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東海・近畿 支線巡礼の旅(前編:近鉄とその仲間たち1)

ども、ゆさっちです。
前回はバスメインでしたが、今回は鉄分多めでお送りします。

唐突ですが、皆さんは「支線」って意識されたことはありますか?
普段使っているいる路線で駅を通過するときに片隅のホームにひっそりと佇んでいる短い電車。
「あの電車はどこに行くんだろう?」と思ったことはありませんか?
もしくはその「支線」を日常的に利用している方もいらっしゃるでしょう。

「幹線」の存在理由は比較的簡単にわかります。
大きな拠点と拠点の間を結ぶのが幹線の役割です。
でもそこからぴょこんと、ちょろっと出ている支線の役割は何でしょう?
その様々な存在理由を探りつつ、その支線沿線の魅力に触れたいな。
そんな感じでふらっと旅にでかけました。
日程は近鉄と南海をメインに気になる支線を1泊2日にぎっしり詰め込みました。
正式に支線でないものも、それっぽい路線は取り上げています。
まずは近鉄をメインにした前編です。
しばしお付き合いください。

第1鉄目 東海道本線美濃赤坂支線
てなわけでやってまいりました。
日付は2026年4月11日(土)、時刻は朝7時ちょっと前、ここは岐阜県にある東海道本線大垣駅です。
休日の朝独特の静かでのんびりした駅前の光景。
昨日までの雨もあがって、今日の天気は心配なさそうです。

大垣駅、立派な駅舎です。

大垣市は人口16万弱、岐阜県では岐阜市に次いで人口の多い自治体なのですが、それよりも交通の要衝として有名です。
かつての「ムーンライトながら」やいにしえの「大垣夜行」の終着駅であり、米原行の列車への乗換で「大垣ダッシュ」をした方も多いのではないでしょうか。
現在でも大垣発着の列車が多く、JRに加えて養老鉄道、樽見鉄道が乗り入れています。
余談ですが、昨日前泊で訪れた際に初見の樽見鉄道に乗ったのですが、沿線の風景や社員の方のやさしい対応にちょっと感動しました。
ここは別の機会に掘り下げたいです。

さて、今回最初にご紹介するのはこの大垣から出ている、通称「美濃赤坂支線です。」

荒尾駅は本線上にあるように見えますが、支線の単独駅です。

大垣から終点の美濃赤坂までは5.0キロ、本線との分岐点から終着までは1.9キロのミニ路線ですが、ここも東海道本線なのです。
さてホームに入ってまいりましょう。

7:07の列車に乗りました

下り列車は基本1番線か2番線から発車するのですが、美濃赤坂行の列車は2・4番線ホームの端っこにある切り欠き状の3番線からの発車となります。
3番線には2両編成の短い車両が停まっています。

乗客は10人いない程度でした。
定刻になるとドアが閉まり、静かに発車します。
しばらく本線上を走った後、速度を落としてそろそろと支線部分に入線します。

米原方面に行く本線(左側)とお別れ

支線に入り開けた田園の中を行くことしばし、列車は静かに終点の美濃赤坂駅に到着します。

土曜日の早朝ということもありますが大垣行となる折り返し列車に乗る方も疎らでした。

駅員のいない味のある駅舎、ここは間違いなく「東海道本線」の駅です。

ノスタルジックな駅舎

そして横に目をやれば、貨物の積み下ろしができそうなヤードがあります。

貨物のヤード

これがこの支線の存在理由のひとつです。
JRが管理する路線はここが終点ですが、この先には石灰石の採れる金生山きんしょうざんという山があり、そこからこの駅まで西濃鉄道という会社の路線が繋がっているんです。
「カンガルーのセイノー」の西濃運輸とは無関係らしいです。
石灰石ってのはセメントの原料になる重要な物資です。
そしてそこで採取された石灰石を輸送する任務をこの支線は受け持っているんですね。
先程、美濃赤坂駅に敢えて「無人駅」という表現をしませんでした。
実は駅舎の中には灯りがともり、人の気配がします。
これはJRではなく西濃鉄道の社員さんが詰めていて、ポイントや信号の操作をしているんです。
駅務室前には立入禁止の張り紙もありますし、JRに関する問い合わせをしても対応できないと思うので要注意です。

そしてもうひとつの理由については300メートルほど駅前の路地を北に行ったところにあります。
それは中山道の宿場町「赤坂宿あかさかしゅく」の存在です。

赤坂宿を示す石碑

赤坂宿は中山道沿いに栄えた宿場町で、最盛期には292軒もの町家が軒を並べていたのだとか。(大垣市webサイトから)
その街道に立てば、歴史のある建造物と昔のままの自然なカーブの街道がここが宿場町だったとことを色濃く物語っています。

景観に配慮して銀行も町屋風の造りでした

少し行くとかつて参勤交代のお大名が宿泊した本陣の跡がありました。
今は何も無く広場になっているのですが、その広さに当時の規模が偲ばれます。

そしてその先には踏切があります。
これは先述した美濃赤坂駅から伸びる西濃鉄道の踏切です。
今は貨物専用となった西濃鉄道ですが、かつては旅客を運んでいてこの踏切の傍らには赤坂本町駅があったのだとか。(1945年廃止)

踏切の右手にかつて駅がありました。
石灰石の山に向かって線路が伸びていました

そしてもう少し歩みを進めると船寄場のようなものがあります。
ここは昔ここにあった赤坂港の跡だそうです。

現在は近くを流れる杭瀬川くいせがわから分かれる狭い水路なのですが、以前は揖斐川いびがわがここを流れていて、明治中期には500艘ほどの船が行き来していたそうです。
かつては米などの農産物、明治以降は現在西濃鉄道が運んでいる石灰石も運んでいたそうです。
この川を下っていけば木曽川に繋がり、海へと荷物を運ぶことができたんですね。

そして港の隣には当時の水運の様子を今に伝える赤坂港会館があります。

開館は土日祝だけ

瀟洒な建物は昔の警察署だったらしいです。
是非とも内容を見たかったのですが、時刻は8時、開館は9時からなので今回は断念しました。

会館の前にはバス停があり、ここから大垣駅にもどりました。

名阪近鉄バス「赤坂港跡」停留所
大垣駅までは15分くらいでした

日本有数の大幹線東海道本線、その小さな小さな支線はかつて人と物が交差する拠点の中山道赤坂宿と本線を結ぶ路線でした。
貨物輸送で未だに重要な役を負いつつも、地域としては人の流れが変わり、かつての賑わいを面影として残している宿場町を、1時間に1本の旅客列車がコトコトと地域の方を運ぶ美濃赤坂支線。
散策に時間はかかりません、あなたも此地を訪れて往時に想いを馳せてみませんか?
(第1話 了)
次回は引き続き養老鉄道、四日市あすなろう鉄道についてお話しする予定です。

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Sony α7c II
FE 24-105mm F4 G OSS
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