見出し画像

自己理解とは、自分への解像度を上げること

自己理解というと、
「自分の強みを知る」とか「自分の性格を知る」とか、そんなことを思い浮かべる人も多いかもしれません。

でも最近、自己理解とは
「自分への解像度を上げること」もあると思っています。

このあいだ、デスクまわりを整理していたら、はじめて「やまと式かずたま術®」の鑑定を受けたときのメモが出てきました。

そこには、

「コーチングをやることは決めている。この方向性でいいのだと思うけれど、不自由感が否めない」

と書いてありました。

「不自由感」ってなんやねん笑。
と当時の自分に突っ込みつつ、そのことを思い出しました。

当時の私は、100万円を超える大枚をはたいてコーチングを学び、100時間の有料コーチングを経てプロコーチの資格を取得。
さらにチームコーチングも学び、

「私は、コーチングで生きていく」

と決めていました。

でも、学んでも、実践しても、資格を取っても、

「私は、本当にコーチングを使いこなせるのだろうか」
「コーチとして高みに行けるのだろうか」

という不安が消えなかった。
それを「不自由感」と表現したのだと思います。(わかりにくい…)

そんなとき、かずたまの鑑定で、自分には「1」という数があることを知りました。

「質の高いものを求めて、本物・プロフェッショナルになりたい」

そんな性質を持つ数だと聞いたとき、妙に腑に落ちたのを覚えています。

私の感じている「不自由感」は、
単なる自信のなさではなく、

「本物になりたい」

という、私のなかにある「願い」なのかもしれない。

そう思ったら、なんだかほっとしました。
だって、仕方ない笑。

誰かに認められても、自分自身が「本物だ」と思えない限り、たぶん満たされない。

だったら、この感覚をなくそうとするのではなく、
「質」を求めて研鑽するしかない。

そう思えたんです。

それまで「不自由感」としか言えなかったものが、

「自信がない」

「本物になれるのか不安」

「本物になりたい」

と、少しずつ輪郭を持って見えてきた。

これが、自分への解像度が上がるということなのかもしれません。

自己理解が深まったからといって、劇的に何かが変化するわけではありません

でも、

「なんで私はこんな風なんだろう」

と悩んでいたことが、

「ああ、私はこういうことを大切にしている人なんだ」

とわかると、

「じゃあ、この自分とどう付き合っていこうか」
「じゃあ、私はどうしたいんだろう」

と考えられるようになる。

「悩む」と「考える」は、似ているようで違います。

「なんで私はこうなんだろう」と同じところをぐるぐるするのではなく、
「私はこういう人なんだ。じゃあ、どうする?」と次に進める。

自己理解とは、自分をきれいに説明できるようになることではなく、
自分への解像度を上げて、自分の扱い方を知っていくこと。

それによって、
「悩む」から「考える」に変わっていく。

そうすることで、より健全な一歩が踏み出せるのだと思います。

いいなと思ったら応援しよう!