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孀独の打鐘 第2話 消えた女ず黒い車


翌朝。

倧宮の空は、昚倜の雚が嘘みたいに晎れおいた。

俺は刑事郚屋の隅で、冷めた猶コヌヒヌを飲んでいた。

ミサキ。

昚倜、䟝頌を受けた女。

そしお今朝、突然消えた女。

頭の䞭で、その名前が䜕床も繰り返される。

「ナりキさん」

埌ろから声をかけられた。

振り返るず、同僚の刑事が立っおいた。

「昚日、倧宮駅の近くで揉め事あったの知っおたす」

「揉め事」

「女ず男。通報は入ったけど、到着したずきには誰もいなかったらしいです」

「䜕時だ」

「倜の十時半くらい」

俺の指が止たった。

ミサキを芋匵っおいた時間ず、ほが同じだった。

「女の特城は」

「若い女。黒っぜい服。男が䞀人䞀緒だったっお話です」

「男」

「ええ。ただ、目撃者が酔っ払っおお曖昧なんですよ」

俺は猶コヌヒヌを机に眮いた。

「堎所は」

「倧宮競茪堎の東偎。駅から少し離れたずころです」

背䞭に冷たいものが走った。

偶然。

そう考えるこずもできる。

だが、俺は刑事だ。

偶然が二぀続いたずき、人間は䞉぀目を疑う。

そしお俺には、もう䞀぀気になるものがあった。

黒いワンボックス。

昚倜、ミサキの埌ろを走っおいた車。

あの車から降りおきた䞉人の男。

あい぀らは、俺を芋おいた。

間違いなく。

俺は刑事郚屋を出た。

     

倧宮競茪堎。

昌前だずいうのに、すでに䜕人かの客が集たっおいた。

俺は仕事の途䞭だった。

制服は着おいない。

競茪堎に来るずきは、刑事ではなく、ただの客になる。

それが俺のルヌルだった。

堎内に入るず、い぀ものオダゞが声をかけおきた。

「おう、ナりキ。今日は買うのか」

「仕事䞭だよ」

「仕事䞭に競茪堎いる刑事がどこにいる」

「ここにいる」

「堂々ず蚀うな」

笑い声が起きる。

この堎所だけは、劙に居心地がいい。

金。

欲。

勝ち負け。

誰もが䜕かを抱えおいる。

でも、少なくずも競茪堎では、ラむンず脚力ず展開がすべおだ。

裏で誰が䜕をしおいようず、レヌスが始たれば九人の遞手が自分の脚で勝負する。

俺はそこが奜きだった。

掲瀺板を芋る。

今日のレヌスは九車立お。

俺は出走衚を眺めながら、煙草に火を぀けた。

「  おかしい」

違和感があった。

昚日、俺に仕事を持っおきた男。

い぀もなら、朝から競茪堎にいる。

だが今日は姿がない。

携垯を取り出した。

電話をかける。

出ない。

もう䞀床。

出ない。

嫌な予感がした。

そのずき。

「ナりキ」

背埌から声がした。

振り返る。

昚日ずは違う男だった。

五十代くらい。

競茪新聞を片手に持っおいる。

「誰だ」

「昚日の男から聞いた」

「䜕を」

男は呚囲を芋回した。

「ミサキのこずだ」

俺は煙草を灰皿に抌し぀けた。

「知っおるのか」

「知っおる」

「どこにいる」

男は答えなかった。

代わりに、競茪新聞を俺に差し出した。

「今日の最終レヌス。䞃番を芋ろ」

「䞃番」

「ああ」

「それが䜕だ」

「レヌスが終わったら、䞉番ゲヌト裏ぞ来い」

男はそれだけ蚀っお、人混みに消えた。

俺は新聞を芋る。

最終レヌス。

䞃番。

昚日、俺が買ったのも䞃番だった。

ただの偶然か。

それずも――。

     

最終レヌス。

ファンファヌレが鳎った。

芳客の空気が倉わる。

九人の遞手が走路に入る。

俺は車刞を買わなかった。

今日はレヌスを芋るためじゃない。

䞃番を芋るためだ。

号砲。

遞手が䞀斉に動く。

先頭を取ったのは䞀番。

その埌ろに䞉番。

䞃番は䞭団。

九番が埌方。

ラむンが圢成されおいく。

競茪は䞍思議な競技だ。

ただ速いだけでは勝おない。

誰の埌ろに぀くか。

い぀仕掛けるか。

どこで螏むか。

ほんの数秒の刀断が、結果を倉える。

打鐘。

ゞャンが鳎った。

芳客が䞀気に立ち䞊がる。

䞃番が動いた。

「行くのか  」

䞃番が倖から前ぞ出る。

その瞬間だった。

俺の携垯が震えた。

知らない番号。

出る。

『ナりキさんですか』

「誰だ」

『ミサキのこずで話がありたす』

「どこにいる」

『今、競茪堎にいたす』

「どこだ」

『䞉番ゲヌト』

電話が切れた。

俺は走った。

最終バックを通過する遞手たちを暪目に、芳客垭を抜ける。

堎内アナりンスが響く。

最終コヌナヌ。

先頭争い。

ゎヌルぞ向かう遞手。

歓声。

怒号。

拍手。

すべおが混ざっおいた。

だが俺には関係ない。

䞉番ゲヌト裏。

誰もいない。

「  ク゜」

煙草を取り出した。

火を぀けようずした、そのずき。

足元に䜕か萜ちおいるのが芋えた。

小さな玙袋。

䞭を確認する。

写真が䞀枚。

ミサキだった。

そしお、その裏にボヌルペンで䞀蚀。

――「刑事なら、これ以䞊远うな」

俺は写真を握り朰した。

その瞬間。

遠くで゚ンゞン音がした。

顔を䞊げる。

黒いワンボックス。

昚日の車ず同じだった。

車はゆっくり走り、俺の前を通過した。

運転垭。

助手垭。

埌郚座垭。

党員、こちらを芋おいる。

俺は車を远った。

だが、車は堎倖ぞ出るず、䞀気に速床を䞊げた。

俺は道路脇に止たっおいたタクシヌを捕たえた。

「すたない。あの黒い車を远っおくれ」

運転手がバックミラヌを芋る。

「远跡ですか」

「そうだ」

「譊察」

俺は少し黙った。

「  そういうずころだ」

「怖いこず蚀わないでくださいよ」

タクシヌが走り出した。

     

黒いワンボックスは、倧宮駅方面ぞ向かった。

駅前を抜ける。

さらに進む。

俺は埌郚座垭から車を芋おいた。

しかし、突然。

黒い車が消えた。

「え」

運転手が声を䞊げる。

亀差点を曲がった。

その先に車はいない。

「どこ行った  」

俺は窓から身を乗り出した。

そのずきだった。

携垯が鳎った。

今床は、昚日の䟝頌䞻だった。

「お前、どこにいる」

『  聞いおくれ』

声が震えおいた。

「䜕だ」

『ミサキのこずは忘れろ』

「もう遅い」

『いや、本圓に忘れろ』

「お前、䜕を知っおる」

沈黙。

『ミサキは、ただの女じゃない』

「どういう意味だ」

『あい぀は  芋おはいけないものを芋た』

「䜕を」

『競茪堎の地䞋だ』

電話が切れた。

俺はしばらく動けなかった。

競茪堎の地䞋。

そんなものが䜕を意味するのか。

考えおいるず、別の番号から着信が入った。

今床はメヌルだった。

添付ファむル。

動画。

再生する。

暗い映像だった。

画面の䞭倮に、男が立っおいる。

顔は芋えない。

その埌ろに、倧きな金庫のような扉。

そしお画面の端に、䞀瞬だけ文字が映った。

――第䞃倉庫。

動画はそこで終わった。

「  第䞃倉庫」

俺は呟いた。

その瞬間。

タクシヌが急ブレヌキを螏んだ。

「どうした」

運転手が前を指差す。

道路の先に、黒いワンボックスが止たっおいた。

だが、今床は䞀台じゃない。

䞉台。

黒い車が道路を塞いでいる。

そしお、その䞭倮から男が䞀人降りおきた。

黒いスヌツ。

短く刈った髪。

现い目。

男はゆっくりずこちらぞ歩いおくる。

俺はドアを開けた。

「刑事さん」

男が蚀った。

「降りおください」

「俺を知っおるのか」

「もちろん」

「䜕者だ」

男は笑った。

「それを知る必芁はありたせん」

「ミサキはどこだ」

男の笑顔が消えた。

「あなたは、競茪が奜きなんですよね」

「  だったら䜕だ」

「競茪にはラむンがありたす」

「ああ」

「䞀人では勝おない」

男は煙草を取り出した。

「この䞖界も同じです」

火を぀ける。

「誰が誰の埌ろにいるのか」

煙を吐く。

「それを知らない人間が、䞀番早く消える」

俺は男を睚んだ。

「ミサキに䜕をした」

「ただ䜕も」

「ただ」

「ええ」

男は俺の目を芋た。

「あなたが䜙蚈なこずをしなければ」

その蚀葉を聞いた瞬間、俺は拳を握った。

男が笑う。

「第䞃倉庫には来ないでください」

「なぜだ」

「あなたが来るず――」

男は䞀歩近づいた。

「死人が増える」

黒い車のドアが閉たる音。

男たちは車に戻っおいった。

䞉台のワンボックスが、ゆっくり走り去る。

俺はその堎に立ち尜くした。

煙草の灰が、指先から萜ちた。

     

その倜。

俺は倧宮競茪堎の前に立っおいた。

昌間ずは違い、堎内は静かだった。

照明もほずんど萜ちおいる。

俺は譊察手垳を握った。

刑事ずしお動けば、簡単な話だった。

䞊叞に報告する。

捜査を立おる。

人員を集める。

それが正しい。

だが、俺には匕っかかるものがあった。

ミサキが消えた。

䟝頌䞻が怯えおいる。

黒い車。

第䞃倉庫。

そしお、競茪堎の地䞋。

党郚が䞀本の線で぀ながっおいる。

俺は競茪堎の裏手ぞ回った。

するず。

フェンスの向こうに、人圱が芋えた。

「誰だ」

人圱が振り返る。

ミサキだった。

「  ナりキさん」

「ミサキ」

俺はフェンスぞ近づいた。

「無事だったのか」

「逃げおください」

「䜕」

「今すぐ」

ミサキの顔は、昚倜ずは別人だった。

怯えおいる。

震えおいる。

「䜕があった」

「私  芋ちゃったんです」

「䜕を」

「競茪堎の地䞋で  」

ミサキが蚀葉を止めた。

その背埌から、男の声がした。

「ミサキ」

圌女の顔から血の気が匕いた。

俺も振り返る。

暗闇の䞭に、男が立っおいた。

䞀人。

二人。

䞉人。

そしお、そのさらに奥。

黒い車が䞀台。

俺は譊察手垳を開いた。

「譊察だ」

男たちは動かなかった。

ただ、䞀番前の男が笑った。

「知っおいたす」

「だったら――」

「刑事さん」

男が蚀った。

「もうレヌスは始たっおいたすよ」

遠くで。

倧宮の倜に、競茪堎の打鐘が響いた。

ゞャン――。

俺は、その音を聞きながら思った。

これはもう、ミサキ䞀人の問題じゃない。

俺自身が、䜕か巚倧なものの䞭に入っおしたった。

そしおその巚倧な䜕かは――

俺が刑事であるこずすら、最初から知っおいた。

打鐘が、もう䞀床鳎った。

ゞャン――。

逃げるのか。

远うのか。

それずも。

俺自身が、誰かのラむンに乗るのか。

俺は拳を握った。

そしお、フェンスの向こうにいるミサキを芋た。

「  行くぞ」

ミサキが銖を暪に振る。

「ダメです、ナりキさん」

「なぜだ」

圌女は震える声で蚀った。

「第䞃倉庫には――」

䞀瞬、蚀葉を倱う。

「あなたが探しおいる人がいたす」

「俺が探しおいる人」

「はい」

「誰だ」

ミサキが俺を芋た。

「あなたの――」

その瞬間。

背埌で也いた音が響いた。

パァン――。

俺は反射的に身を䌏せた。

フェンスが揺れる。

ミサキの姿が消えた。

「ミサキ」

立ち䞊がったずきには、もう誰もいなかった。

残っおいたのは、地面に萜ちた䞀枚の競茪新聞。

そこには、赀いペンで数字が曞かれおいた。

「7―2―5」

昚日、俺が倧穎を取った車刞ず同じ䞊びだった。

俺は新聞を拟い䞊げた。

その裏には、さらに䞀行。

――「次のレヌスは、あなたが走れ。」

倜の競茪堎に、䞉床目の打鐘が響いた。

ゞャン――。

そしお俺は知った。

これは競茪の勝ち負けなんかじゃない。

誰かが俺を、最初からレヌスの䞭に組み蟌んでいた。

逃げおもいい。

远っおもいい。

だが、ゎヌルするたで降りるこずはできない。

俺は煙草に火を぀けた。

そしお倧宮の闇を芋぀めた。

――第䞃倉庫。

そこに䜕があるのか。

そしお、ミサキが蚀いかけた「あなたの――」の続きは䜕なのか。

俺は䞀人、歩き出した。

倜の倧宮ぞ。

次のレヌスぞ。

いいなず思ったら応揎しよう