第二十七話 星を忘れた街

明け方の空は静かだった。

夜と朝の狭間。

灰色の世界が。

わずかに青く染まり始めている。

焚き火は小さく燃えていた。

レインは眠れずに空を見上げている。

土星。

木星。

そして。

無数の小さな灯。

昨夜。

空へ還っていった祈りの光が。

まだ微かに残っていた。

リングが脈打つ。

ドクン。

静かな鼓動。

以前よりも。

ずっと穏やかだった。

レイン自身の心が、少しずつ変わり始めていた。

空を見るようになった。

眠れない夜も。

うつむかなくなった。

それだけのことだった。

でも。

それだけで世界が少し違って見えた。

その時。

後ろで足音がする。

セレナだった。

白い衣。

銀色の髪。

朝前の淡い光の中で。

彼女は夜明けそのもののように見えた。

セレナは静かに隣へ座る。

二人はしばらく何も言わなかった。

ただ。

一緒に空を見上げていた。

それだけでよかった。

言葉がなくても。

隣にいるだけで十分なことがある。

レインは。

この旅で初めてそれを知った。

やがて。

セレナが小さく呟く。

「昔ね......」

風が吹く。

「世界樹の周りには、たくさんの街があったの」

レインは黙って聞いていた。

「花が咲いて」

「音楽があって」

「人が笑ってた」

その声は懐かしそうだった。

記憶ではない。

もっと深い場所。

月が覚えている遠い時代。

セレナは続ける。

「でも人は少しずつ空を見なくなった」

風が止まる。

「苦しくなると」

「近くの痛みしか見えなくなるから」

レインは目を伏せる。

戦争も。

憎しみも。

全部そこから始まったのかもしれない。

セレナは小さく笑った。

悲しそうな笑顔。

「だから私は願ってた」

銀色の瞳が揺れる。

「もう一度」

「誰かが空を見上げてくれる日を」

リングが脈打つ。

ドクン――

その時。

焚き火の炎が揺れる。

アストラが立っていた。

風が吹く。

黒衣が静かに揺れる。

以前の彼なら。

誰よりも遠くにいた。

だが今は違う。

彼もまた。

同じ空を見上げていた。

長い沈黙。

やがてアストラが言う。

「次の街へ向かう」

レインが振り返る。

アストラは地平線を見ていた。

「ルーメンだ」

セレナの瞳がわずかに揺れる。

風が吹く。

「星祭りの街」

アストラは静かに続ける。

「昔はな」

その声には。

どこか寂しさがあった。

「世界樹に最も近かった街だ」

「だが今は違う」

沈黙。

「誰も空を見ない」

焚き火の火が揺れる。

レインの胸がざわついた。

空を見ない街。

それは。

セレナの願いと正反対の場所だった。

その時。

夜明け前の空が輝く。

新しい星。

淡い緑色の光。

暖かな光。

木星とも。

土星とも違う。

優しい光だった。

セレナが小さく息を呑む。

「金星......」

愛の星。

調和の星。

人と人を繋ぐ星。

リングが脈打つ。

ドクン――

胸の奥が暖かくなる。

今まで感じたことのない感覚。

戦うための力ではない。

守るための力でもない。

もっと優しい何か。

その時。

一枚のカードが脳裏をよぎる。

白い翼。

二人の人影。

暖かな光。

だが。

まだ見えない。

まだ遠い。

風が吹く。

金星が輝く。

アストラは空を見上げる。

セレナも。

レインも。

三人はしばらく黙っていた。

やがて。

レインは立ち上がる。

リングが脈打つ。

ドクン。

ドクン。

そして三人は歩き出す。

遠く。

地平線の向こう。

ルーメンへ向かって。

星を忘れた街へ。

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