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最長路線バスで巡る紀伊半島縦断の旅(第2話)

さあ2日目です。
5時には起きて、明け行く山の端を見ながら露天風呂にどっぷり浸かり、朝ごはんをがっつり食べて、出発の荷造りを進めます。
今日最初の目的地は果無はてなし集落。
昨日最後のバス休憩地の十津川温泉のバス停の待合室で見た美しい光景に「あぁ、ここ行ってみたい」
但し、ここに向かうバスは月曜のみ運行、しかも降りて20分後には帰りのバスが来てしまう。
そして今日は月曜日。
ホテルの職員の方に相談したら「20分あれば大丈夫ですよ、行かれるなら十津川温泉のバス停まで送りますよ。」
というあれこれがあって、ここは十津川温泉のバス停です。

月曜日のみ2往復の運行

バスの発車は8:30、現地で滞在できるのはきっかり19分です。
バスに乗り込んだのはゆさっちとやはり旅行中の学生さんと思しき女性の2人だけ。
出発すると、しばらく十津川の美しい流れに沿って走ったあと、山裾の細道を登り始めます。

山深い所ですが川の流れは湖のように静かです。
高度をぐんぐん上げていきます。

道は細く険しくぐねぐね曲がり、ところどころガードレールすらないカーブもあります。

この道は個人では運転したくないです(笑)

そして坂を上がりきった峠のようなところで見晴らしが広がり、稜線のような所に小さな集落があります。
ここが果無集落、「天空の郷」と例えられます。

少し入ったところに数軒の民家があります。
全景はうまく撮れなかったのでこれは十津川村観光協会さんからの借り物です
世帯数は5世帯ほど
段々畑が広がります。
静かな集落ですが確かな営みの証しがあります。

開けた山の稜線に点在する数軒の家屋、人の気配はなく静寂につつまれた集落ですが、随所に人の営みを感じることができます。
バスが戻ってくる20分はあっという間に過ぎて再び車上の人となります。
帰りも来るときと同じ細くくねくね曲がる山坂道。
ふと思ったのは、ここは標高約500mの山中、東北の感覚で言えば間違いなくこの道は冬季閉鎖となります。

すると集落は孤立?と考えていると運転士さんが
「写真撮るなら車停めますから言ってくださいねぇ」
と気さくに語りかけてくださったので、疑問をぶつけてみました。
「あぁ、この辺は冬でも滅多に雪は降りませんねぇ、冬でも毎日通行できますよ。」
「あの集落には何人か小学生もいて、毎日スクールバスで街中の小学校に通ってるんですわ」
こういう山奥の小さな集落は、高齢者だけの限界集落という先入観があっただけに驚いているとさらに…
「実は月曜日だけこのバスが運行されるのは、小学生の親御さん達からせめて週に1回くらいはスクールバスでなく、公共交通機関を使う体験をさせてあげたいという依頼がありましてね」

帰り道のバスの車窓です

ゆさっちは旅にでるとそこが都心であっても限界集落のような所でも心の中で問いかけることがあります。
「あなたがその地で暮らし続ける理由は?」
他人が魅力的な環境と思えない地域でも、そこに住み続ける方がいるのは決して地縁や血縁に縛られただけでなく、何か大きな魅力があるのだろうと。
田舎で暮らす自分にとって自身に対する問いであると同時に各地のその魅力を探るのが旅の目的のひとつでもあります。

運転士さんから伺った話は、その問いのヒントになった気がしました。
あの集落で暮らすことは、ミニマリストであることを要求されるでしょう。
しかしそれ故に得られる有形無形の豊かさは確実にあります。
そして子どもには普遍的な社会経験はしっかりさせて、この地域で外的な環境との折り合いを学ばせながら、次世代につないでいく。
世代を超えてこの集落が今日まで存続したのは単に景色や環境がいいからだけではなく、そこに住む方のそんな次世代につなぐ想いがあったからかな、と想像しました。
ごめんなさい、このセクション文章長いね。
まぁ、いろんなことを考えさせられた果無集落への訪問でした。

さて、出発した十津川温泉のバス停に戻ってきました。
ここでひとつ問題が…。
今、時刻は9:30くらいなのですが、次に新宮方面に行くバスは13:30(笑)
そりゃそうなんです、昨日大和八木駅から4時間かけてきた訳ですから。
9時に大和八木駅を出た1便もそうなるわけです。
ここには食堂や休憩所もありません。
「そういや十津川村役場の近くに道の駅あったな」
時刻表を見ればまもなく対向の大和八木駅行の1便がやってきます。
と言うわけで20分ほどかけてルートをちょっと逆行します。

大和八木駅行1便

さて十津川村役場にやってまいりました。

ここが十津川村の中心地

村役場の他に近くには警察署、右側の擁壁の上に建っているのは歴史資料館と村の主要な機能がここに集中しています。
そして役場の前にある三角屋根の建物には診療所が入っていますが、災害時には対策本部もここに併設されるそうです。

この穏やかな地には過去に災害に苦しんだ過去がありました。
北海道に新十津川町という自治体があります。
その地にあった新十津川駅は1日1本しか列車が出ないということで有名でゆさっちも訪れたことがあり、旅行記にもしています。

今は目の前を静かに流れている十津川(熊野川)が1889年に豪雨による氾濫で死者約250人、多くの家屋が倒壊する災害に見舞われました。
「復旧には30年以上かかる」と言われ、約12000人の地域住民のうち2700人が再起を期して北海道に渡ったのが今の新十津川町なのです。
北海道の新十津川町、一日一本しか列車が来ないのはあちらも田舎?と思う人もいらっしゃるでしょうが、駅の立地が悪いだけで滝川市に隣接したかなり開けた町という印象でした。
北海道に渡った方達が努力を重ねて開拓したことが偲ばれます。
余談を重ねますが、西村京太郎氏の作品に出てくる十津川省三警部の名前の由来は鉄道地図を見ていたとき偶然見つけた新十津川駅にインスパイアされたそうで、昨日泊まった宿にはロビーに「十津川警部シリーズ」の文庫がありました。

さて町役場に程近い道の駅で昼ごはんです。
ここはお蕎麦メインのお店のようです。
昨日の宿でのなめこの天ぷらが美味しかったので「ぶっかけなめこそば」をオーダーしました。

お蕎麦もなめこも絶品です

どれどれ、こちとら蕎麦どころの人間だ、奈良で蕎麦?聞いたことねぇな、それどれ…ずずっ…
「うま!」
強いコシと新そばの香りがしっかり伝わります。
そしてなめこ、滑らかな口当たりと同時にシャキッとした歯ごたえ。
確認はできなかったけど「天然物?」と思わせる上質ななめこでした。

味のあるバス停で待つこと小一時間、時刻は1時過ぎ、大和八木駅を9時に出た第1便の新宮行きがやってきます。

歴史を感じさせる佇まいですが、地元の方が綺麗に整備していました。
4時間走り続けたバスは定刻でやってきました。

さて字数も良い感じになってまいりました。
時刻はまだ13:00すぎ、これから熊野本宮大社を訪れる予定で今日の旅はまだまだつづきますが、続きは次回といたしましょう。
皆様、また次話でお会いしましょう。
ゆさっちからのお願いだよ。
(続きます)

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