東京はいい街だよ。だって、変な人ばかりなんだもん。20年の隣人列伝。
上京してかれこれ20年、7回ほど引っ越しを体験しているが、「隣人トレーディングカードバトル」があったとすれば、手持ちカードはすべてSSR。圧勝できる自信がある。なぜなら、「普通の人」が皆無だったからだ。
東京はいい街だよ。だって、変な人ばかりなんだもん。春に向けて、隣人列伝を記しておきたい。
隣人列伝その①:黒くてかわいい奴らとビヨンセ
18歳の春、大学入学を機に、23区ではなく、とある「市」の片隅に建つ家賃4万円のコーポで一人暮らしを始めた。都か区か市か。TOKAKUKA・・・東京の「市」は、田舎から出てきた人にも優しい、自然がまだまだ残っている場所だ。野生の狸やイタチも珍しくはない。
そんな「市」の片隅で、私の生活の隣にいたのは、人ではなく蟻だった。どこからともなく入り込んできた彼らは、朝起きると腕にいて、気づけば部屋の中に常に10匹は生息していた。悪さをするわけでもないお行儀の良い彼らに愛着が湧いてきて、春が来るたびに「小柄な子は赤ちゃん蟻かな」なんて、新メンバーの訪れを喜ぶほどになっていた。
ただ、それより厄介だったのは人間の隣人で、AM6:45、とにかく爆音のビヨンセの「Listen」で目覚めるのだ。数ある名曲の中で「Listen」を選んでいるあたり、おそらく相当な『ドリームガールズ』ファンなのだろう。知らない誰かの日常が容赦なく入り込んでくる、東京の洗礼を浴びた。
隣人列伝②:蟻よりも怖い「操り人形」
①と同じコーポの話だ。ある日、下の階から謎の発声が聞こえてきた。
「あめんぼあかいな あいうえお」
「マーマーマーマー」
ひとりではない。3人、いや4人いる。床に耳をつけて確信した。
当時の私は、それを「俳優志望の若者たち」だと思っていた。友達と集まって発声練習をしているのだと。「オーディションかな...?がんばれ!」と、AM5:00の発声にエールを送っていた。ビヨンセよりも早い時間帯なのがポイントだ。
数ヶ月後、バイト先のコンビニで、先輩からある夫婦の話を聞いた。毎日20時頃にやってくる夫婦で、「操り人形劇団」を営んでいるらしい。地元の小学生なら誰もが親しんできた劇団らしいのだが、10年以上まったく見た目が変わらないことから、その街の「七不思議」と呼ばれているという。
先輩は言った。「その夫婦が来たら、絶対に“口元”を見てね!」
その夜、私のレジに並んだ夫婦の口元には、くっきりとしたマリオネットラインがあった。お釣りや商品の袋を受け取り、「ありがとう」と言うたびに、口の動きが0.5秒ほど遅れていた。
帰宅して自転車小屋にマイバイクをしまっていると、なんと、私の部屋の下の階の玄関が開き、灯りがついた。発声練習の若者たちが、珍しくもう帰ってきている。どんな子たちなのだろう、と胸が高鳴った。
しかし、そこにいたのは、街の「七不思議」、
あの夫婦だった。
あれ、4人いたと思ったあの声は。
夫婦と、あと2人いる...ってコト?
怖。
それから4年間、そのコーポには住んだが、彼らと顔を合わせないよう、こそこそと暮らしたのは言うまでもない。自力で動ける蟻よりも、操られる人形のほうが、よほど怖かったからだ。
隣人列伝③:ウクレレ看護師
20代後半で住んだ、とある「区」の家の隣人は看護師だった。夜になるとベランダでウクレレを片手に、「ウイスキーはお好きでしょ」を歌う人だった。
ある日、私は泥酔して帰宅した。とても嫌なことがあったのだ。11階の外通路から、隣のビルに向かってメガネをえいっと放り投げてしまった。その直後、「もし、隣のビルで投身自殺があったらメガネの指紋で容疑者になるに違いない」と青ざめ、家のドアの前でさめざめと泣いていた。
そのとき、隣のドアから声がした。「大丈夫?」
見上げると、あの看護師だった。
説教もないし、強い励ましもない。少し話して、
「寒いから中入りなよ。うちに来てもいいですよ」
と言われただけだった。さすがにそれは遠慮したが、それだけなのに、ちゃんと救われた感じがした。
それからというもの、彼女の「ウイスキーはお好きでしょ」が聞こえるたびに、その夜のことを思い出して、あたたかい気持ちになっていた。
”踏み込みすぎない”という種類の優しさがこの世にはあるのだということを、初めて知った。
隣人列伝④:現在/変な隣人フォーエバー
今の家の隣人も、やはり普通じゃない。引っ越しの挨拶に行ったら、ベランダから身を乗り出し、手作りのボードで家族紹介をするおばさん。窓を開けてニンニクを刻む人。夜中に玄関先で泣くおじさん。朝5時にゴミのルールを教えにくる老婆。
正直、最初は「またか」と思った。でも今は、少し見方が違う。
「変な隣人」というより、既定路線の「隣人」から少しはみ出している人たちなんだと思う。もしかしたら、私もそうなのかもしれない。
上京したばかりの頃、私は「普通の人」に囲まれたかった。でも実際に出会ったのは、少しずつ普通じゃない人たちだった。
蟻と暮らし、ビヨンセで起き、操り人形に怯え、知らない人の歌声に救われ、今もまた変な人の隣で暮らしている。
東京は、人が多い街じゃない。ちゃんと「変な他人」がたくさんいる街だ。
だから、いい。とても息がしやすい。
少なくとも、「普通」でいることに気を張らなくていい。
私は田舎に帰りたいなんて言わない。
変な他人がたくさんいるこの東京で、元野良猫たちと寄せ集まって暮らすこの生活が好きだ。
このまま、誰かの「SSR隣人」として活躍できるように、こっそり、ひっそり、しっかりと東京で歳をとりたい。
(※)「TOKAKUKA」ロバート秋山
東京の「都」か「区」か「市」か問題をかっこよく教えてくれる名曲。上京の予習に使えるよ!(多分)
