絶望の中でも、笑うことをやめなかった父――『ライフ・イズ・ビューティフル』が教えてくれたこと
「人生は、美しい」
けれど、本当に何もかも奪われたときにも、人は「人生は美しい」と言えるのでしょうか?
映画『ライフ・イズ・ビューティフル』は、その問いを私たちに投げかけてくる作品です。
1997年にロベルト・ベニーニが監督・主演したこの映画は、ユダヤ系イタリア人のグイドと、妻ドーラ、息子ジョズエの家族を描いた物語です。前半では、グイドのユーモアと想像力に満ちた恋愛と家族の幸福が描かれます。しかし、やがて一家はナチスによって収容所へ送られることになります。
そこから、この映画は大きく姿を変えます。
絶望の中で、グイドは笑った
収容所という、命さえ保障されない場所。
大人でさえ恐怖に押しつぶされてしまうような状況の中で、グイドが一番に考えたのは、幼い息子ジョズエのことでした。
ジョズエに、この場所の本当の恐ろしさを知らせたくない。
だからグイドは、とんでもない嘘をつきます。
「これはゲームなんだ」
みんなが参加しているゲームで、一番点数を集めた人には戦車がもらえる。
収容所で起きる出来事を、グイドは息子にそう説明します。
もちろん、グイド自身は現実を知っています。
怖くないわけではありません。
それでも、息子の前では笑い続け、
時には、おどけてみせる。
その姿を見ていると、「笑う」ということの意味が少し違って見えてきます。
笑いは、現実を消すためではない
グイドは、笑えばすべてが解決すると考えていたわけではありません。
目の前にある恐ろしい現実を、笑いによって消すこともできません。
それでも彼は笑いました。
なぜなら、
自分の心まで、絶望に明け渡さないためです。
そして何より、息子の心を守るためです。
もしグイドに銃があったなら、息子を守るために戦ったでしょう。
もし軍隊を持っていたなら、敵と戦ったかもしれません。
けれど、彼が持っていたのは「想像力」と「ユーモア」でした。
だから、それを武器にした。
映画評論家ロジャー・エバートも、この作品について、グイドにとってコメディは「武器」のようなものだったと評しています。極限状態の中でも人間が希望を守ろうとする姿を描いたものだ、と読み解いています。
「希望を持つ」とは、現実を見ないことではない
つらいことがあったとき、
「もっとポジティブに考えよう」と思います。
でも、本当に苦しいときに、無理やり前向きになろうとするのは簡単ではありません。
悲しいときは悲しいし、怖いときは怖い。
絶望することもある。けれども
絶望的な状況を知りながら、それでも息子の前では希望を選び続けたこと、そこに彼の強さがあるのです。
希望とは、「きっと大丈夫」と現実から目を背けることではない。
「大丈夫ではないかもしれない。それでも、今日を生きる」
そう決めることなのかもしれません。
人生には、自分では選べないことがある
私たちの人生にも、自分の力ではどうにもならないことがあります。
突然の別れ。
病気。
仕事の失敗。
人間関係の苦しさ。
思い描いていた人生との違い。
「どうして自分だけが」
そう思ってしまうこともあります。
人生は、いつも自分の思い通りになるわけではありません。
けれど、そんなときにも一つだけ、自分で選べるものがあります。
目の前の出来事に、どう向き合うか。
悲しみながらでもいい。
ほんの少しだけ笑ってみる。
誰かを笑わせる。
自分のために小さな楽しみをつくる。
「笑える自分」を取り戻す
大人になると、いつの間にか笑うことが減っていきます。
失敗しないように。
嫌われないように。
周りに迷惑をかけないように。
そんなことを考えているうちに、人生から「遊び」がなくなってしまう。
でも、グイドを見ていると、
人生には、どんな状況でも「笑える余白」を残しておくことが大切なのだと思わされます。
笑いは、問題を解決してくれる魔法ではありません。
けれど、
苦しみに心を全部占領されないための、小さな隙間
にはなってくれる。
その隙間から、もう一度希望が入ってくることがあるのです。
人生は、美しいことばかりではない
この映画のタイトルは、
『ライフ・イズ・ビューティフル』
――「人生は美しい」。
けれど、映画を観終わったあとに感じるのは、
「人生はいつでも美しい」
という単純なメッセージではありません。
むしろ、
美しくない現実の中でも、美しいものを見つけようとする人間の心こそが美しい
ということなのではないでしょうか。
グイドが守ろうとしたのは、息子の命だけではありません。
息子の中にある、
「世界はまだ怖いだけの場所ではない」
という感覚だったのかもしれません。
だから最後まで、笑わせようとした。希望を手放さなかった。
明日を生きるために、今日を少し笑ってみる
私たちはグイドのような極限状態に置かれることはないかもしれません。
それでも、人生には「もう無理かもしれない」と思う瞬間があります。
くだらないことで笑って。
誰かと話して。
そして、もう一度だけ前を向いてみる。
それで十分なのだと思います。
人生は、いつも美しいわけではありません。
悲しい日もあります。
何をしてもうまくいかない日もあります。
それでも、その中に小さな笑いを見つけることはできる。
小さな希望を守ることもできる。
『ライフ・イズ・ビューティフル』が教えてくれるのは、
「どんなときも笑っていよう」ということではなく、
「どんなときにも、笑える心を手放さないでいよう」
ということなのかもしれません。
人生が美しいから笑うのではない。
笑おうとする心があるから、人生の中に美しいものを見つけられる。
そんなふうに、この映画は私たちに静かに語りかけているように思います。
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