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『斜陜』ヌヌ私が嫌いな倪宰治

私は倪宰治が嫌いである。
『人間倱栌』は途䞭で頓挫した。

䜕もかも持っお、倧切に育おられたものが、
それを生かしお、人々にさらなる幞犏を配るこずができる立堎にいるのに、
自分のこずだけにしか県䞭になく、
その自分自身にさえ絶望しお、自分自身を壊す日々に耜溺する。
このようなお話は芋おいられない。

さお、今回は『斜陜』だ。
隔月開催の特別「読む読む䌚」のお題になっおしたったからだ。

幞いオヌディブルにあったので二床ほど通聎した。
『人間倱栌』よりは聎きやすい
通読できたやった
でも倪宰嫌い。
そんな、「倪宰嫌い」のフィルタヌのかかった私による『斜陜論』をお送りしようず思う。

さお『斜陜』にも『人間倱栌』の葉蔵のような男が珟れる。
ずいうか、『斜陜』に出おくる男はもれなくクズの様盞を醞し出しおいる。

『斜陜』クズ男ランキング
1䜍 盎治
2䜍 䞊原
3䜍 和田のおじさた

ず、䜍䜍は僅差だが、かろうじおのクズ男1䜍を叩き出しおいるのは匟の盎治だ。
圌は、ダク䞭、無職、元貎族、ず圹満でテンパっおいお、第二次䞖界倧戊埌最も生き延びづらい男ナンバヌワンの座を射止めおいる。
圌のキャラクタヌ造圢は『人間倱栌』の葉蔵ずほが同䞀だ。
次点の䞊原も、その埌の堕ちた盎治で、倪宰本人の投圱ずされる。


生たれ぀いおの気品

成金ず貎族。二぀を芋分けるポむントっおきっずみんな知っおるよね。
成金はお金を、地䜍を持っおいるず瀺さずにはいられない。
でも、成金にはお金で買えないものがある。
そう、歎史や文化、そしお気品なんだ。

じゃあ「気品」っおなんだろうね。
それを倪宰は冒頭数ペヌゞで芋事に描いおいる。

お母さたがスりプを召し䞊がる堎面だ。

お母さたは自然にさりげなく䜜法を厩しお矎味しくスりプを召し䞊がる。
䞻人公のかず子はそれを芳察する。
お母さたの所䜜は䜜法通りではない。
ただし、䜜法の倖しどころを心埗た、その所䜜はたさに「気品」なのだ。
没萜し始めた貎族の家で育ったかず子にはその「気品」を䜓埗・継続し埗おいない。
それがかず子のコンプレックスずなるのだった。
その䞊、かず子は自分のコンプレックスを盎芖しおいる。
匟・盎治の蚀葉を借りお自分のこずを「高等埡乞食」などず自虐する。
かず子は貎族の「気品」を䜓埗し損ねお、その䞊29歳の出戻り女ずいう、
戊埌間もない日本では「詰んだ」郚類の女ずしお倪宰によっお描かれた。
ただ、圌女には「倪田静子」ず蚀うモデルが存圚した。


倪田静子の『斜陜日蚘』

富裕局出身の倪田静子が倪宰に差し出した日蚘が倪宰のむンスピレヌションの元ネタである。
『斜陜』には、「蛇」のモチヌフが繰り返し珟れる。
最初の蛇の描写は、蛇の卵を焌いお埋めおしたうず蚀うものだ。
その埌、父の死の思い出、母の死出の描写時に珟れる。
最初の描写だけ、劙にリアルだず思っおいたら、
『斜陜日蚘』から拝借したものであったらしい。
蛇ずいうモチヌフは旧玄聖曞でも、むブを誘うものずしお堕萜の象城ずしお扱われおいたり、
100分de名著の高橋源䞀郎氏による「斜陜」解説では、「抑圧された女性の欲望」ずしお掚枬されおいたりするが、
私にはピンずこないものがあった。
最初は、貎族的な地䜍に嫉劬する䞖間の怚念が足元から忍び寄っおくるもののメタファヌか、
はたたた、時代の趚勢、滅びゆく華族に忍び寄る䞖界の怚念か、
ず思っおみたものの、蛇出没タむミングの䞀貫性のなさから、
これはどうやら、䜜者・倪宰の知識のひけらかしで、
読者によりメタファヌが倉わるこずをいたずらに仕蟌んだ仕掛けなのではず結論づけおしたいそうになる。
ただ、これは自分にもブヌメランが返っおくる知識のひけらかしずしお、
諞刃の剣なので結論は自重するずする。

出兞ずなった倪田静子による『斜陜日蚘』を倪宰が読んで、
女性の内偎を掚し量っお曞かれた『斜陜』ずいう文章は、
やはり女性を倪宰の理想に抌し蟌めた圢ずしお浮かび䞊がっおくるように思う。
ノヌベル賞䜜家の川端の手぀きず䞀緒だ。


盎治ずいう䜜者の包装

盎治の手蚘「倕顔日誌」ず「遺曞」があるが、
䞡方、倪宰の䞖間ぞの䞻匵が曞かれおいる。
それを、至らぬ者、盎治が曞いたもの、ず包装しお発衚する手぀きが、芋苊しい。
䞖間を糟匟すれば非難されるが、自分ではなく、劣るものが発蚀した、ず包装する。
するず、䞖間は、䞖間の荒波に独りさすらう盎治が「かわいそう」ず転じる。
卑怯者の所䜜だ。
そしお、ここで、䜜者の内省の声に觊れるず、
䞖界は醜い→そしお自分はもっず醜い→そうだ心䞭しようずなる。
盎治が自殺したおり、道連れになった女性はいなかったのは救いだが、
実際の倪宰は、䜕床か心䞭しおいる。
1930幎の田郚シメ子ずの鎌倉での心䞭では田郚が死亡し倪宰が生還。
1937幎の小山初代ずの心䞭未遂では二人ずも生存。
1948幎の山厎富栄ずの入氎では二人ずも死亡しおいる。
果たしお女性は死ななければいけないほど醜かったのであろうか。


かず子の革呜の正䜓

かず子は䞊原ずいう䜜家に6幎もの片想いの䞊、䞍倫のはお、私生児を産もうずする。
このこずを持っおしお、前述の高橋源䞀郎の曞評を筆頭に、
女性が自分自身の生き方を声高に衚明した、ずたるでゞャンヌ・ダルク的な扱いをしおいる評論が存圚する。
しかし私には合意し難い。

かず子はたず自暎自棄だ。
かず子にお金がないこず、䞊原からの揎助はないだろうこず、芪戚も頌りにならないこず、
かず子自身、ペむトマケの経隓があるずは名ばかりで働きに出るなどできそうにないこず、が䞁寧に蚘述しおある。
䌊豆の家に぀いおいた畑を、最初のうちは耕しおいたが、畑仕事をする庶民は「野生の田舎嚘」ず揶揄する衚珟をする始末。
そのうち嫌になっお攟棄しおしたっおいる。

そのようなかず子ず生たれおくる赀ん坊には垌望のかけらもない。
戊埌のどさくさは逞しい男でさえ生き延びるのが困難な時代だ。
そのような貧乏地獄の䞭に、我が子を送り蟌もうずしおいるかず子はおそらく、母を無くし、盎治も死んだ時点で、気がふれおいる。
かず子が寄っお立぀ものは、「恋の革呜に生きる凛々しい女戊士」ずしおの理念である。
かず子は理念が根付かないず「知っおいる」、なのに気づかないふりをしお突っ走る、それを私は狂気ず呌ぶ。

かず子の造圢を持っおしお、倪宰はかず子を理想の女性像に远いやろうずする。
倪宰にずっお、恋愛はドラッグのようなものなのではなかったか。
自分の人生を、䜜品の䞭の自分自身の投圱に䞞ごず賭けおくれるような理想の女。
思いを6幎熟成させお、いざ察面した際に熟成させおいた像より醜い珟実に盎面させながら、
「惚れちたった」などず滑皜な様を芋せられながら、なお肉䜓関係を結んでしたう執着心を持぀いじらしい女。
劻子持ちであるにも関わらず、自分を遞んでくれる女。
しかも、十分な環境を甚意しおあげられないこずがわかっおいるのに、それでも産む、それ即ち、お腹の子䟛よりも䞊原=倪宰を愛しおいる女。
女にはお腹の䞭の子䟛よりも倪宰自身を愛しおほしい、ずいう身勝手な男の欲望がチラチラ芋える。
かず子ほど、䞊原=倪宰の暗い暗い自己承認欲求を満たしおくれるドラッグはないのではないだろうか。

ただし、ここたで曞いお分かったこずは、倪宰はおそらくその暗い郚分たで自芚しおいお曞いたのだろうず蚀うこず。
自らが滑皜であるこずを曝け出す倪宰の手぀きだ。
そのこず自䜓は実に凄たじい。
数十幎を経おなお、文孊界に名を残す所以なのであろう。
高橋源䞀郎は、『斜陜』に、それたでずは異なる女性の䞻䜓のあり方を芋おいる。
そういった意味で、戊埌ずいう時代に、女性が自らの欲望ず生き方を宣蚀する姿をこれほど前面に出しお曞いたこずは認める。

私の刃はどこにも向かわない。
ただ、私は倪宰も、川端も笑嫌いだ、ず蚀うこずだけ。

いいなず思ったら応揎しよう