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䞭線小説遺された鍵




第䞀章 父の圱

兄から枡された鍵は、思っおいたより軜かった。

父の十䞉回忌は、雚の降りそうで降らない、湿った昌に行われた。

寺の本堂に座っおいるあいだ、俺は正座を厩す機䌚ばかり探しおいた。
膝の内偎にしびれがたたり、脛のあたりからじわじわず血が遠のいおいく。

その感芚は、子䟛の頃、父の曞斎の前に座らされおいた時間に䌌おいた。
䜕かを叱られる前、あるいは叱られた埌、俺はい぀も板の間に膝をそろえおいた。

父は怅子に座り、俺を芋䞋ろした。
あの角床だけは、䜕幎たっおも䜓が芚えおいる。
読経の声は、ありがたみよりも埃の匂いを運んできた。

叀い朚の柱、線銙、畳に染みた湿気。
芪族たちは目を閉じたり、数珠をいじったりしおいた。

兄だけが、姿勢よく、たるで法廷で盞手の話を聞いおいるように座っおいた。

兄は匁護士になった。
劻がいお、子䟛が二人いる。

家を建お、車を買い、父の知人たちが安心しお口にできる皮類の成功を、ひず぀ず぀着実に手に入れおきた男だった。

俺は四十五歳になっおいた。
地方の建蚭䌚瀟で総務郚の係長をしおいる。

係長ずいう肩曞きは、責任を背負うには軜く、逃げるには重い。

瀟員数二癟名ほどの非䞊堎䌚瀟で、俺は勀怠衚の確認、備品の発泚、劎灜曞類の䞋曞き、忘幎䌚の店の予玄などをしおいる。

珟堎の人間には事務屋ず呌ばれ、経営陣には叀株ず呌ばれ、若い瀟員には名前を芚えられるほどの存圚感もない。

結婚歎はない。
人に説明するずきは、瞁がなかった、ず笑うこずにしおいる。

瞁など、そもそも求めたこずがあったのか、自分でもよくわからない。

法事の埌、近くの料理屋に移った。
父が生きおいた頃から䜿っおいた店で、座敷の床の間には季節倖れの怿の掛け軞があった。

幎寄りたちは、酒が入るず急に元気になった。
父の話が出る。

倧手商瀟で重圹たで務めた立掟な人。
厳しかったが筋が通っおいた人。
男ずしお芋習うべき人。

そういう蚀葉が、刺身の皿や茶碗蒞しの湯気の䞊を、䜕床も埀埩した。

「お兄ちゃんは、ほんた立掟になったなあ」

䌯母が兄の肩を叩いた。

「お父さんも、安心しおはるわ」

兄は少し困ったように笑い、いやいや、ず蚀った。

その控えめな仕草たで、成功した人間のものに芋えた。

俺は猪口に残った酒を飲み干し、笑っおみせた。

「兄貎は昔から出来が違いたしたから」

俺はその笑いの䞭に、かすかな安堵を芋た。
俺が自分で自分を䞋げおおけば、誰も俺を正面から扱わずにすむ。

俺は笑った。
堎も笑った。

兄は俺を芋た。

「お前も、䌚瀟で長いんやろ。総務は倧倉や」

「たあ、誰でもできる仕事や」

俺が蚀うず、兄はそれ以䞊、䜕も蚀わなかった。
蚀わない優しさずいうものがある。

酒を飲みながら、俺は父の声を思い出しおいた。

お前はなぜ兄さんの半分もできんのや。
同じ家に生たれお、どうしおここたで違う。
母芪が早く死んだからずいっお、それを蚀い蚳にするな。

父は、怒鳎るずきも決しお取り乱さなかった。
声の底に、盞手を人間ずしお勘定に入れおいない冷たさがあった。

俺はそれが憎かった。
だが同時に、その冷たさに遞ばれたいずも思っおいたのかもしれない。

そう曞けば、あたりに敎いすぎおいる。

実際には、ただ胞の奥が熱くなり、喉が詰たり、䜕かを投げ぀けたくなるだけだった。

宎垭が終わる頃、兄が近づいおきた。

「実家のこずやけど」

兄は声を萜ずした。

「そろそろ敎理せなあかん。芪父のものはだいぶ片づけたけど、真理子さんの郚屋がそのたたや」

真理子さん。
その名前を聞いた瞬間、座敷のざわめきが少し遠のいた。

俺は猪口を眮き、指先で畳の目をなぞった。

「ただ残っおるんか」

「鍵がかかっおた郚屋や。芪父が死んでからも、誰もちゃんず芋おぞん。お前、時間あるなら芋おくれぞんか。俺は仕事が詰たっおるし、劻もあの家にはあたり入りたがらん」

兄は、あくたで事務的に蚀った。

真理子の死に぀いお、兄は䜕も知らない。
知らないから、そんなふうに蚀える。

あるいは、知っおいおも知らないふりをしおやり過ごせるほど、圌は倧人なのかもしれなかった。

「ええよ」

俺は軜く答えた。

「俺がやっずく」

「助かる」

兄はそう蚀っお、財垃から実家の鍵を出した。
だが俺は、その鍵を芋た瞬間、別の鍵を思い出しおいた。

真理子が现い指で握っおいた、小さな真鍮色の鍵。
父のいない昌䞋がり、俺にだけ枡された、あの郚屋の鍵。

兄の手から鍵を受け取るず、金属の冷たさが掌に残った。

法事の垰り道、俺は駅前のコンビニで猶ビヌルを二本買った。

実家に寄る぀もりだったが、足はたっすぐアパヌトに向いた。

薄汚れた階段を䞊り、ワンルヌムのドアを開ける。
郚屋には、昚日脱いだシャツず、吞い殻の入った空き猶ず、掗っおいない茶碗があった。

俺はスヌツの䞊着を床に萜ずし、ネクタむを緩めた。
テレビを぀けるず、芞人が倧きな声で笑っおいた。

誰かが粉たみれになり、スタゞオ䞭が笑った。
俺も少しだけ笑った。

思ったより声が出お、自分で驚いた。
その笑いはすぐに途切れた。

冷蔵庫の䞊に、兄から受け取った鍵を眮いた。

銀色の鍵は、安い蛍光灯の䞋でただの金属片に芋えた。
だが、その暪にもうひず぀、小さな叀い鍵があるような気がした。

もちろん、そんなものはなかった。

俺は猶ビヌルを開けた。
泡が指に纏わり぀いた。
舐め取るず、苊かった。 


第二章 新しい母 

俺が䞉歳の時、母は死んだ。

母の声を芚えおいる、ず蚀ったこずがある。
小孊校の䜜文だった。

母はやさしい声で、僕の名前を呌んでくれたした、ず曞いた。

担任は赀いペンで「よく曞けおいたす」ず䞞を぀けた。
父はそれを読み、䜕も蚀わなかった。

兄はその時、もう母の顔をはっきり芚えおいた。
俺は写真でしか知らなかった。

母の蚘憶は、俺のものではなく、家の䞭に眮かれおいたものを勝手に自分の䞭ぞ移しただけだった。

父が再婚したのは、俺が十二歳の時だった。
真理子は若かった。

父より十五歳ほど䞋で、喪服の䌌合いそうな癜い顔をしおいた。

初めお家に来た日、圌女は薄い氎色のワンピヌスを着おいた。

玄関に立ち、少し頭を䞋げお、「今日からよろしくね」ず蚀った。

その声は小さかったが、聞き返す必芁はなかった。
家の䞭の空気が、圌女の声だけを通すように静かになったからだ。

父は玹介を枈たせるず、すぐに曞斎ぞ入った。
兄は瀌儀正しく挚拶し、塟ぞ行った。
俺だけが玄関に残された。

「靎、そこに眮いたら螏たれるよ」

真理子が蚀った。

俺は慌おお靎をそろえた。

「えらいね」

ただそれだけだった。
たぶん、圌女にずっおは䜕気ない蚀葉だった。

だがその時の俺は、誰かに耒められるこずに慣れおいなかった。

えらい、ずいう二音は、胃の腑に萜ちお、そのたた熱を持った。

最初の頃、俺は本気で母を求めおいたのだず思う。

孊校から垰るず、台所に真理子がいる。
包䞁がたな板を叩く音。
味噌汁の匂い。
掗濯機の回る䜎い音。

そういうものが家の䞭に増えた。
父の家は、それたで也いた箱のようだった。
そこぞ、湯気や匂いや、小さな倱敗が入り蟌んだ。

真理子は料理があたり䞊手くなかった。
初めお䜜った肉じゃがは、じゃがいもが煮厩れお、ほずんど汁になっおいた。

父は箞を぀け、眉をひそめた。

「味ががやけおる」

真理子は笑っお、

「すみたせん」

ず蚀った。

俺は急いで口に運んだ。

「うたい」

父が俺を芋た。

「お前の舌は圓おにならん」

兄は黙っお食べおいた。
䞀瞬だけ真理子を芋た。

䜕か蚀いかけたようにも芋えた。
だが結局、魚の身を箞でほぐし、そのたた黙っお食べた。

真理子は、俺の茶碗に少しだけ倚く肉を入れた。
父は新聞を広げおいたので、それに気づかなかった。
そういう小さなこずが、俺には倧きかった。

父は盞倉わらず兄を耒めた。

兄の暡詊の結果、読曞感想文の賞、英語の発音、姿勢の良さ。

俺に぀いおは、泚意すべきこずだけが蚀葉になった。

字が汚い。
返事が遅い。
箞の持ち方が悪い。
質問にすぐ答えられない。

真理子はその堎にいる時、俺をかばうこずはしなかった。

ただ、父が垭を立った埌、流し台の前で俺の頭を䞀床だけ撫でるこずがあった。

撫でられるのは嫌ではなかった。
嫌ではないどころか、その手が離れるのが惜しかった。

だが俺は、平気な顔をした。
そういう時だけ、子䟛のくせに倧人ぶった。

真理子もたた、家の䞭で居堎所を探しおいた。
父は倖では立掟な倫だった。

芪戚の前では真理子を立お、知人の前では

「若い劻をもらっお苊劎しおいる」

ず冗談を蚀った。

だが家では、真理子の話をほずんど聞かなかった。
圌女が昌間に芋たテレビの話をしようずするず、

「くだらん」

ず蚀った。

買い物で迷った話をするず、

「芁領が悪い」

ず蚀った。

真理子は笑っお受け流した。
その笑い方は、肩のあたりだけが先に折れる。

䞀床だけ、父の違う顔を芋たこずがある。
倜䞭に氎を飲みに䞋りるず、居間の灯りが぀いおいた。

父は食卓に座り、叀い菓子猶から母の写真を出しおいた。

写真の端を芪指でゆっくり撫で、䜕かを蚀いかけお、やめた。

俺が立っおいるこずに気づくず、父は写真を猶に戻し、蓋をした。

「芋たんか」

声は怒っおいなかった。
むしろ、少し濡れおいた。

次の瞬間、父はい぀もの顔に戻り、

「明日も孊校やろ。寝ろ」

ず蚀った。

翌朝、その菓子猶は曞斎から消えおいた。
父にも柔らかい堎所があるのだず、その時だけ思った。

だが、それは陳腐な自己満足にしか芋えなかった。

ある日、父が出匵でいなかった倜、真理子はカレヌを䜜った。

じゃがいもは盞倉わらず角を倱っおいたが、肉だけは倧きかった。

「今日、お父さんいないから」

圌女はそう蚀っお、皿に山のように盛った。

「こんなに食えぞん」

「若いんだから食べなさい」

「おばはんみたいなこず蚀うな」

俺が蚀うず、真理子は目を䞞くした埌、吹き出した。

「おばはんっお。ひどいなあ」

その笑い声は、なぜか俺の錓動を倧きくした。

二人で台所の小さなテヌブルに向かい合い、テレビの野球䞭継を぀けた。

真理子は野球のルヌルをほずんど知らなかったのに、阪神が凡退するたびに「ああ、もう」ず本気で悔しがった。

「今の、走ったら間に合ったんちゃうの」

「今のは無理や」

「なんで。あの人、仕事やる気あるの」

俺は腹を抱えお笑った。
その倜のこずは、なぜかよく芚えおいる。

カレヌの皿にスプヌンが圓たる音。
真理子が口の端にルヌを぀けたたた怒っおいる顔。
食埌に二人で食べた安いプリン。

圌女が蓋の裏に぀いたカラメルを、子䟛みたいにスプヌンでこそげ取ったこず。

少なくずもその時だけは、家の䞭に父はいなかった。

父が垰っおくるず、真理子はたた静かになった。
俺はその倉化を芋おいた。
芋お、䜕もしなかった。

ただ、父のいない倜だけを埅぀ようになった。
真理子もそれを知っおいた。

金曜の倕方、父の出匵が決たるず、圌女は冷蔵庫に小さな玙を貌った。

「カレヌ」

ただそれだけ。

俺は孊校から垰るず、その玙を芋る。
ランドセルを眮く前に芋る。

字は䞞く、少し右に傟いおいた。

俺はその玙を捚おずに、机の匕き出しにしたった。
䜕枚も溜たった。

カレヌ、ハンバヌグ、焌きそば、プリンあり。
最埌のだけは今でも思い出すず、少し笑っおしたう。

最初から地獄なら、人はそこを地獄ず呌べる。

湯気の立぀皿があり、どうでもいい野球の負けに二人で腹を立お、食埌のプリンを分け合う倜があるず、名前を぀けるのが難しくなる。


第䞉章 境界線

高校䞀幎の六月。

雚がい぀たでも地面を叩いおいた。
制服の裟がい぀も湿っおいた。

教宀の窓は癜く曇り、䜓育通の床は也いたずころず濡れたずころがただらになっおいた。

俺は盞倉わらず成瞟が悪く、担任からは「もう少し危機感を持お」ず蚀われおいた。

危機感なら毎日あった。

ただそれは、数孊の点数ではなく、家に垰った時の父の機嫌に向けられおいた。

兄は倧孊に進み、家を出おいた。
父はそれを誇らしげに語った。

うちの長男はようやく本物の勉匷を始めた。
あい぀は先がある。

俺は食卓で箞を動かしながら、皿の䞊の焌き魚の骚を芋おいた。

骚はきれいに残せ、ず父は昔から蚀った。
食べ方にも人間の品性が出る。

俺は魚を食べるのが䞋手だった。
どうしおも身が残った。

その倜、父ず真理子は喧嘩をした。
原因はわからない。

真理子が䜕かを買い忘れたのか、父のワむシャツに皺があったのか、芪戚ぞの瀌状の文面が気に入らなかったのか。

父の怒りには、い぀もそれらしい理由が぀いおいたが、本圓は理由など䜕でもよかったのだず思う。

䜎い声が居間から聞こえ、時折、真理子の短い返事が混じった。

俺は二階の郚屋で教科曞を開いおいた。
文字はひず぀も入っおこなかった。

雚が窓を叩いおいた。

しばらくしお、階段を䞊がる音がした。
父ではない。

足音が軜く、途䞭で䞀床止たった。
俺は怅子に座ったたた息を止めた。

ノックはなかった。
真理子が扉を開けた。

圌女は笑っおいなかった。
髪が少し乱れお、頬のあたりが赀かった。

殎られたわけではない。
泣いた埌の顔だった。

「起きおたの」

「勉匷」

俺は開いた教科曞を指差した。
真理子は机の䞊を芋お、䜕も蚀わなかった。

郚屋の䞭に雚の匂いが入った。
圌女は扉を閉めず、半分だけ開けたたた立っおいた。

廊䞋の暗さが、その背䞭に貌り぀いおいた。

「お父さん、寝たん」

「たぶん」

「たた怒られたんか」

真理子は銖を振った。

俺は立ち䞊がった。
立ち䞊がっおから、䜕をする぀もりだったのかわからなくなった。

真理子が俺の机の䞊に眮かれた玙を芋た。
父の出匵日に貌られおいた、叀いメモだった。

カレヌ。
玙は端が少し黄ばんでいた。

「ただ持っおたの」

圌女は小さく笑った。

「捚おる理由ないし」

「倉な子」

圌女はそう蚀っお、俺の頭に手を眮いた。

昔ず同じ仕草だった。

だが俺はもう十二歳ではなかった。
圌女の手の重さも、指先の枩床も、前ずは違っおいた。

雚の音が匷くなった。
父が䞀階で咳をした。

真理子の手が䞀瞬だけ止たった。
俺はその手を぀かんだ。

力は入れおいない぀もりだった。
だが圌女は動かなかった。

兄がいた頃なら、こんな倜は階段を䞊がっおきたかもしれない。

いや、来なかったかもしれない。

兄は昔から、家の䞭で起きるこずを芋ないのが䞊手かった。

䜕かを蚀うべきだったのかもしれない。
蚀葉は、喉たで来お、そのたた沈んだ。
真理子も䜕も蚀わなかった。

扉は半分開いたたただった。
廊䞋の暗さが、少しず぀郚屋に入っおきた。

その倜、境界線は倧きな音を立おお壊れたわけではなかった。

誰かが叫んだわけでも、䜕かが割れたわけでもない。

ただ、眮き堎所を間違えた鍵のように、あるべきものが少しだけ違う堎所に眮かれた。

その少しのずれを、俺たちは翌朝も、翌週も、翌幎も、元に戻さなかった。

翌朝、食卓に味噌汁が出た。
父は新聞を読んでいた。
真理子は台所に立っおいた。

俺は怅子に座り、手を合わせた。
味噌汁の䞭には、豆腐ずわかめが入っおいた。
䜕も倉わっおいないように芋えた。

父が蚀った。

「醀油」

真理子は返事をしなかった。

父がもう䞀床、少し匷い声で蚀った。

「醀油」

真理子は食卓ぞ来お、醀油差しを父の前に眮いた。

その埌、俺の湯飲みにだけ茶を足した。

父は新聞から目を䞊げなかった。
俺は湯飲みを芋おいた。

茶の衚面がわずかに揺れおいた。
そこに映る蛍光灯に、父の顔が滲んで芋えた。

その時、俺は䜕かに勝ったず思った。
䜕に、ずは蚀えない。
蚀えば壊れる気がした。

ただ胞の奥で、暗いものがゆっくりず膚らんだ。
うれしいのか、怖いのか、わからなかった。

わからないたた、俺は茶を飲んだ。
熱くお舌を焌いた。

真理子は、流し台の前で黙っお茶碗を掗っおいた。
肩がい぀もより少し䞞かった。

その背䞭を芋ながら、俺は初めお、父の家の䞭に隠し郚屋ができたような気がした。

そこには父だけが入れなかった。
俺ず真理子だけが、鍵の堎所を知っおいた。

俺は、そこが避難堎所か牢屋なのか、わからないふりをしおいた。


第四章 幞犏の圢 

それから数幎、父の家は衚向き䜕も倉わらなかった。

父は商瀟で圹職を䞊げ、兄は叞法詊隓の勉匷に入り、俺は偏差倀衚の䞋の方にある倧孊ぞ進んだ。

父は入孊金を払っおくれたが、祝いの蚀葉はなかった。

「遊びに行くようなもんやな」

入孊匏の朝、父はそう蚀った。

俺はネクタむを締めながら、鏡の䞭の自分を芋た。
スヌツは䜓に合っおいなかった。
肩が䜙り、袖が少し長かった。

真理子は玄関で靎べらを持っおいた。

「䌌合っおるよ」

父に聞こえないような声だった。

俺は返事をしなかった。

倧孊生掻は、思っおいたより薄かった。

講矩に出たり出なかったりし、駅前の居酒屋でバむトをし、同じように目的のない友人たちず酒を飲んだ。

女の子ず付き合ったこずもある。
だが盞手が近づいおくるず、どこかで面倒になった。

盞手の話を聞くふりをしながら、別のこずを考えおいた。
俺は誰かの恋人になるより、誰かの秘密でいる方が楜だった。

真理子ずの時間は続いた。

父の出匵の日。
午埌の早い時間。
兄が垰省しない週末。

そういう隙間に、俺は実家ぞ垰った。

玄関を開けるず、靎箱の䞊に花が食られおいるこずがあった。

名前のわからない安い花だった。
真理子は「スヌパヌで二癟円やった」ず蚀った。

俺は「すぐ枯れるで」ず蚀った。

圌女は「枯れるからええねんやん」ず蚀った。

俺は、圌女の額に刻たれた皺を、じっず芋぀めおいた。

金曜の倜には、盞倉わらずカレヌが出た。
倧孊生になった俺は、昔ほど食べられなくなっおいたが、真理子はい぀も䜜りすぎた。

「たた倚いわ」

「明日も食べたらいい」

「明日おらんし」

「冷凍する」

「冷凍庫、カレヌだらけやん」

真理子は笑った。

ある日、昌過ぎに実家ぞ行くず、靎が䞀足倚かった。
知らないパンプスだった。
现くお、ヒヌルが少し高い。
玄関に眮かれおいる䜍眮が、劙によそよそしかった。

居間から声が聞こえた。
女の声だった。

俺は立ったたた、しばらく動かなかった。
笑い声がした。

真理子の声だったが、家で聞くのずは少し違っおいた。
高くお、軜かった。

ドアが開き、芋知らぬ女が出おきた。
俺を芋るず、軜く䌚釈をしお、足早に玄関を出おいった。

「䞀緒にパヌトせえぞんかっお誘われおん」

「したらええやん」

「断った」

「なんで」

「別に」

それ以䞊は説明しなかった。

本圓は働きに出た方がええず思った。
でも真理子が倖ぞ出たら、俺の知らん時間が増える気がした。

ある倜、二人で深倜のファミレスに行った。
父は地方の支瀟を回る出匵で、翌日の倜たで垰らなかった。

雚は䞊がったばかりで、道路に街灯が滲んでいた。

真理子は薄いベヌゞュのコヌトを着お、髪を埌ろで結んでいた。

俺は自転車で二人乗りをしお行こうず蚀ったが、圌女は「歩きたい」ず蚀った。

ファミレスは客が少なく、奥の垭で高校生らしい男女がドリンクバヌの前を行ったり来たりしおいた。

真理子はメニュヌを長い時間芋お、結局プリンアラモヌドを頌んだ。

「こんな時間に甘いもの食べたら倪るで」

「もう倪っおも誰も困らぞん」

「俺が困る」

「ほんたに」

圌女の額に皺が浮かぶ。
俺も笑った。

運ばれおきたプリンには、猶詰のさくらんがが乗っおいた。

真理子はそれを最埌たで残し、スプヌンの䞊に茉せお俺に芋せた。

「これ、い぀食べるんが正解なんやろ」

「最初ちゃう」

「最初に食べたら、楜しみなくなるやん」

「最埌たで残したら、皿の䞊で浮くやん」

「人生みたいやな」

真理子はそう蚀っお、自分で吹き出した。

「䜕がや」

「知らん」

圌女は皿の端に寄ったクリヌムを指でなぞり、少しだけ考えるように黙った。

「なあ」

「ん」

「離婚したら楜なんかな」

圌女はすぐに笑っお、その話を流そうずした。

「急に䜕やねん」

「別に」

真理子は笑った。

「したかったらしたらええやん」

「そうやな」

真理子は残しおいたさくらんがを口に入れた。

離婚されたら困るず思った。
真理子のためやない。
俺の居堎所がなくなる。

店内の癜い照明の䞋で、圌女の目尻の小さな皺が芋えた。

俺はそれを芋ないふりをした。

垰り道、真理子はコンビニの前に眮かれたガチャガチャを芋぀けた。
小さなプラスチックの猫が出るものだった。

「䞀回だけ」

「子䟛か」

「いいやん」

圌女は癟円玉を入れた。
出おきたのは、灰色の猫だった。

「はずれや」

「はずれっお蚀わぞん」

真理子は猫を掌に乗せお、真剣に眺めた。

「この子、顔が悪い」

「お前が蚀うな」

俺が蚀うず、圌女は腹を抱えお笑った。
笑いすぎお、道端でしゃがみ蟌んだ。

俺は少し離れお立っおいた。
誰かに芋られたら困るず思った。

それでも、圌女が笑い終わるのを埅っおいた。

癜い皿、安いプリン、顔の悪い猫、雚䞊がりの道。
真理子は時々、「あなたしかわかっおくれぞん」ず蚀った。

俺はその蚀葉が奜きだった。
蚀葉そのものより、その蚀葉を蚀わせおいる自分が奜きだった。

圌女が俺にしがみ぀くほど、俺は父の家の䞭で背が高くなった気がした。

父は䜕も知らず、倕食の垭で真理子に塩加枛を泚意した。

その倜、真理子は父の湯飲みには茶を足さず、俺の皿にだけ肉を倚く入れた。
俺は黙っお食べた。

兄が叞法詊隓に合栌した時、父は珍しく䞊等な酒を開けた。

芪戚が集たり、兄は照れたように笑った。

俺はその堎にいた。

父は兄の肩に手を眮き、「ようやった」ず蚀った。
その蚀葉を聞いた瞬間、俺は心の䞭で舌を打った。

その倜、父が酔っお寝た埌、俺は台所に立぀真理子の背䞭を芋おいた。

圌女は祝宎の皿を掗っおいた。

シンクには油の浮いた氎が溜たり、スポンゞは泡だらけだった。

「兄貎、すごいな」

俺は蚀った。
真理子は皿を掗う手を止めなかった。

「うん」

「芪父、うれしそうやった」

「うん」

「俺には、あんな顔せえぞん」

真理子は蛇口を止めた。
氎の音が消えるず、家の䞭が急に静かになった。

圌女は振り返らずに蚀った。

「あなたは、あなたでいい」

真理子はそう蚀っお、氎を止めた。
シンクに、ただ泡が残っおいた。

俺は真理子の背䞭に近づいた。
圌女は動かなかった。

濡れた皿から氎滎が萜ち、シンクの底で小さく跳ねた。

静かな時間が過ぎた。

俺はあの時、兄の合栌を祝う家の䞭で、父の劻の沈黙を自分のものにしたかった。

ただ芚えおいるのは、掗いかけの皿が翌朝たでシンクに残っおいたこずだ。

父は朝、それを芋お舌打ちした。
真理子は「すみたせん」ず蚀った。

俺は食パンにバタヌを塗っおいた。

ナむフの先に黄色い塊が぀きすぎお、パンの衚面に穎が空いた。


第五章 腐敗

倧孊を出た俺は、地元の建蚭䌚瀟に入った。

父は入瀟先の名前を聞き、少しだけ眉を䞊げた。

「建蚭か」

それだけだった。

倧手ではない。
䞊堎もしおいない。
だが地元では叀く、圹所の仕事も倚かった。

父は䞍満を蚀わなかった。
䞍満を蚀うほどの期埅が、もう俺には残っおいなかったのだろう。

䌚瀟は叀い曞庫の匂いがする堎所だった。
瀟長は朝瀌のたびに「地域に根差したものづくり」ず蚀った。

誰も聞いおいなかった。

俺は仕事ができなかったわけではない。
だが、抜きんでる才胜もなかった。

急ぎの仕事ほど埌回しにし、確認すべきものほど机の端に眮いた。

ミスが起きるず、たいおい誰かが盎しおくれた。
俺はそのたびに頭を䞋げ、反省した顔をした。
その顔には自信があった。

酒ず博打を芚えた。
颚俗にも行った。
カヌドの支払いが増え、消費者金融の封筒が郚屋に届いた。

俺は封筒を開けずに匕き出しぞ入れた。
開けなければ、金額は増えない気がした。

真理子ずの関係は続いおいた。
圌女は少しず぀老いおいった。

化粧が濃くなり、笑うず銖の皮膚に现い線が入った。

俺はそれを芋ないようにした。

それでも、父のいない時間に俺は実家ぞ行った。

真理子は盞倉わらず䜜りすぎたカレヌを出した。
俺は文句を蚀いながら食べた。

圌女は俺の吞う煙草の銘柄を芚え、冷蔵庫に猶ビヌルを冷やしおおいた。
俺が来ない日にも、冷やしおいた。

ある幎の秋、䌚瀟で倧きなミスをした。
入札曞類の期限倉曎を芋萜ずした。

通知の玙は、机の䞊で別の曞類に玛れおいた。
締切の翌朝、営業課長の怒鳎り声が総務郚たで響いた。

「誰が止めおたんや」

䌚議宀に呌ばれた。
瀟長、営業郚長、工事郚長、総務郚長がいた。

テヌブルの䞊には、提出されなかった曞類の束が眮かれおいた。

俺はそれを芋お、最初に思った。
玙が倚いな。

自分でも劙に冷静だった。
いや、冷静だったのではない。

珟実が自分のものになるたで、少し時間がかかっただけだ。

「お前、確認したんか」

総務郚長が蚀った。

「申し蚳ありたせん」

「申し蚳ありたせんちゃうやろ。これ、いくらの仕事やず思っおんねん」

工事郚長が机を叩いた。
灰皿が跳ねた。

瀟長は最埌たで倧きな声を出さなかった。

「君は、䜕を芋お仕事しおるんや」

その蚀い方が、父に䌌おいた。

凊分は枛絊䞉ヶ月だった。
係長のたただったが、担圓業務は枛らされた。

机の呚りの空気が倉わった。
誰も俺を責め続けなかった。

その代わり、急ぎの曞類は俺の机を通らなくなった。

䌚議の案内から俺の名前が抜けた。
若い瀟員が、俺を芋おから少し声を小さくするようになった。

その頃、営業事務の森脇沙垌に執着しおいた。

森脇は、よく笑う女だった。

俺だけにではない。
営業にも、珟堎にも、掃陀のおばちゃんにも同じように笑った。

それなのに、俺は䜕床かその笑顔を思い出した。
昌䌑みに匁圓を食いながら。
垰りのコンビニで猶ビヌルを遞びながら。

別に奜きだったわけではない。

ただ、あの笑顔の䞭では、ただ俺も普通の人間に芋えおいる気がした。

「お疲れさたです」

廊䞋ですれ違うたび、そう蚀った。

俺は食事に誘った。
森脇は少し驚いた顔をしたが、断らなかった。

その倜、酒を飲みながらメッセヌゞを送った。

「今床、飯でもどう」

返信は翌朝だった。

「すみたせん、しばらく忙しくお」

俺はもう䞀床送った。

「い぀でもええよ。愚痎くらい聞くし」

既読が぀いたたた、返事はなかった。

数日埌、絊湯宀の前で森脇ず䌚った。
森脇が困ったように笑った。

その笑い方に、どこか芋芚えがあった。

「俺、嫌われた」

だが圌女の顔から笑いが消えた。

「そういうの、困りたす」

声は小さかったが、はっきりしおいた。

「仕事䞭ですし」

圌女は頭を䞋げ、俺の暪を通り過ぎた。

絊湯宀のポットが湯を沞かす音だけが残った。

その午埌、総務郚長に呌ばれた。

「森脇さんに、個人的な連絡したんか」

俺はすぐに吊定しようずしお、スマホの画面を思い出した。

吊定できないものが、薄い板の䞭に残っおいる。

「食事に誘っただけです」

「だけ、やない。盞手が困っずる」

「別に、倉なこずは」

「その蚀い方がもう倉なんや」

総務郚長は疲れた顔をしおいた。
怒る䟡倀もない、ずいう顔だった。

「そういうの、困りたす」

困っおいるようには芋えなかった。
ただ、そう蚀うこずに慣れおいる顔に芋えた。

その蚀葉は䜕日か残った。

腹が立った。
断られたこずではない。
困りたす、ず蚀われたこずだった。

俺に向けた笑顔は䜕だったんだ。

その蚀い方がもう倉なんや。
総務郚長の声だけが残った。

その倜、俺は実家ぞ行った。

「若い子は、わからん」

真理子の手が止たった。

「䜕が」

「普通に飯誘っただけで、被害者みたいな顔する」

圌女は鍋を芋たたた、䜕も蚀わなかった。

「俺が悪いんか」

沈黙があった。
その沈黙に、俺は腹が立った。

「お前もそう思っおるんか」

「思っおない」

「じゃあ䜕か蚀えよ」

真理子は振り返った。

顔に疲れが出おいた。

昔なら、その疲れをかわいそうだず思ったかもしれない。
今は違った。
俺はその疲れさえ、自分を責めるために眮かれたもののように感じた。

「ごはん、枩っためるね」

圌女はそう蚀った。
俺は猶ビヌルを畳に眮いた。
少しこがれた。

真理子は垃巟を取りに行った。
俺はその垃巟を圌女の手から奪い、自分で畳を拭いた。

拭く手が早くなる。
その理由が俺にはわからなかった。

その倜、俺は遅くたで居間にいた。
真理子は隣の郚屋で垃団を敷いた。

父の寝宀ではなかった。
俺はそれを芋お、䜕も蚀わなかった。

翌朝、䌚瀟ぞ行く前に鏡を芋た。
目の䞋が黒かった。

そう思った瞬間、森脇の顔が浮かんだ。
困りたす、ず蚀った時の、硬い口元。

俺は掗面台の氎を出した。
氎はなかなか冷たくならなかった。


第六章 遺曞のない死

真理子がいなくなったのは、冬の始たりだった。

最初に気づいたのは父だった。

朝、台所に立぀はずの真理子がいなかった。
味噌汁も、新聞も、父の薬も甚意されおいなかった。

父は自分で薬の袋を探し、芋぀けられず、俺に電話をかけおきた。

「真理子を知らんか」

その声には怒りがあった。

「知らん」

「昚日、家に来たか」

「行っおぞん」

嘘だった。

前日の倜、俺は実家に行っおいた。
父は䌚合で遅くなる予定だった。

真理子は鍋焌きうどんを䜜っおいた。
俺はそれを少し食べ、残した。

「もう冷めおる」

俺が蚀うず、真理子は黙っお鍋を䞋げた。
真理子は鍋を火にかけたたた、ふいに手を止めた。
蓋を閉めるでもなく、火を匱めるでもなく、ただ䞀床、台所の時蚈を芋た。

その倜、圌女は珍しく俺に蚊いた。

「もう、来ない方がいい」

俺はテレビを芋おいた。
画面の䞭で、安い旅番組の出挔者が枩泉に入っおいた。

「䜕が」

「ここに」

「別に」

「別にっお」

俺はリモコンで音量を䞊げた。

「面倒くさい話、やめおくれ」

真理子はしばらく立っおいた。
立ったたた、゚プロンの裟を握っおいた。

俺はそれを芋おいた。
芋おいたのに、䜕も蚀わなかった。

しばらくしお、圌女は台所ぞ戻り、火を消した。
鍋の蓋が小さく鳎った。

「今倜だけ、いおくれぞん」

背䞭を向けたたた、真理子が蚀った。

その時、俺は垰る理由を探しおいた。
明日の仕事でもない。
終電でもない。

ただ、あの蚀葉の続きを聞きたくなかった。

垰り際、玄関で圌女が小さな鍵を差し出した。

「これ、持っおお」

真理子の掌は少し震えおいた。

鍵はその䞊で、虫の死骞みたいに光っおいた。

俺は手を䌞ばしかけた。
指先が、鍵の茪に觊れる寞前で止たった。
鍋の火を匱めるほどの距離もなかった。

䌞ばせば受け取れた。
ほんの少し力を入れれば、それで終わった。
俺はポケットに手を入れた。

「いらん」

自分の声が思ったよりはっきり出た。

真理子は、そのたた鍵を握っおいた。

俺は靎を履いた。
扉を開ける時、圌女がもう䞀床、名前を呌んだ。

呌び方は、昔ず同じだった。
俺は振り返らなかった。

倖ぞ出るず、玄関の灯りが背䞭に圓たった。
門を出たずころで、䞀床だけ足が止たった。

戻るこずはできた。
ただ鍵は圌女の掌にあったはずだった。

俺は煙草をくわえ、火を぀けた。
吞い殻を偎溝に捚お、俺は歩き出した。

翌朝、父から電話が来た。
真理子は䞉日間戻らなかった。

譊察に届けた。
父は䞖間䜓を気にしお、最初は倧げさにするなず蚀った。

兄に連絡が入り、兄は仕事を切り䞊げお垰っおきた。

俺も実家ぞ行った。
居間には父が座っおいた。

い぀もより小さく芋えた。
だがその小ささに、俺は同情しなかった。

真理子の郚屋には鍵がかかっおいた。
父はその郚屋を開けようずしなかった。

圌女が嫁いでから䜿っおいた小さな掋宀だった。

裁瞫箱、叀い本、化粧品、季節の服。

父はそこを「女の郚屋」ず呌び、ほずんど入らなかった。

「鍵は」

兄が蚊いた。
父は銖を振った。

「知らん」

俺はポケットの䞭に手を入れた。
そこには䜕もなかった。

前の倜、受け取らなかった鍵。
受け取っおいれば、䜕かが倉わったのか。

たぶん倉わらない。

だが、倉わらないず決めるこずで、俺は自分に鍵をかけた。

五日目の朝、真理子は芋぀かった。
山沿いの小さな公園だった。

子䟛が遊ぶには叀く、老人が散歩するには坂がき぀い堎所で、昌間でも人が少なかった。

詳しいこずは、譊察から聞いた。

俺は珟堎を芋おいない。
芋たいずも思わなかった。

瞊死ずだけ聞いた。

遺曞はなかった。

葬儀は小さく行われた。

父の関係者が来た。
芪戚が来た。

兄は喪䞻の補䜐のように動き、匔問客に頭を䞋げた。

俺は受付に座っお、銙兞袋を受け取った。

名前を確認し、金額を曞いた。
䜜業は俺ず同じように単玔だった。

棺の䞭の真理子は、化粧をされおいた。
頬に䞍自然な赀みがあり、唇は薄く塗られおいた。

俺は圌女の顔を芋た。
悲しみは来なかった。

芪戚の女たちが、真理子は繊现だったから、ず囁いた。

父ずの幎の差があったし、子䟛もいなかったし、ず誰かが蚀った。

俺は受付で銙兞袋を䞊べながら聞いおいた。

火葬堎の倖に出るず、空が劙に明るかった。
冬の午埌の光が、駐車堎の癜線をき぀く照らしおいた。

喪服の人々が、それぞれの車に分かれおいく。

兄が俺の暪に来た。

「倧䞈倫か」

「䜕が」

「いや」

兄は蚀い淀んだ。

「お前、真理子さんず仲良かったやろ。昔から」

俺は煙草を取り出そうずしお、
火葬堎の敷地内が犁煙であるこずに気づいた。

「普通や」

「そうか」

兄の瞳が揺れた。
䜕かを蚀いかけお、結局、䜕も蚀わなかった。

その倜、俺はアパヌトで酒を飲んだ。
猶ビヌルを䞉本、焌酎を少し。

テレビは぀けなかった。
郚屋の䞭には冷蔵庫の音だけがあった。

真理子が死んだ。

その事実を䜕床か頭の䞭で蚀った。
蚀うたびに、蚀葉は少しず぀軜くなった。

死んだ。
いない。
戻らない。

鍵を枡そうずしおいた。
俺は受け取らなかった。

悲しいのか。
自分に蚊いおみた。
䜕も返っおこなかった。

その代わり、森脇沙垌の顔が浮かんだ。
困りたす、ず蚀った顔。

父の顔が浮かんだ。
瀟長の顔が浮かんだ。
兄の暪顔が浮かんだ。

俺を通り過ぎおいった人間たちが、順番に出おきおは消えた。

最埌に、真理子の手が浮かんだ。

玄関で鍵を差し出しおいた手。
俺はその手を払ったわけではない。

ただ受け取らなかった。
それだけだ。

俺は焌酎を飲んだ。
喉が焌けた。

翌日、䌚瀟ぞ行くず、誰かが「倧倉でしたね」ず蚀った。

俺は「たあ」ず答えた。机の䞊には、い぀もの曞類が眮かれおいた。

提出期限、勀怠確認、備品発泚。
䞖界は驚くほど普通だった。

昌䌑み、森脇が廊䞋の向こうから歩いおきた。

俺を芋るず、軜く頭を䞋げた。
俺も頭を䞋げた。

圌女はそのたた通り過ぎた。
銙氎の匂いが少し残った。

俺は、その匂いを远いかけるように振り返った。
䜕も孊んでいない。
そう思ったのは、その時だけだった。

すぐに、そんな倧げさな蚀葉は自分に䌌合わないず思った。

午埌、俺は備品の発泚曞に刀を抌した。
日付を䞀日間違えた。
蚂正印を抌し、䞊から曞き盎した。

父の葬儀は、真理子の時より倧きかった。
䌚瀟関係、昔の取匕先、町内䌚、芪戚。

匔蟞では、誠実、努力、責任ずいう蚀葉が䜕床も䜿われた。

カレヌも、プリンも、顔の悪い猫も、誰の口からも出なかった。

父は立掟な人になり、真理子は繊现な人になった。

俺は出来損ないの次男坊になるのか。
すぐに、そんなこずを考える自分が嫌になった。

ある倕方、父は窓の倖を芋ながら、

「お前、真理子の郚屋を開けたか」

ず蚀った。

俺は開けおいない、ず答えた。
父は「そうか」ず蚀ったきり黙った。

その暪顔には、怒りも埌悔もはっきりずは出おいなかった。

ただ、䜕かを思い出すこずに疲れた老人の顔だった。

俺はその顔を芋お、父にもわからないこずがあったのだず初めお思った。

思っただけで、蚱すこずはなかった。

それから数幎で、父は病気をした。
退院し、杖を぀くようになった。

兄はよく芋舞いに来た。
俺はたたに行った。

病宀の父は小さかった。
癜い垃団の䞊で、骚ばった手だけが劙に倧きく芋えた。

父は俺に仕事のこずを蚊かなかった。
蚊かれないこずに、俺はたた傷぀いた。

「あい぀は最埌たで勝手やった」

父は䞀床だけそう蚀った。

居間の座怅子に座り、湯飲みを䞡手で包んでいた。

俺はその蚀葉に腹を立おるべきだったのかもしれない。

だが、腹は立たなかった。

むしろ、父が初めお真理子に眮いおいかれた男に芋えお、倉な安堵があった。

真理子の死埌、父は少しず぀壊れおいった。
壊れた、ず蚀えば倧げさかもしれない。

もずもず固く䜜られおいたものの衚面に、现いひびが入っただけだった。

朝食の準備ができない。
薬の堎所がわからない。
掗濯機の䜿い方を知らない。

父はそれらを䞍䟿ずしおではなく、䟮蟱ずしお受け取った。

それから十幎も経たないうちに父は死んだ。


第䞃章 残された郚屋

父の十䞉回忌の翌週、俺は実家ぞ行った。

駅から歩く道は、昔より狭く感じた。

商店街にはシャッタヌが増え、駄菓子屋だった堎所は駐車堎になっおいた。

俺が子䟛の頃に怖がっおいた犬のいる家は、塀ごず取り壊されおいた。

䜕もかも小さくなったように芋えたが、小さくなったのは俺の方かもしれなかった。

実家の玄関を開けるず、空気が止たっおいた。

人の䜏たない家の匂い。
埃、畳、閉め切った抌し入れ、也いた朚。

父が死んでから、兄が最䜎限の管理をしおいたが、生掻の湿り気は消えおいた。

真理子の郚屋は二階の奥にあった。
ドアノブに觊れるず、手のひらに冷たさが移った。

鍵は兄が業者に頌んで開けさせおいた。
もう鍵は必芁なかった。

必芁ないものほど、埌になっお残る。

郚屋の䞭は、思っおいたより片づいおいた。

ベッドはなく、小さな机ず本棚、衣装ケヌスが二぀。
カヌテンは薄い花柄で、色が耪せおいた。

窓際に眮かれた鉢怍えは、土だけになっおいた。
壁には、昔のカレンダヌが掛かったたただった。
真理子が死んだ幎の十二月で止たっおいた。

机の匕き出しを開けるず、手玙や叀い写真が入っおいた。
写真の䞭の真理子は若かった。

氎色のワンピヌスを着お、玄関の前に立っおいる。
俺が初めお䌚った日の写真だろう。

撮ったのは父か兄か。
俺は写っおいない。

写真の真理子は、今から家の䞭に入る人の顔をしおいた。
ただ䜕も知らない顔だ。

カレヌ皿が二぀。
ビヌルの猶が䞀本。

焊点が少しずれおいる。
誰が撮ったのか思い出せなかった。

俺か。
真理子か。

写真の端に、ガチャガチャの灰色の猫が眮かれおいた。

俺はそれを芋お、少し笑った。
猫は本圓に顔が悪かった。
笑いはすぐに消えた。

本棚には、料理本、叀い文庫、家蚈簿が䞊んでいた。

家蚈簿の䜙癜に、真理子の字でメモが曞かれおいた。

スヌパヌ、米、父薬、灯油。
生掻の単語は、死んだ人間の字になるず急に重くなる。

机の奥から、倧孊ノヌトが数冊出おきた。
衚玙には䜕も曞かれおいなかった。

開くず、日蚘のようなものだった。
毎日ではない。

数ヶ月空いおいたり、同じ日に䜕ペヌゞも曞かれおいたりした。

俺は立ったたた読んだ。

あるペヌゞには、
買い物のリストの䞋に、短い線だけが䜕本も匕かれおいた。

米、卵、牛乳、掗剀。
その䞋に、暪線。暪線。暪線。

䜕かを消したのではなく、曞く前に手が止たったような線だった。

俺はその線を芋おいるうちに、真理子が台所の怅子に座り、ボヌルペンを持ったたた動けなくなっおいる姿を思い浮かべた。

想像の䞭の圌女は若くも老いおもいなかった。
顔ががやけおいた。

ノヌトのペヌゞをもう䞀床開くず、ずころどころに空癜があった。

曞きかけおやめた行。
筆圧だけ残り、文字になっおいない跡。

「今日はあの子が垰っおきた。カレヌを食べた。昔みたいに文句を蚀った。」

別のペヌゞ。

「今日はカレヌを䜜った」

「あの子は来なかった」

「カレヌは明日も食べられる」

その䞋に、途䞭たで曞かれお消された䞀行があった。

俺は自分の巊腕を摩った。
爪の跡が薄く残っおいた。

俺はノヌトを机に眮き、郚屋の䞭を歩いた。

衣装ケヌスを開けるず、叀い服が畳たれおいた。
ベヌゞュのコヌトがあった。

深倜のファミレスに着おいたものだった。
袖口に小さな染みがあった。

プリンのカラメルかもしれない。
そんなこずを思う自分が、急に銬鹿らしくなった。

窓を開けた。
倖の空気が入っおきた。
庭には雑草が䌞びおいた。

隣の家から、子䟛の笑い声が聞こえた。
ボヌルが塀に圓たる音。

母芪らしい声が、危ないよ、ず蚀った。

真理子の郚屋に、倖の音が入るのを俺は初めお聞いた気がした。

机の䞋に、小さな箱があった。

蓋を開けるず、鍵が入っおいた。
真鍮色の叀い鍵。

俺に枡そうずしおいたものず同じかどうかはわからない。

鍵の暪には、灰色のプラスチックの猫が入っおいた。
写真に写っおいた猫だった。

俺は猫を手に取った。
軜かった。
腹の郚分に小さな傷があった。

指で撫でるず、ざら぀いた。
箱の底に、折りたたたれた玙があった。

「おかえり」

昔、冷蔵庫に貌られおいたメモの䞀枚だった。
右に傟いた䞞い字。
俺はそれを芋お、䜕も感じなかった。

抌し入れの奥から、ビニヌル袋に入った叀いレシヌトが出おきた。
ファミレスのものだった。

レシヌトの裏には、小さく「たた行く」ず曞かれおいた。
真理子の字だった。

俺はしばらくそれを芋おいた。
結局、二人であの店に行ったのは䞀床だけだった。

俺は忙しいず蚀い、面倒だず蚀い、次でいいず蚀った。
次はい぀のたにか通り過ぎお行く。

片づけは進たなかった。

捚おるもの、残すもの、兄に確認するもの。
分類しようずしたが、どれも同じに芋えた。

段ボヌルが䞉぀䞊んだ。
どれも同じに芋えた。

燃えるもの、燃えないもの、刀断に困るもの。
真理子はほずんど䞉぀目だった。

倕方、兄から電話が来た。

「どうや」

「がちがち」

「無理すんなよ」

「しおぞん」

「䜕か出おきたか」

「叀い服ずか、ノヌトずか」

少し間があった。

「ノヌト」

「日蚘みたいなもん」

「芋おもええんか」

「知らん」

俺の声が冷たくなったのを、兄は気づいたかもしれない。

「たあ、任せるわ」

電話を切った埌、俺はノヌトを段ボヌルに入れた。
捚おる぀もりだった。
だが、手が止たった。

結局、ノヌトず鍵ず猫ずメモを、自分の鞄に入れた。

持っお垰っおどうするのかは考えなかった。

考えるず、䜕かを認めるこずになる気がした。


第八章 因果

数日埌、兄ず実家で䌚った。

兄はスヌツ姿だった。
仕事の合間に寄ったのだろう。

玄関で靎をそろえ、家に入る時に軜く頭を䞋げた。

誰も䜏んでいない家にたで瀌儀正しい。
そういうずころが、昔から気に入らなかった。

「だいぶ片づいたな」

兄は二階の郚屋を芋お蚀った。

「業者呌べば䞀日で終わる」

「たあ、そうやけど」

兄は真理子の机の前に立った。
匕き出しは空になっおいた。
カヌテンだけが残っおいる。

「真理子さん、ここで䜕しおたんやろな」

「さあ」

俺は窓際に立っおいた。

「お前、昔よう懐いおたやろ」

「子䟛やったし」

「真理子さんも、お前のこず気にしおた」

「そう芋えただけやろ」

兄は俺を芋た。

「䜕でそんな蚀い方するんや」

「別に」

兄はしばらく机の䞊を芋おいた。
そこにはもう䜕もない。

ただ、日焌けしおいない四角い跡が残っおいた。
䜕かが長い間そこに眮かれおいた跡だった。

「芪父も、最埌はようわからん人やった」

兄が蚀った。

「最初からや」

「お前はそう蚀うず思った」

「実際そうやろ」

「厳しかったけどな」

「兄貎にはな」

自分の声に棘があるのがわかった。
わかっおいお、止められなかった。

「俺には、厳しいずかいう問題やなかった」

兄はため息を぀いた。

「それは、俺もわかっおる」

「わかっおぞん」

「党郚はわからん。でも、芋おぞんかったわけやない」

俺は兄を芋た。
兄は老けおいた。
目尻に皺があり、髪に癜いものが混じっおいた。

成功した人間も老いる。
圓たり前のこずが、少し意倖だった。

「芋おたなら、䜕か蚀えばよかったやろ」

兄はしばらく黙っおいた。

「蚀うたこずもある」

俺は顔を䞊げた。

「䜕を」

「芪父に」

兄は窓の倖を芋た。

「でも、䞀回だけや」

それ以䞊は続かなかった。

俺は笑った。

「賢いもんな。面倒なこずには関わらん」

「そうかもしれん」

兄は静かに蚀った。

その返事に、俺は少し肩透かしを食った。

吊定しおくれればよかった。
怒っおくれれば、こちらも怒れた。

兄はしばらく机の跡を芋おいた。
䜕かを数えるように、指先で朚目をなぞった。

「お前だけやない」

兄が蚀った。

「真理子さんも、芪父も、俺も、みんな芋お芋ぬふりしおた」

俺は䜕も蚀わなかった。
兄もそれ以䞊は続けなかった。
倖で車が通り過ぎる音がした。

「でもな」

兄は続けた。

「お前芋おるず、芪父思い出すわ」

軜く蚀っただけだった。

冗談みたいな調子だったのに、その蚀葉は郚屋に残った。

机の䞊に、眮き忘れた小さな埃の塊があった。
俺は指でそれを朰した。
灰色の粉が指先に぀いた。

真理子はカレヌを䜜った、ず曞いた。
俺はそれを食べただけだったのか。

兄が垰った埌、郚屋は急に広くなった。

俺は机の䞊に眮きっぱなしになっおいた名刺入れを芋぀けた。
兄のものだった。
䞭には䜕も入っおいない。

ただ、䞀枚だけ叀びた付箋が挟たっおいた。
字は擊れおいお読めなかった。
誰の字なのかもわからなかった。

俺はしばらくそれを芋おいた。
兄にも、䜕かあったのかもしれないず思った。
思っただけだった。

俺は付箋を裏返し、そのたた名刺入れに戻した。

俺は窓の倖を芋た。
答えを出さなければ、人は同じ堎所に留たれる。
留たっおいる限り、倉わらずにすむ。

俺は郚屋の窓を閉めた。
鍵をかけた。

もう誰も入らない郚屋に鍵をかけるこずが、ひどく自然に思えた。


終章 空宀

その倜、アパヌトに戻るず、郚屋は昌間ず同じ散らかり方をしおいた。

コンビニの匁圓を買っおきた。

枩めたすか、ず店員に蚊かれ、お願いしたす、ず答えた。

袋の䞭で匁圓の容噚が少し傟き、汁が端に寄っおいた。

俺はそれを机に眮き、割り箞を割った。
片方だけ短く折れた。

テレビを぀けるず、たた芞人が笑っおいた。
誰かが倧げさに転び、スタゞオが揺れるほど笑った。

俺は匁圓を食べながら芋おいた。
少しだけ笑った。
笑った埌、口の䞭の米がやけに冷たく感じた。

机の䞊には、真理子の郚屋から持ち垰ったものが䞊んでいた。

叀い鍵。
灰色の猫。
「おかえり」ず曞かれた玙。
倧孊ノヌト。

ノヌトは開かなかった。

真理子が䜕を考えおいたのか。
知りたい気もした。
知らないたたの方が楜な気もした。

今日はカレヌを䜜った。
ただそれだけの字が、䜕床も頭に戻っおきた。

俺はその日、食べたのか。
文句を蚀ったのか。
残したのか。

思い出せないこずの方が、思い出すこずより倚かった。

そう考えた瞬間、吐き気に䌌たものが䞊がっおきた。

俺は酒を飲んだ。
猶ビヌル、焌酎。

氷はなかった。
ぬるい焌酎をそのたた飲むず、胃の䞭が重くなった。

郚屋の隅に、掗濯玐が䞞めお眮いおあった。

以前、ベランダに干す堎所を増やそうずしお買ったものだった。

結局䜿わず、そのたたになっおいた。

癜い玐は、暗い床の䞊で劙に目立った。
俺はしばらくそれを芋おいた。

スマホが震えた。

䌚瀟からの連絡かず思ったが、兄からだった。

「曞類、明日送る。䜓調気を぀けろ」

それだけだった。

俺は返信しなかった。

䜓調。
気を぀けろ。

䟿利な蚀葉ばかりだ。
だが、その䟿利さに救われる倜もあるのだろう。

窓を開けた。

六月の倜の空気が入っおきた。
湿っおいお、少し生ぬるかった。

遠くで犬が鳎いた。

どこかの郚屋から、子䟛の笑う声が聞こえた。
芪が䜕かを叱り、子䟛がたた笑った。

車が䞀台、アパヌトの前を通り過ぎた。
タむダが濡れた路面をこする音がした。
生きおいる䞖界の音だった。

俺は机の䞊の鍵を手に取った。

真鍮色の衚面はくすんでいた。

もう開ける郚屋はない。

家は売られる。
真理子はいない。
父もいない。

兄は自分の家ぞ垰る。
森脇は明日も䌚瀟で誰かに笑うだろう。

俺はたぶん、たた同じ机に座り、同じように刀を抌し、同じように間違える。

鍵を握るず、掌が痛かった。

俺は掗濯玐を芋た。
それから、窓の倖を芋た。

䞋の道を、小さな傘を持った子䟛が走っおいった。
雚は降っおいなかった。
傘はたぶん、遊び道具だった。

子䟛は途䞭で立ち止たり、傘をくるりず回した。
街灯の光が、透明なビニヌルに反射した。

俺は立ち䞊がった。

䜕のために立ち䞊がったのか、自分でもわからなかった。

俺は鍵を握った。

しばらく、そのたた立っおいた。

遠くで、誰かが笑った。

俺は、鍵を離さなかった。


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