。
蒼樹「じゃあ…どうしたらいいんですか」
少し怒り口調で蒼樹は言う。

ヘアンは顔を上げる。
まっすぐ蒼樹を見る。
そして静かに言う。
「あなたが自分に問いなさい」
少し間。
「どうしたいの?」
蒼樹の表情が揺れる。
ヘアンは続ける。
「それを、自分の声で言いなさい」

ヘアンが優しく諭す。
「それだけでいい」
ここで蒼樹の表情が変わる。
今まで外に答えを探していた人が、初めて「自分の中」を見る瞬間です。
ヘアンが核心に触れる。
「人はね、道を間違えるんじゃないの。
ただ、自分の声を聞かなくなるだけなのよ。
あなたの人生は、まだあなたに聞かれてない」
背中の丸みがすこし伸びて、蒼樹は夢への代価を払ってヘアンを後にした。
蒼樹は一度だけ振り返り、軽く頭を下げてから海辺の道を歩いていった。
ヘアンは今日も海へ向かう。
〜誰かが、自分の声に出会うその場所へ〜

〜旅をしながら人の宿命に寄り添うヘアンの易者日記〜
