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海の図曞通【1】

あらすじ
 䞖界には二぀の図曞通があった――
 ひず぀は、あらゆる叡智を集め、海䞊にそびえ立぀「海の䞊の図曞通」
 か぀お隆盛を誇ったその堎所には、今や人の姿はなく、たった䞀矜のりミネコが孀独な叞曞ずしお曞架を守り続けおいる。
 もうひず぀は、深海にひっそりず存圚する「海の底の図曞通」
 そこでは、生たれる前の曞物が、深海の静寂ず悠久の時の流れに育たれ、成熟の時を埅っおいた。通長の流浪ず叞曞の月倜は、挂う者・火喰ずの間に生たれた嚘、花音ず共に、この図曞通を守っおいた。
 花音は、神秘的な海の䜓隓をきっかけに「海の神」の存圚に惹かれ、やがお叡智ず生呜の意味を求めお旅立぀。
 人が消えた図曞通に秘められた謎ずは䜕か。
 叡智ずは、生呜ずは、そしお蚘憶ずは䜕か――
 時空を亀差しお響き合う二぀の図曞通の物語が、静かにその答えを探し始める。


海の図曞通

パステル・カンナ



プロロヌグ

「叀代図曞通 ロマンがあるじゃないか」蚘者の胞は躍った。
 海図にも茉っおいない絶海の孀島に、偶然通りかかった海掋調査船が、叀代文明の痕跡を発芋した。今回の調査船には蚘者が同行し、珟地の様子を取材する。
 島に向かう船宀の䞭で、発掘隊長の考叀孊博士にむンタビュヌが始たった。
「今回の遺跡が図曞通であるず、䜕故わかったのですか」
 博士は、浅黒い肌に黒髪の癖毛、深緑色の瞳に真摯な光を湛えた、蚘者よりも若そうな男だった。
「叞曞の日蚘が、芋぀かったのです」
 叞曞の日蚘――その響きに、蚘者の胞が高鳎る。
「叀代人にも叞曞がいたのですね」
「それが、人ではなく、りミネコなのです」
 蚘者は博士の蚀葉がすぐには吞み蟌めなかった。
「りミネコ――ずいうず」
「絶滅した鳥ですよ。海岞に棲む海鳥でした。だから、なぜこのような倧海の真ん䞭にいたのかは、わかりたせん」
 蚘者は、その前になぜ鳥が、ずいう質問をしかけお止めた。博士の深緑色の瞳は、もう、そのこずを受け入れおいるようだった。
「芋えおきたしたよ」甲板に䞊がった。
 緑に芆われたな島が、近づいおきおいる。蚘者の目には、遥かな時を超えお、叀代図曞通が浮かび䞊がっお芋えた。その䞀宀では、叞曞のりミネが、ひずり静かに日蚘をしたためおいた。

第䞀郚 海の底の図曞通

りミネコの日蚘
 ただ䞀人ずなっお、私は考える。
 人が積み重ねおきた叡智ずは䜕だったのだろうか。
 残された私は、もう人ではなく、ただのりミネコにすぎない。
 それでも、この図曞通では蚀葉が息づき、
 蚘憶が波のように広がっおいる。
 か぀おの人々の、知ぞの枇望は亡霊ずなり、
 いたも曞架の間を圷埚い続けおいる  


 宿呜の系譜

 生たれる前の本は、柔らかく、静かに呌吞しおいる。海の底で――

 深海――そこは、倪陜の光も届かない、真の暗闇が支配する䞖界。時折、行き過ぎる生き物たちは、自ら攟぀埮かな光を揺らめかせおいる。
 そんな深海の、誰にも知られおいない堎所に、仄かな灯りを纏っおいる䞀角があった。芋枡す限り立ち䞊ぶ曞架の䞭に、曞物が眠る――海の底の図曞通である。

「これ、読んでもいい」
 幌い花音が、ただ柔らかい本を抱えお、母の月倜を芋䞊げた。無垢な瞳には、奜奇心が溢れおいる。
 背の高い月倜は、螏み台も䜿甚せずに曞架の最䞊段を点怜しおいた。
「ただ敎っおいない本に觊っおはいけないず、䜕床蚀ったかしら。きちんず元の堎所に戻しおおきなさい」圌女は、切れ長の目を曞架に向けたたた冷ややかに答えた。
「  はい、母さた」
 花音は肩を萜ずし、本を抱きなおすず、小さな背䞭を向けお去っおいった。
 その様子を、曞架の圱から芋おいる者がいた。浮遊する゚チれンクラゲに腰掛け、ゆらりず姿を珟した小柄な老人――通長の流浪だった。
「そろそろ花音も、自由にさせおやれ。あの子もいずれ、ここの叞曞になるのだから」圌は目尻に皺を寄せお埮笑みながら蚀った。
「父さた、花音に本を觊らせるのは、ただ早いのです。私は、この図曞通にあるすべおの曞物を“向こう偎”に送り届けるたで、守らなければなりたせん」
 月倜は敎然ず䞊ぶ曞架の矀れを芋枡した。冷培な瞳の奥には、埮かな陶酔が宿っおいた。
 流浪は声を䞊げお笑った。
「月倜、お前が花音くらいの頃には、もうこの図曞通を我が物顔で歩いおいたものだぞ」
 月倜は父に鋭い芖線を向けた。
「私があの子くらいの頃には、もう分類番号もすべお芚えおいたした。あの子はただ、䜕もわかっおいないのです」
 そう蚀うず曞架に向き盎り、䜜業に戻った。
 ゚チれンクラゲは向きを倉え、流浪を乗せお静かに離れおいった。

 海の底の図曞通では、生たれる前の曞物が、曞架の䞭で成熟たでの時を静かに過ごしおいる。穏やかな海の底に沈殿し、ずきに攪拌される悠久の時の滋逊が、曞物たちを育おおいた。
 本は、最初はただ柔らかく、圢も定たらない。曞架に守られながら熟成を経お、やがお文字が珟れ、衚玙、背衚玙ず、曞物の圢が敎う。本は敎わずに途䞭で消えるこずもあれば、たた珟れるこずもある。時が満ちお本が敎うず、叞曞の月倜がそれを“向こう偎”ぞず送るのだ。
 この図曞通を守っおいるのは、月倜ず、圌女を父芪代わりずなっお育おた通長の流浪である。月倜には嚘がいる。名は花音。父の名は火喰――もう、この図曞通にはいない。圌は挂う者であり、ひず぀の堎所に留たるこずができないからである。

 通長の流浪も、か぀おは火喰のような挂う者だった。己が䜕者なのかも知らず、ただ海流に身を任せ、長い時をさたよっおいた。
 ある時、海底を埋め尜くす曞架の矀れをみ぀けた。これたでに曞架はおろか本ずいうものの存圚すら知らなかったのに、そこが海の底の図曞通―― 叡智の蔵――であるこずを即座に芋抜いた。ここに来るこずが圌の宿呜だったからである。
 曞架の間を巡るうちに、流浪はここで己が為すべきこずを思い出した。か぀お図曞通にその生を捧げおいた蚘憶がよみがえったのだ。
 そこにある本はみな、生きおいるようだった。柔らかな若い本、敎い始めおいる本、みな静かに眠っおいた。
 圌は海の底の図曞通に留たり、通長ずしお生きるこずを遞んだ。

 図曞通の䞭倮には、小さな机が眮かれた空間がある。その机は、ここから生み出される曞物を”向こう偎”――海の䞊の図曞通――ぞ送るための儀匏に䜿う、授け台である。
 流浪は、成熟し、敎った本を授け台に乗せるず、巊手を重ねお送り蚀葉を唱えた。

 掛けたくも畏き海の倧神よ
 今ここに守人の身を以お
 人の䞖に光をもたらす叡智を
 朮の道より枡らせ運び絊いお
 匥栄の道を開かんず願い奉る


 するず、本は静かに授け台に沈み、消えた。

 ある時、い぀ものように本を送ろうず授け台に来おみるず、倩板の䞊に籐の籠が眮かれおいた。䞭には、赀子が眠っおいる。
「なぜ、ここに――」
 流浪はおずおずず手を䌞ばし、柔らかそうな頬に觊れた。赀子は切れ長の目を静かに開き、意思の宿る県差しで流浪を芋぀め返した。
 赀子は月倜ず名付けられた。流浪は月倜を育お、叞曞ずしお教育した。それが己の䜿呜であり、存圚意矩であるず心埗おいた。 
 月倜は、ただ幌い頃から図曞通の仕事を芚えた。
「月倜、分類番号の詊隓だ。芞術は」
「」月倜は即答した。
「自然科孊は」
「」
「ではは」
 月倜の目が茝いた。「もちろん哲孊です、父さた」
 うっずりず歌うように答えた。流浪は埮笑んだ。
「そう、哲孊こそが叡智にずっお最も倧切なもの。だからなのだ」
 月倜は分類番号の曞架から、恭しく䞀冊の本を取り出した。それは、今たさに敎ったばかりだった。
「父さた、この本を私が向こう偎に送っおもいいですか」
「ああ。やっおみなさい」
 本の背には仮の分類番号の札が貌られおおり、その番号に察応する”向こう偎”の曞架ぞず本が運ばれる仕組みになっおいる。
 月倜は授け台に本を茉せるず、巊手を重ねお、流浪から習った送り蚀葉を唱えた。

 掛けたくも畏き海の倧神よ
 今ここに守人の身を以お
 人の䞖に光をもたらす叡智を
 朮の道より枡らせ運び絊いお
 匥栄の道を開かんず願い奉る


 月倜は、掌を通しお本が自ら意思を埗るのを感じ取った。本は授け台に沈み蟌み、圌女の巊手を宙に残したたた倩板に吞い蟌たれお消えた。
 月倜は、しばらく授け台を芋おいたが、手を匕蟌めお流浪に問いかけた。
「向こう偎には――䜕があるのですか」
 流浪の柔らかな県差しが、埮かに揺らいだ。
「――人の䞖界だ」流浪は皺の倚い手を䌞ばすず、授け台の倩板を撫でながら蚀った。
「父さたは、人の䞖界を芋たこずがありたすか」
 流浪は瞌を閉じ、動かなくなった。
 月倜は返事を埅ったが、い぀たでも返っおこなかった。どうやら圌は、そのたた眠っおしたったらしい。
 倧きな゚チれンクラゲがどこからずもなく珟れるず、流浪の身䜓をすくい䞊げお傘に乗せ、静かに運んでいった。月倜はその埌ろ姿を芋぀めながら、䞍思議なこずに気が぀いた。芋たこずのないはずの人の䞖界が、圌女の蚘憶の奥底で埮かに息づいおいたのだ。


話ぞ
党10話


目次党話リンク

プロロヌグ
第䞀郚 海の底の図曞通
話 宿呜の系譜
話 挂う者
話 クゞラの歌
話 無知の知
第二郚 海の䞊の図曞通
話 繋ぐ者 
話 蚘憶の断片
話 垌望の遺跡
話 滅びの鎖
第䞉郚 分類の倖ぞ還る
話 海の神
10話 枟沌に還る
゚ピロヌグ

いいなず思ったら応揎しよう