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少年のちいさな背中に、命の歩幅を見た日

命は、自ら歩き始める。
そのことを、私は一人の少年から教えられました。

エンドリーがCFFマレーシアにやって来たのは14歳のときでした。
口数は少なく、どこか人との間に静かな距離を置くような少年でした。
しかし、壊れた機械を前にすると何時間でも向き合い、炎天下では黙々と畑を耕し続けます。

決して目立つ存在ではありませんでしたが、その姿には、派手さとは違う確かな誠実さがありました。

私は三年間、彼の成長を見守ってきたつもりでした。毎日顔を合わせ、同じ食卓を囲み、同じ時間を過ごしてきたのですから、彼のことは分かっているつもりでいたのです。 しかし、それは私の思い込みに過ぎませんでした。

ある年のお正月、ファミリーキャンプの朝の祈りの時間でした。

沈黙を破った朝

参加者が静かに輪になって座る中、エンドリーがゆっくりと、自分の生い立ちを語り始めました。

5歳のとき、お母さんが「帰ってくるからね」と言って家を出たこと。
そのまま、一度も帰ってこなかったこと。
そして、その出来事を十年間赦すことができずに生きてきたこと。

私はその話を初めて聞きました。
三年間一緒に暮らしてきたにもかかわらず、彼がそんな深い傷を抱え続けてきたことを知りませんでした。

その場は静まり返っていました。誰も言葉を挟みません。 ただ、彼の声だけが静かに流れていました。 そして最後に、彼はこう言ったのです。 「でも今は、お母さんを赦そうと思っている。」 その言葉を聞いた瞬間、私は胸の奥で何かが崩れるような思いがしました。

「当たり前」という土壌

彼は誰かに説得されたのではありません。
私たちが「赦しなさい」と教えたこともありません。
特別なカウンセリングを行ったわけでもありません。

私は、その出来事を前にして、自分たちが30年間続けてきた営みをあらためて振り返りました。

私たちが守ろうとしてきたものは何だったのだろう、と。
それは立派な教育プログラムではありませんでした。

安心して眠れる場所があること。
仲間と食卓を囲めること。
失敗しても責められないこと。
つらいときには泣き、嬉しいときには一緒に笑えること。
そして、ありのままの自分でここにいていいと思える日常を、一日一日積み重ねてきたことでした。

大自然の中で育ってきた子どもたち

振り返れば、それは特別な「支援」などではなく、人が人として生きるために本来必要としている、ごく当たり前の暮らしでした。 けれど、その「当たり前」の積み重ねの中で、エンドリーの命は静かに自らを育んでいました。 十年間抱え続けてきた悲しみを、誰かに教えられたからではなく、自分自身の意志で手放そうと思えるところまで、彼は自分の命と共に歩いてきたのです。 あの朝、私はようやく気づかされました。 「私たちはエンドリーを変えたのではない。彼の命が、自ら歩き始めたのだ」と。

30年間、子どもたちや若者たちと歩みながら、私は何度も同じ場面に立ち会ってきました。

誰かが人を変えたのではない。

その人の命が、自分の歩幅で歩き始める瞬間です。

支援とは、人を思いどおりに変える技術ではありません。 その人の命が、自ら歩き始めることのできる環境を守り、信じて待ち続ける営みなのだと思うのです。 種は、外から「木になる力」を与えられるのではありません。 小さな命の中に宿る可能性が、光や雨や土と出会いながら、本来の姿を現していきます。 人もまた、同じではないでしょうか。

命の中には、その人だけの未来が静かに息づいています。
その未来は、急がせることで早く育つものではありません。

誰かの期待や評価によって形づくられるものでもありません。
その人だけの時間の中で、その人だけの歩幅で、少しずつ姿を現していくものなのだと思います。

だから私は、「未来を守る」という言葉を以前とは少し違う意味で受け止めるようになりました。

未来との再会

未来を守るとは、まだ来ていない時間を守ることだけではありません。

一人ひとりの命の中に託されている未来を信じ、その未来がその人らしい形で育っていく環境を守ることです。

三十年間、CFFは子どもたちや若者たちと歩んできました。
振り返ってみると、私たちが守ろうとしてきたのは、
子どもたちそのものではありませんでした。

その命が、自ら歩き始めることのできる土壌でした。
そして、その命を信じ続けることでした。
私は今、その歩みを一つの言葉で表したいと思っています。

未来との再会。

未来とは、どこか遠くで待っているものではなく、命の中に静かに託されていた本来の姿なのかもしれません。

私たちは時間の中を前へ歩きながら、その未来と少しずつ再会している。

もしそうだとするなら、「未来を守る」とは、その再会が静かに起こる世界を守ることなのです。

つづく


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