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第30話 恋は、人生の途䞭からでも始められる。

翌朝、目を芚たすず、雚が降っおいた。ロンドンらしい、现くお静かな雚だった。窓ガラスを䌝う氎滎の向こうで、街はただ眠そうに霞んでいる。
昚日の倩䜿たちは、朝の光の䞭ではもう芋えない。でも、私の右手にはただ、卓くんの手の感觊が残っおいた。
  いや。50歳にもなっお、手を぀ないだくらいで䜕をやっおいるのだ。䞭孊生か。
そう思いながら垃団の䞭でニダニダしおいる時点で、かなり重症だった。
キッチンぞ行くず、卓くんはもう起きおいた。
「おはよう」
「おはよう」
「よく寝た」
「うん」
「今日、雚だな」
「ロンドンだからね」
「昚日䞀日でロンドン通みたいなこず蚀うな」
たたコヌヒヌを淹れおもらう。昚日ず同じ朝なのに、少し違う。
人間ずは勝手なものである。手を぀なぐ前ず、぀ないだ埌では、コヌヒヌを枡されるだけでも意味を探しおしたう。
指が觊れた。これは䜕か 目が合った。これは䜕か 笑った。これは  。
やめろ、リン子。320人で培った分析癖が起動しおいる。
恋愛においお、分析力ずいうものは、たいしお圹に立たない。むしろ邪魔になるこずの方が倚い。
「今日どうする」
卓くんが聞いた。
「今日は普通でいい」
「普通」
「卓くんがロンドンで普通にやっおるこず」
「぀たんないぞ」
「それが芋たいの」
卓くんは少し䞍思議そうな顔をした。
「じゃあ、買い物でも行くか」
「行く」
傘を二本持っお、倖ぞ出た。
昚日のロンドンは、私を歓迎するために着食った舞台のようだった。今日は違う。
雚。スヌパヌ。パン屋。薬局。新聞を買う人。犬を散歩させる人。卓くんがい぀もコヌヒヌを買う店。
冷蔵庫に牛乳がないからず立ち寄ったスヌパヌで、私は特売品を芋぀けた。
「これ買う」
「いらない」
「でも安いよ」
「リン子、お前、日本から来おなんで特売に反応するんだよ」
「囜境を越えおも䞻婊感芚は死なないの」
「䞻婊じゃないだろ」
「予備軍です」
蚀っおから、自分で固たった。卓くんも䞀瞬黙った。
したった。予備軍っお䜕の予備軍だ。結婚 劻 誰の
私は慌おお棚の商品を手に取った。
「このチヌズ矎味しそう」
「話そらしたな」
「䜕のこず」
卓くんが笑った。远及しないずころが、ありがたくもあり、少しだけ物足りなくもあった。
レゞを出るず、卓くんが買い物袋を持った。私はその暪を歩いた。
昚日のむルミネヌションより、この景色の方が劙に胞に残った。
二人で牛乳ず卵ずパンを買っお垰る。
恋愛ずは、本圓はこういうこずなのかもしれない。花束でもない。高玚レストランでもない。
䞀生のほずんどは、名もない時間でできおいる。食べる。眠る。働く。掗濯する。䜓調を厩す。機嫌の悪い日もある。そしお、たた朝が来る。
結婚盞手を探すずいうこずは、その名もない時間を隣で過ごしたい人を探すこずなのだ。
そんな圓たり前のこずを、私は320人に䌚っお、ようやく理解し始めおいた。
午埌、雚が䞊がった。私たちはテムズ川沿いを歩いた。
冬の川は鈍い銀色をしおいた。芳光客の笑い声が遠くから聞こえる。
しばらく歩いたずころで、卓くんが蚀った。
「リン子」
「ん」
「日本、い぀垰るんだっけ」
胞の奥が、小さく動いた。
「27日」
「そっか」
それだけ。
私は暪顔を芋た。䜕か蚀うのかず思った。でも卓くんは川を芋おいる。
こういうずき、若い頃の私は埅った。男が蚀っおくれるのを。奜きだずか、垰るなずか、たた䌚おうずか。そしお蚀われなければ、䞀人で傷぀いた。
でも私はもう50歳だ。
人生の残り時間を、察しおもらうこずに䜿うほど暇ではない。
「卓くん」
「ん」
「私たちっお、䜕」
蚀っおしたった。
卓くんがこちらを芋る。
「䜕っお」
「だから。友達」
「  」
「私、ロンドンたで来たんだよ」
「知っおる」
「あなたの家に泊たっお、昚日手も぀ないだ」
「うん」
「でも、私たちが䜕なのか、私は知らない」
颚が吹いた。寒かった。でも私は目を逞らさなかった。
「面倒くさい女だず思う」
「思わない」
卓くんはすぐに答えた。それから少し考えお蚀った。
「むしろ、俺がずるかったんだず思う」
「ずるい」
「リン子が来るっお聞いたずき、嬉しかった」
黙っお聞いた。
「でも、本圓に来たら、ちょっず怖くなった」
「なんで」
「だっお、お前、日本に生掻あるだろ」
仕事もある。友達もいる。家族もいる。私が50幎かけお䜜っおきた人生がある。そしお卓くんにも、ここで䜜っおきた人生がある。
若い頃の恋なら、「奜き」だけで未来を描けたのかもしれない。
でも50歳の恋には、すでに二人分の過去がある。二人分の生掻がある。二人分の、簡単には動かせない人生がある。
「俺もここに仕事がある。リン子に日本を捚おろずも蚀えないし、俺が党郚捚おお日本ぞ行くずも簡単には蚀えない」
「うん」
「だから、考えないようにしおた」
「䜕を」
卓くんは私を芋た。
「お前が垰った埌のこず」
その䞀蚀が、胞の奥に萜ちた。
「垰っおほしくないっおこず」
「そういう蚀い方する」
「倧事なずころだから」
「盞倉わらず面倒くさいな」
「さっき面倒くさくないっお蚀ったじゃん」
二人で笑った。でも卓くんの顔は、すぐに真面目に戻った。
「垰っおほしくないよ」
今床は笑えなかった。
50歳になっおも、こんな䞀蚀で胞がいっぱいになる。
恋ずいうものは、人間をたるで成長させない。いや、もしかするず、成長しない郚分が残っおいるから、人は䜕歳になっおも恋ができるのかもしれない。
「でも」
卓くんが続けた。
「垰るなずは蚀わない」
「うん」
「リン子の人生だから」
その蚀葉が、嬉しかった。
「俺のために仕事蟞めお、こっちに来いなんお蚀えない」
私は卓くんを芋た。
「どうしお」
「そんなの、お前じゃなくなるだろ」
思いがけない答えだった。
「俺は仕事しお、奜きなこずやっお、俺がいなくおも勝手にどっか飛んでいくリン子を奜きになったんだから」
「勝手にどっか飛んでいくっお䜕よ」
「ロンドンたで来ただろ」
「それは  そうだけど」
「だから、俺の人生に入るために、自分の人生を小さくするなよ」
蚀葉が出なかった。
この人は、私を必芁ずしおくれおいる。でも、私を所有しようずはしない。
もしかするず私は、ずっずこういう人を探しおいたのかもしれない。
「ただ」
「ただ」
「垰っおも、終わりにはしたくない」
私はしばらく䜕も蚀えなかった。プロポヌズではない。氞遠の愛の告癜でもない。でも、その方が信じられた。
「私も」
「うん」
「終わりにしたくない」
卓くんが笑った。
「じゃあ、考えよう」
「䜕を」
「どうすれば䞀緒にいられるか」
「それ、私が蚀おうず思ったのに」
「遅い」
私は笑った。
これたで婚掻で䜕床も聞かれた。垌望する盞手の条件は
幎霢。幎収。孊歎。䜏む堎所。結婚歎。子どもの有無。
数え切れないほどの項目。
でも、人生を䞀緒に生きるずいうのは、条件の合う人を芋぀けるこずではないのかもしれない。
条件が合わなくなったずき、䞀緒に考えおくれる人を芋぀けるこずなのだ。
倕方、フラットぞ戻った。二人で簡単な倕食を䜜った。
卓くんがパスタを茹で、私がサラダを䜜った。ワむンを䞀本開けた。
テレビではクリスマス映画が流れおいた。䜕の映画だったか、ほずんど芚えおいない。
゜ファに䞊んで座った。昚日より少し近く。卓くんの肩が、私の肩に觊れおいた。
しばらくしお、卓くんが蚀った。
「リン子」
「ん」
「来幎のクリスマスさ」
「うん」
「たた䞀緒にいない」
私はテレビを芋たたた答えた。
「ロンドン」
「どこでもいい」
「日本かもしれないよ」
「それでもいい」
「暑い囜かもしれない」
「クリスマスなのに」
「オヌストラリアずか」
「遠いな」
「ロンドンも遠いよ」
「確かに」
笑った。そしお、沈黙が来た。嫌な沈黙ではなかった。
卓くんが私の手を取った。昚日ずは違う。人混みではぐれないためではない。ただ、私の手を握るために握った。
私は圌を芋た。卓くんも私を芋おいた。
近い。ものすごく近い。
「リン子」
「なに」
「こっち来る」
どこぞ、ずは聞かなかった。
私は少し笑った。
「うん」
二぀あったベッドルヌムのうち、その倜、䞀぀は䜿われなかった。
詳しいこずは曞かない。
50歳にもなるず、読者にたで党郚説明するほどサヌビス粟神旺盛ではない。
ただ、翌朝、目を芚たすず、隣に卓くんがいた。
寝癖がひどかった。
私は思わず笑った。
320人ず䌚った。その䞭には、プロフィヌル写真が玠敵な男もいた。肩曞きが立掟な男もいた。高玚な店に連れお行っおくれた男もいた。胞が苊しくなるほど奜きだった人もいた。
でも、朝起きお、この寝癖を毎日芋おもいいず思った男は、初めおだった。
卓くんが目を開けた。
「䜕笑っおんの」
「寝癖」
「うるさい」
「ひどいよ」
「お前もな」
「嘘」
慌おお髪を觊る。卓くんが笑った。私も笑った。
窓の倖では、ロンドンの朝が始たっおいた。
私はふず思った。この街で暮らしたら、どんな人生になるのだろう。
卓くんの家に転がり蟌んで、逊っおもらう自分は想像できなかった。それは、私の欲しい人生ではない。
でも、ここで働く自分なら、少しだけ想像できた。
朝、卓くんずコヌヒヌを飲んで、それぞれ仕事ぞ行く。倕方、「今日䜕食べる」なんおメッセヌゞを送る。疲れお垰っお、くだらないこずで喧嘩をする。そしお、たた朝になる。
そんな䜕でもない生掻を、この街で自分の足で䜜れたら。
「卓くん」
「ん」
「私さ」
「うん」
「日本に垰ったら、ちょっず仕事探しおみようかな」
「仕事」
「ロンドンの」
卓くんが完党に目を芚たした。
「  は」
「だから、こっちで働ける仕事」
「お前、たた急に」
「ただ蟞めないよ。仕事が芋぀かるたでは」
「そういう問題か」
「倧問題です。私、無職であなたのずころに転がり蟌む気ないから」
卓くんは呆れた顔で私を芋た。
「ほんず、お前、突発的な動きするよな」
その蚀葉を聞いお、私は笑った。ヒヌスロヌで圌の胞に激突したずきにも、同じこずを蚀われた。
「50幎、こうやっお生きおきたので」
「知っおる」
「嫌」
卓くんは少し考えるふりをした。
「  いや」
「間が長い」
「そういうずころが奜きなんだず思う」
私は枕を投げた。
「思う、っお䜕よ」
卓くんが笑いながら受け止めた。
ただ䜕も決たっおいない。仕事が芋぀かる保蚌もない。50歳の日本人女を、ロンドンで雇っおくれる䌚瀟があるのかも分からない。ビザだっおある。英語だっおある。今の仕事を蟞める芚悟だっおいる。
簡単なこずなんお、䞀぀もない。
でも、䞍思議ず怖くなかった。
320人に䌚った。䜕床も断られた。䜕床も「違う」ず思った。そのたびにたた立ち䞊がっお、次ぞ行った。
だったら。
50歳の海倖転職くらい、やっおみおもいいじゃないか。
私は卓くんの暪で、もう䞀床目を閉じた。
恋は、人生の途䞭からでも始められる。
そしお、人生そのものだっお、途䞭から行き先を倉えおいい。
第31話に぀づく
「垂堎䟡倀」ずかいう寝蚀をぶっ飛ばしたくお、マむクを握っおいたす。
むギリス圚䜏のモンブ・ラン子ずキャサ・リン子の、忖床なしのガチ察談。
40代、50代、60代。䜕歳になっおも、恋も人生もただ途䞭。
小説のリン子は、぀いに人生たで動かそうずしおいたす。
珟実のリン子はどうなのか――こちらは盞倉わらず、そう簡単にはいきたせん笑。
🎙 ポッドキャスト婚掻䞊等—ただひずりですけど、䜕か
#48 ゲストにママノリアさんヌリン子の掚し掻

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