【作中作】「愛の果て」第一話 ~『天上の楽園』(作 :ケロンパさん)より~
この作品は、ケロンパさんの連載小説『天上の楽園』第十五話に登場する、桂木ユウタ主演映画『愛の果て』を小説として描いた作中作品です。
面白そうな設定ストーリーだったのでケロンパさんにスピンオフをおねだりしたら、逆に私が任されてしまいました。
( ゚Д゚)イイノカ……?
自分の作品を他人に任せる――しかもこんなエロエロ星人に (* ̄ii ̄)
世界観をぶち壊されてしまう危険性も十分ある中で、それでも任せてくださったケロンパさんの懐の深さには感謝しかありません (人´∀`)💞
その信頼に応えられるよう、そして『天上の楽園』の世界をさらに楽しんでいただける作品になるよう、一生懸命書きました。
ぜひ『天上の楽園』とあわせて、お楽しみいただけたら嬉しいです✨
▼原作はこちら
憎たらしいほどの快晴だった。
喪服に身を包んだ手塚詩織は、弔問客ひとりひとりに丁寧に頭を下げた。
夫・利明の葬儀。
誰もが痛ましげな顔をしていた。
けれど、視線だけが違う。
好奇心を押し殺せていない。
『旦那さん、愛人と一緒に死んだんでしょ?――知らせを聞いたとき、どう思った?』
口元をむずむずさせて今にも質問を投げそうな女。
お斎の際に酒の勢いで聞いてやろうと構えている男。
だが詩織は貝のように押し黙り、やりすごした。
本当は葬儀など執り行うつもりもなかった。
利明の両親が「どうしても」と言うのでしぶしぶ行ったのだ。
(自分を裏切っていた男なんかに……)
詩織とは別の小学校に勤務していた利明は、児童の母親と不倫していた。
それを知ったのは、事故の知らせを受けたときだ。
利明のSUVは玉突き事故に巻き込まれ、トラックに挟まれて潰れた。
即死だった。
検死報告書には、事故直前、二人が身体を重ねていた形跡が記されていた。
(まるで心中みたいに……)
詩織はギリッと唇を噛んだ。
葬儀が終わり、詩織は遺影を持って霊柩車に向かう。
地面に叩きつけたい気持ちを抑えて歩いていると――
「お母さんを返せ!!」
振り向くと、見送りの群衆の中から、十歳くらいの少女が詩織を睨んでいた。
父親らしき男が少女を窘めるが、彼女は憎悪に燃える目を詩織に向け続けている。
あのとき、遺体確認の場にいた少女だ。
(愛人の――子供)
気づいた途端、詩織の眦も自然と吊り上がる。
父親が少女の手を引いた。
彼女は引きずられながら
「お母さんを返してよ!」
もう一度叫んで、この場から連れ出された。
胸の奥で怒りが渦を巻く。
(なんで私があんなこと言われなくちゃいけないのよ)
(夫を奪ったのは、アンタの母親の方でしょう?)
腑に落ちない、むしゃくしゃした気持ちは、火葬場の黒煙を見つめても解消されなかった。
遺骨は義両親に任せ、お斎も途中で退席した。
家に帰り、静まり返ったリビングで立ち尽くす。
窓際に置いた、夫婦ふたりの写真の数々。
結婚式の記念写真を中心に、独身時代からのデートのひとコマひとコマが、それぞれ綺麗なフォトフレームに入って飾られている。
詩織は歩み寄り――左腕を振りぬいた。
フォトフレームが一斉に音を立てて床に落ち、ガラスが割れる。
足元に、笑顔の二人が散らばった。
「うあああああっ!!!」
慟哭か咆哮か――自分でも分からない声を上げた。
詩織は手近なものを拾って投げ飛ばし、踏みつけ、露出した写真を破り捨てる。
気づくと肩で息をしていた。動きが止まる。
そしてふと、窓ガラスを見る。
そこに映っていたのは、――修羅だった。
*
「なんでよっ!入れてよ!!」
繁華街のホストクラブ「EDEN (エデン)」の入り口で、若い女が喚き散らしていた。
「颯斗、いるんでしょ!? 出せよ!」
数日前に出禁になった女は、執拗に元担当ホストの颯斗を要求した。
内勤や若手のヘルプホストに食って掛かり、困らせていた。
他の姫の相手をしていた颯斗は店長の仁に呼ばれ、一緒に入り口にやってきた。
「何しに来たんだよ」
女を見やる颯斗の目は、氷のように冷たかった。
颯斗ぉ~、と猫なで声で近づく女を、仁が間に入ってブロックした。
「こないだ店に大迷惑かけて出禁になったよな。
営業妨害だ。警察呼ぶぞ」
「二度とくんじゃねぇよ」
忌々し気に吐き捨てる颯斗に、女は涙目で懇願する。
「もうしないから!入れてよ!」
地団太を踏む女を、颯斗は蔑むように見る。
「入れねーよ。帰れ」
「なんでよ。あたし、あんなにお金使ったじゃない。
今日だって百万持ってきたんだよ」
颯斗はわずかに身を寄せ、女の耳元で囁いた。
「その程度で?」
女が息をのむ。
颯斗は口元だけ笑った。
「俺を独占したいなら、桁が一つ足りねぇよ」
女は目を見開いた。
嘲笑する声が続く。
「……もっとも、アンタじゃ一生無理だけど」
女はわなわなと震え、わっと泣きだした。
「絶対後悔するから!!」
捨て台詞を残し、仁に連れられて店を出て行った。
颯斗はその背を見ながらフンと鼻を鳴らし、元の卓に戻った。
「お待たせ――詩織さん」
満面の笑みで隣に座る颯斗を見ながら、詩織は水割りのグラスを傾けた。
「よくあるの?ああいうの」
今のいざこざは、入り口に近いこの卓ではよく聞こえていた。
「滅多にないよ。――怖くなっちゃった?ホストクラブが」
「別に」
ああいう、駄々をこねる児童は嫌というほど見てきている。
「クールでかっこいい。
落ち着いている女性って、一緒にいて居心地がいいな」
颯斗はさっきまでとは別人のような笑みを浮かべた。
「あ、水割り飲み切っちゃったね。次、作ろうか」
トングを手に、アイスペールから氷を取ろうとすると――
「いらない。シャンパンを入れて」
初回の客で、来店してからまだ三十分。
いきなりシャンパンを入れるのは稀だった。
「初回でシャンパンなんて珍しいな」
「お金ならあるわよ」
むしろ早く使い切ってしまいたい。
銀行口座に入った利明の保険金――一億二千万。
この数字を見たとき、なぜか無性に腹が立った。
(あぶく銭)
見下した気持ちで思う。
(アンタたちの関係も、あぶくみたいなもんよ)
夫と、彼と一緒に死んだ見知らぬ女のシルエットを頭に浮かべて悪態をついた。
(なのに、まるで真実の愛のために心中しました、みたいに死んで……)
自分でも、どういう理屈か説明できない。
だけど――
(アンタたちの関係も、死も、意義のあるものだと思わない)
(全部、死に金にしてやる)
一億二千万を、価値のない金に変える場所。
それで選んだのが、「EDEN」だった。
詩織はバッグの底から、帯封紙で束ねた札束を無造作に置いた。
「これで好きに飲んで」
颯斗も、ヘルプについていた若手も呆気にとられた。
しかしすぐに気を取り直し、
「今日は初回だし、また来てほしいから一番安いヤツでいこ?」
初回の姫には、ホストは入れ替わり立ち替わり挨拶に伺う。
まだ全員と顔合わせをしていない。
(シャンパン入れてくれたのが俺のときでラッキーだけど、無駄に恨まれたくないしな)
五万円以下ならシャンパンコールはない。
詩織を太客と見た颯斗は、連絡先を交換した。
(絶対、指名とってやる)
ただ、気になることはあった。
届いたシャンパンを飲みながら思う。
(この人、ちっとも楽しそうじゃないんだよな)
物思いに沈んだ雰囲気で、トークを振ってもイマイチ盛り上がらない。
かと言って聞き専というわけでもなく――
闇雲に金を使いたがっているように見えた。
(……まあ、事情なんかどうでもいいか)
やりづらい相手でも、金が手に入るなら。
――まずは“送り”か“飲み直し”で指名されるか。
自分を印象付けるために、颯斗は話題を変え、笑わせ、褒め、さりげなく距離を縮める。
そして詩織は、颯斗のギラついた欲望を見抜いていた。
(面倒くさいし、この人でいいか)
保険金を使い切るまでの遊びだ。
見た目もいいし、自分が来なくなっても指名客に困ることはないだろう。
初回の制限時間になり詩織が選んだのは――颯斗を担当に指名した“飲み直し”だった。
「ありがとうございます」
颯斗は心の中でガッツポーズを取った。
売れっ子ホストとしての勘が告げていた。
――この客は、大きい。
時間延長の“飲み直し”が終わり帰宅した詩織は、バッグをソファにぽんと投げ、倒れるようにカウチに寝そべった。
「つっかれた……」
大きくため息をつく。
ホストクラブで一気に使ってしまおうと思ったが、百万もかからなかった。
(現実はこんなもんなの?)
バッグにはまだ札束が四つ残っていた。
――五百万も軍資金用意したのに。
あてが外れて脱力した。
だけど、担当に指名したホスト――颯斗には期待できる。
今日はセーブさせていたけれど、売上至上主義には間違いない。
次回からは遠慮なく金を使わせるだろう。
ククッと歪んだ笑みを浮かべ、詩織は粉々にしたフォトフレームに目を向ける。
まだ床に散らばったまま。
片付ける気はまったくない。
「どんな気持ち?」
そこに利明がいるかのように話しかける。
「アンタとあの女の死なんて、ホストの小遣い程度でしかない」
堪えきれず吹き出した。
「それもアイツ、絶対無駄遣いしかしないタイプ」
笑いはすぐ止まると思った。
だが止まらない。
「あははっ……!」
肩を震わせ、腹を抱える。
「アンタらの愛の果てなんて、湯水みたいな浪費で消え失せてんの! ばかみたい! あははははっ!!」
ひとしきり笑った後、スマホにチャットメッセージが届いた。
颯斗からだった。
『こんばんは!無事に家に着きましたか?
今日は来てくれてありがとう。すごく楽しかった』
詩織は時計を見た。
――午前一時半。
「ホストがマメってほんとなんだ」
必死さが可笑しくて、また笑いがこみ上げる。
(明日もまた行こう)
返信は明日送ることにし、詩織は風呂場に向かった。
月明かりとスマホの明かりだけが、薄暗い部屋を照らしていた。
颯斗はベッドの上で胡坐をかき、画面を睨んでいた。
(既読スルーかよ……)
今日来店した姫たちに一通りの営業メッセージを送ったが――
既読なのに返信してこないのは詩織だけだった。
(向こうもゲーム仕掛けて来たか?)
仕事を聞いても「昼職」の一言で、まともに答えなかったし……
印象付けようとした自分のほうが、気づけば、彼女のことばかり考えていた。
(おいおい、どうしたんだよ俺?)
舌打ちしたい気分になった、そのとき――
「ね~。一回で終わりぃ?」
隣でうつ伏せに寝転がっている女――メイが甘ったるい声で誘って来た。
さっきまでの熱の余韻を残した顔だった。
「んー。今日はもういいかな。ムラムラ発散できたし」
「もー。自分だけズルーーい」
二の腕を軽くぶつメイに、颯斗は楽し気な笑い声を上げる。
「だってキリないじゃん。
それに俺バレたらクビだし。早く退散しないと」
「えー。今さらじゃない? もう半年以上バレてないし、大丈夫だよ」
「でもリスクは減らしときたいしな。今日はもう帰るよ」
ベッドから降りようとしたが――
「ねえ」
メイに腕を掴まれた。
「本当にもう帰るの?」
「帰る」
「ふーん……」
指先で颯斗の胸をなぞる。
「冷たい態度とられると、うっかりお口が滑っちゃいそうだなあ~」
颯斗の表情がわずかに固まる。
「店に知られたら、面白いことになるよね?」
妖艶に嗤うメイを見て、颯斗は眉を寄せた。
「おい~。お前は口が固いと思ったから、この関係続けてんだぜ。
俺の信頼、裏切んなよ」
「おざなりに、たった一回で済ませる颯斗が悪いんじゃん。
ずっとスマホばっか見てるしさ」
メイが頑固そうに睨む。
颯斗はため息をついた。
「……もう一回だけだからな」
そう言って、横たわるメイの身体に被さった。
▼第二話以降、こちらのマガジンにてお楽しみください
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