滋賀県長浜市・旅行【豊臣兄弟を支える人たち?】R8年5月21日~23日
5月21日(木) 【1日目】
自家用車にて:自宅 ⇒ 浅井歴史民俗資料館 ⇒ 道の駅、浅井三姉妹の郷(義と絆館) ⇒ 実宰院(浅井三姉妹) ⇒ 小谷城戦国歴史資料館 ⇒ 宿

1570年の姉川の戦いで朝倉・浅井軍が敗れてから、1571年には信長が比叡山延暦寺を焼き討ちし、1573年に朝倉義景と浅井長政が信長に敗れて自害する。この間、信長や秀吉は巧みに攻略を進めていたように感じた。

浅井歴史民俗資料館の館内では「浅井三代」と「浅井三姉妹」について、屋外では「郷土の人々の生活」を学べる。

義と絆館(道の駅 浅井三姉妹の郷)に入り見学した。中は結構混んでいて、年配の方が10人ほどいた。耳が遠い人も何人かいて、おしゃべりの声が大きく、狭い館内に響き渡っていた。その会話を聞いていると、意外と面白くて微笑ましく感じた。

浅井三姉妹は歴史の表舞台に欠かせない存在だ。浅井家は滅びたものの、三姉妹によって長政の血が徳川家や天皇家にまで繋いでいったことには不思議さを感じる。きっと長政も予想していなかっただろう。

小谷城の歴史や細かな部分まで深く知ることができ、「小谷城の戦い」で久政と長政の父子が命を絶つまでの流れが理解できた。
5月22日(金) 【2日目】
宿=(自家用車)⇒ 長浜市石田町(石田三成) ⇒ 大原観音寺(石田三成) ⇒ 長浜城歴史博物館 ⇒ 太閤井 跡 ⇒ 秀吉公と石田三成公 出逢いの像 ⇒ 長浜市宮部町(宮部継潤) ⇒ 片桐且元公の郷、須賀谷 ⇒ 五先賢の館(片桐且元、小堀遠州) ⇒ 近江孤篷庵(小堀遠州) ⇒ 豊臣兄弟! 北近江長浜 大河ドラマ館 ⇒ 豊国神社 ⇒ 徳勝寺(浅井長政公菩提所) ⇒ 宿

石田三成出生地、屋敷跡、産湯井戸を徒歩で巡る。一番印象に残ったのが石田三成公供養塔だった。家康と戦って敗れたため、石田一族の墓を建てることすら困難だったのだろうと思われる。今こうして供養塔があるのは、三成が地元の人たちに敬意をもたれていたのだろうと想像する。
ちなみに、関ケ原の戦いで三成の父と兄は共に佐和山城で自刃したそうだ。

この寺の小僧だった三成が秀吉に茶をもてなし、家来になったという寺の井戸。秀吉が草履を温めて信長に認められた話と、まるで同じパターンではないかと思ってしまう。

長浜城歴史博物館は文献や資料がとても充実していて、じっくり見ているとつい時間がかかってしまう。
姉川の戦いから小谷城の戦いで浅井家が滅亡するまで3年もあったのだから、「姉川の戦いでは浅井家はそこまで大きな損害を受けなかったのでは」と思えてくる。もっとも、長政が29歳で亡くなったことを考えると、若さゆえの経験や判断もあったのかなとも感じるし、父・久政が家督を譲るのをもう少し遅らせていたらどうなっていたのだろう、とも思う。


長浜市の観光HPには「宮部継潤出生地」と紹介されている。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」で味のある俳優さんが宮部継潤役として活躍しているのを見て、思わず立ち寄ってしまった。

この案内板のすぐそばには、片桐且元の父・孫右衛門の墓があり、その背後の山が小谷城である。

この地で輩出された「五先賢」の5名のうち2人は片桐且元と小堀遠州だそうだ。
小堀遠州は古田織部から茶を学んだことや、藤堂高虎の養女を正室に迎えたことが、その後の人生にも影響を与えたのではないかと職員の方が教えてくれた。
遠州ゆかりの庭園が数多くあることは知っていたので、興味を持って見学した。

秀吉に才能を見出された片桐且元は、豊臣家に深い恩義を感じていたと思う。しかし、豊臣家と家康の間で板挟みになりながら、最終的には豊臣家の滅亡まで関わることになる。
戦国時代の片桐且元は、まるで現代の中間管理職のように思える。


駐車場から歩いて近江孤篷庵へ向かう。参拝道の途中には、小堀家代々の墓や家老の墓が並んでいる。ここから見下ろすふもとの景色はよい。桜や紅葉の季節ではなかったが、近江孤篷庵の庭は素晴らしく、しばらく佇むと心が落ち着き、ずっと居たいと思える場所だった。


豊国神社の案内板には「秀吉公が逝去されると……豊国神社は建立しましたが……江戸時代になり……取り壊され……秀吉公の御神像は町役人の家々で守り継がれた時代が続きましたが……」とあり、この神社が再興されるまでの苦難がしのばれる。
また、秀吉公が長浜で深く慕われていたことも感じられる。

JR長浜駅から少し歩くと、浅井長政公菩提所の徳勝寺に着く。
5月23日(土) 【3日目】
宿=(自家用車)⇒ 姉川古戦場跡 ⇒ 藤堂高虎出生地 ⇒ 伊藤忠兵衛記念館 ⇒ 自宅

姉川古戦場跡の案内板には、「姉川合戦に際して血に染まったと伝えられる血川」や「両軍の死傷者三千余名、あたりに血原、血川の地名が残されている」との表示。
長浜市の山近くで数匹の猿を見かけ、気になって市のホームページを調べてみると、「ニホンザルの追い払い」に関する情報が載っていた。

豊臣秀長を語るなら藤堂高虎は欠かせない人物だと思い、帰りがけに立ち寄ってみた。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」でもきっと活躍するはずだ。楽しみだ。

大手商社ゆかりの伊藤忠兵衛記念館は旅行ガイドブックには載っていなかったが、近江商人を代表する人物の一人ということで立ち寄ってみた。繁盛していた商家の建物ではあるものの、華美さよりもむしろ質素な趣を感じた。

とはいえ、高価な玩具やレコード盤なども展示されており、当時の商家の暮らしぶりが垣間見える。
中でも私が気になったのは、大量に集められて保管されていた割りばしだ。「限りある資源を再利用する」だけでなく、「物を大切にする心」や「作り手への感謝」といった近江商人の精神が感じられる。
【旅行で思ったこと】
滋賀県湖北にある長浜市には、日本史に登場する人物ゆかりの史跡がたくさんある。長浜に城を構えた秀吉が、浅井家に仕えていた武将や優れた人材を数多く見出し登用したことが、その理由だろう。
「長浜・米原を楽しむ観光情報サイト」のHPは、日本史の人物の足跡を辿る上でとても役立った。長浜は戦国武将ゆかりの史跡を目当てに巡る「推し」の人がいても不思議ではないと思うが、実際はどうなのだろうか。
博物館や資料館で、職員さんやガイドさんが親切で丁寧に説明してくれる場所がいくつもあり、ますます歴史に興味が湧いた。
近江商人の哲学の一つに「三方よし」がある。「自分さえ良ければいい」訳ではない。「ウインウインの関係」だけでなく「周囲の人たちにも良い」ことを求めている。
近江商人の歴史や商売の考え方に興味があり、機会があればもっと知りたいと思う。
